3 心霊研究サークル発足

今日は宮元の通夜だった。
警察が宮元の死因をどう伝えたのか、宮元の死体を遺族に、あの母親に見せたのかどうかは解らない。というより、あれっきり警察、つまりは小林からの連絡も無かった。これは捜査が本格的に始まって、情報を外へと流せなくなったという事なのだろうか?
その通夜の会場での事だ。
多分、来るだろうと予測していたが、久しぶりの再会なのにこんな嫌なムードでそうなるのが嫌だった。大学卒業していらいの友達、いやサークルの仲間との再会。それが同じサークルの仲間の通夜とは、神の運命の采配はずいぶんと嫌味なものだ。
「お久しぶり」
元気なさそうに疲れた声で挨拶するのは『春日夏樹』宮元とは中がよかったサークルの仲間である。仲がよかったなんて他人行儀な言い方は止めようか。春日は宮元のよき理解者であって、他のサークルメンバー達を先導して突き進んでいた活動力のある女性だ。
彼女はすぐに感情が高ぶるタイプだ。むしろ、女ならそれが普通なのだろう。涙が漏れてしまうのを我慢している。引き攣った笑顔で俺に「自分はとくに傷ついてない」ってのをアピールしているみたいだ。だからこそ、今ここで泣き出しそうになっている彼女の心境が痛いほどによく判る。
「はぁ、最悪なところで再会だね」
俺と同じ心境だな。
「同じ事を考えてたところだよ」
そして俺とみのり、そして春日がいるところに『守山茂』が来る。彼もサークルメンバーの一人。大学時代でも十分すぎるほどに巨体だったが、今は既に成人病で命が危ないという風にすら見えるぐらいの大きさに進化していた。
「や、やぁ」
少しどもる声は昔のまま。時折、息継ぎを欠かさずするところも昔のままだ。あのサークルのメンバーの中で昔、誰が最初に死ぬかなんて馬鹿馬鹿しい事を話合ったりした。その時は守山が成人病で最初に死ぬって結論だったんだけどな、まさかこんな結果になるなんて思ってもいなかったよ。
そして最後のサークルのメンバーが俺達の前に現れる。小林だ。
「小林…」
俺は小林に聞きたいことがいくつかあったのだ。あの日、小林は捜査を継続するから、と電話を切った。それから後の進捗についてだった。サークル仲間の不審な死なのだ。なっとく出来る回答が欲しかった。
「今、捜査のほうはどんな状況なんだ?」
だが小林はバツが悪そうに、背後をちらと見ると、俺に向いて「ちょっと別の場所に移動しよう」と言った。一瞬だけ小林はその視線を通夜の会場に向けたのだが、親族に聞かれてはならない事があるという事なのだろうか。
俺達はファミレスのいつもの場所に来ていた。
よくサークル時代には深夜までサークル活動を楽しんだのも、このファミレスだった。みんなそれを頭の片隅にでも思い出していたのだろうか。「移動しよう」と言った小林が行き先をこのファミレスにしたときも、誰一人反対しなかったのは、そういう事じゃないのか。そしていつもなら席について真っ先に宮元と春日が話し始めるのだ。だがそれは今日はない。外は雨が次第に強くなって、車のタイヤが「サーッ」と水を掻き分ける音が響く。
「それで、さっきの話の続きなんだけど」
と、俺は早速切り出した。
「あぁ。捜査は進んでるよ。ただ、今は自殺の線での捜査も平行でやってる」
「自殺?どう考えても異様だろう?」
「そういうケースが過去に何度かあったって事なんだよ。周南市での話じゃあないぞ。他県の同僚から聞いた話だけどな、自分で自分の足を切ったり、手を切ったり、それから突然発狂して窓から身を投げ出したりな。どれも自殺だけど、これといって自殺したりする原因がない。でも他殺じゃあない。今回のもそういうパターンなのかって、みんな言い始めてる」
「でも足は見つかってないんだろう?」
「あぁ」
「それはどう説明するんだ?」
小林はしばらく頭を掻いた後に、まるで観念したように言う。
「そういう結論を出すのに不都合な情報は見なかった事にされるんだよ」
「…そ、そんなのありかよ」
「まだわからん。ただ、俺の先輩も上司も、そろそろ捜査は結論を、何らかの形で出そうとしてるのは解るんだ。こんなクソ田舎の警察だぞ?自殺に見えるような事を掘り下げて、それでこそ徹夜してでも調べるとかあると思うのか?」
「そりゃぁ、まぁ…」
俺の脳裏に浮かんだのは周南警察署の受付からのぞく風景だ。若い警察官がズラッと並んでるわけじゃあない。どこにでもいるようなおっさんがいるだけだ。たまに交通事故を起こしたおばさんだとか、違反した不良みたいなツラの奴が詰まらなさそうな顔をして出入りする程度の建物だよ。
「ねぇ、小林くん」
話に割り込んだのは春日だ。
「小林君はさ、そのまま事件が闇の中に葬り去られるのが嫌なんでしょ?」
「ん、あぁ。そりゃそうさ。でも捜査方針は俺みたいな新米は決められないさ」
「じゃあさ、あたし達で捜査するの!やってみない?」
春日のその一言は一瞬、その場にいた一同を凍りつかせた。
「そ、その、そういうのは警察がやるんじゃないのかな?」
そう言ったのは守山だ。
「その警察が捜査を止めるって言ってるからあたし達がやるんでしょ?」
「そ、そりゃそうだけど」
俺にも言いたい事があるぞ。なんとなく、なんとなくなんだが、春日があの日のサークル活動のときに見せた笑顔が見えてたから、俺は一言言ってやりたかったんだよ。
「春日、これはサークル活動じゃないんだぞ?人が死んでるんだぞ?」
その一言で、春日の顔は豹変した。さっきまでの笑顔は消えた。
明らかに怒っている顔だ。
「解ってるわよ!そんなの!遊びじゃない事だって解ってる!でもね、そもそもあたし達のサークルのメンバーが死んだのよ?原因だってわかんない。それをさ、原因が解んないって理由で自殺にされようとしてんのよ?宮元、なんて思っていると思うの?悔しいって思ってるに決まってる!あたしが殺されてもそう思う。何とかしたいって思うのが普通でしょ?」
こいつ、今まで必死に笑顔で耐えてたのか。少しでも周りの雰囲気を明るくしようとして。今、泣き出しそうな顔をしている。こんな春日は始めてみる。なんだか悪い事をしたな。
「悪い、春日が本気なのかを確かめたかっただけだ」
「本気よ」
「それで、小林。どうする?立場上難しいかもしれないが」
「やるさ。最初ッからそのつもりだ」
「守山、お前はどうする?今回は遊びじゃあない。嫌なら抜けてもいいぞ」
「や、やるよ」
「みのりは?」
みのりは話には入っていたがさっきから声は発しなかった。いつもそんな感じだけどな。
「ゆ、ゆうくんがやるなら、やる」
サークル全員のOKをもらえて、満足して春日が顔を上げる。そしてみんなの顔をぐるりと見渡した後、そう、まるで大学時代に、このサークルが発足した時のように、『副部長』としての貫禄のある演説をちらつかせるのだ。
「では、心霊研究サークルを再発足します。目標は部長『宮元』の死について、調べる事。大学のときは遊びだったけど、今回は違う。でもね、あたし達は他の人とは違う。色々経験してきたでしょ?幽霊とかそういう得体の知れないものについて。だから普通の人とは違う視点で物事を見れると思うの。あたし達の部長の命を奪った奴、あげてやりましょ!」
こうして、俺達、心霊研究サークルは再発足となった。