4 沢山の同じデータの『最初の一つ』というオリジナリティ

夏のこの時期になるとそろそろコミックマーケットこと『コミケ』が始まる。
コミックマーケットなんてのは名前だけで、コミックなんて今は売ってなくて、アニメ・漫画・同人誌関連のデータディスクだとかが売ってる。売ってるってだけなら他でもアニメ専門グッズの店で売ってるのを買えばいいんじゃん、って話になるんだけどさ、ここで日本人が大好きな『限定』って言葉が出てくる事になるわけさ。
この言葉がいつも差別意識を生み出すんだよね。コミケに言って何かを入手した連中は「他の奴が持ってないものを持ってる!」だとか思っちゃってさ、好きでもないアニメでも限定ならって変に価値を感じたりしてさ。本当にファンな人に失礼だと思うでしょ?
差別意識だけならまだいいよ。全然必要だと思ってない奴とかがさ、限定グッズを買い占めてネットでオークションして高く売ったりするんだよね。まぁ、これに関してはコミケの運用側も気を配ってるみたいで、一人一つ。それでも中国人どもが(網本が彼らを嫌うのはこういう時には同意できるんだけどね)沢山押し寄せて購入してくる。なのでコミケ開場ではIDを発行してから、そのIDと引き換えに後日郵送で自宅に届くって形式にしてるみたい。
こんな感じでコミケに関する不満をぶちまけてみたけど、結局なんだかんだ言って、今年もそこに行くわけなんだよね…。
でも『限定』なんて言葉に釣られていくわけじゃあないってのをまず最初に知っておいてもらいたいんだ。本当にアニメが好きな人だっていうだけ。僕はその中でも『ドロイド・バスター・キミカ』のフィギュアが欲しかっただけなんだよ。ぶーちゃんにしてみれば、同人ブースから企業ブースまで全部回ってデータディスクを買い漁りたいなんて言ってたけどね。彼だって別に希少価値のあるものだから、って理由じゃないんだよ。純アニメオタクとして、誰よりも先に情報を得たいって思っているだけなんだ。そう、できれば。できればの範囲でね。
そして僕とぶーちゃんは、クリさんの部屋で録画してたアニメでも見ながらさ、コミケでどういう順番でブースを回るのかだとか検討してたわけさ。となりでクリさんはあいも変わらずそうめんをずるずるやってて、みればそうめん汁がないじゃないか。びっくりしたよ。その味がなんもついてない(正確にはそうめんの味だけ)のやつをずるずると食べてるんだから。
「そういうデータディスクなら近くの本屋に沢山置いてあったぞ」
とクリさんは僕達が見てるパンフを覗き込んで言う。
「新刊とかでコミケ限定とかもあるんだよ。あたしとぶーちゃんはソレが狙いなんだよ」
「ほう…」
「まぁ、コミケに行ったからってそれが全部入手できるとは限らないんだけどね」
「それは何故だ?」
「それは、まぁ、コミケに沢山人がいるからってのと、売ってるものも全員分あるわけじゃないってのと…それから、お金もそんなにないしさ」
「データディスクとIDだろう?ハッキングして手に入れればいいじゃないか」
「そうか〜ハッキングねぇ〜……え?」
「そうだ。ハッキングだ」
また始まったよ、この人がそれを言ったら本当に実行しそうだから怖いんだよね。前も銀行から200万ばっかし抜き取ってたし。でもお金持ちになってるはずなのにそうめんを汁もなしで食べてるってどういう事なんだろう?とにかく。ハッキングが出来たらやってるっての。
「クリさん。それ犯罪だから。それにあたしにハッキングが出来るような頭脳は無いって」
クリさんはそうめんを食べる手を止めて机に腰掛けた。
「ハッキングには頭脳なぞ必要ないぞ。必要なものをあげるとすれば…作戦立案のセンスと、大胆な行動が出来る勇気だな、しいて言うなら」
「そんなに簡単に言うけど…クリさんみたいに銀行のハッキングとかやってる人が言ってもねぇ。あたしはハッキングとかよりもソフトウェアを作るほうが専門だし」
「ナイフを持って人を殺すようなものだ。相手に気付かれないように近づいて、確実に急所を狙い、そしてタイミングよく刺す。もちろん警察にも気付かれないようにな。ナイフを刺す事をハッキングと置き換えればいい」と言いながら、さっきまでそうめんを食べていた時に使っていた箸をナイフに見立てて突き刺してみながらクリさんは言った。
「…例えるなら今まであたしがやった事がある行為にしてよ…」
「ナオに出来ないのなら、この私がコミケ会場とやらに言ってやってみせてもいいが」
とかクリさんが言うと、さっきまでアニメをずっとみてたぶーちゃんが、目をギラつかせながらクリさんのほうを見るんだよ。あぁ、やっぱりクリさんは他人の欲求を引き出すのがうまいんだよな。とりあえず、言えることは言うとして、
「ぶーちゃん…犯罪だよ。ハッキングは」
「そ、そそ、それは解ってるけど、で、でも、新刊が全部、て、手に入るのは魅力的だな」
「そりゃそうだけどさ…」
「ど、どうせ、あとでネットにばら撒かれるだろうし…そ、それも犯罪でしょ」
「そりゃ…まぁ、そうだけどさ…」
クリさんはそんな僕とぶーちゃんのやり取りを無表情で見てから、ふたたびそうめんを食べながら言った。
「欲しいものがあれば手に入れる。深く考える事は無い。清らかで動物らしい自然な行為だ。この地球上で数多くの生命があるが『法律』だなんてマヌケな規則で自分達を縛るのは人間だけだぞ。本来、正義とは法律の中ではなく、各個人の中にあるものだ」
ん〜…なんかスケールがデカすぎて僕が考えてる事がちっぽけに見えるぞ。例えば今からハッキングで犯罪をしようって考えてる事とかさ。よく考えたらたかが電子の配列ごときにお金を出すなんてバカらしい事極まりないな。本当に、人間って生き物はちっぽけだなぁ…。
「じゃあ、クリさん、コミケにいく?今からでも入場券が発行できると思うから…まぁクリさんなら発行できなくても『発行した事』にすると思うけどさ…」
「ほほう。入場券があるのか。ちなみにいつコミケとやらに行くのだ?」
「来週の日曜日だけど?」
「来週の日曜か。無理だな。用事がある」
「え〜…」(僕とぶーちゃんが声を揃えて)
「そこまで期待させておいて、そりゃないでしょ…」
「では。私がハッキングの作法という奴を伝授させよう。貴様が実行すればいい」
「…」
僕は口を2センチぐらいあけてしばらく固まっていたよ。2分ぐらいかな?とにかく、このクリさんが何を言ってるのかを理解するまでがそれぐらいの時間が掛かったんだよね。まさか僕が犯罪の片棒を継がされるとは思わなかったんだよ。でも、クリさんがやるにしてもさ、僕がやるにしても、結局僕は犯罪を見てみぬふりしちゃってるんだから、そういう事になるじゃないの。片棒を継がされるって事にさ。前も銀行からお金を不正に引き出した事だって、僕もぶーちゃんも、網本はもちろんの事だけど、ユキですら、警察に言っていないんだからね。
それから僕はクリさん、いや、クリ先生のもとでハッキングについて1から学んだよ。いや、学んだなんて書いたら、まるで熱心に机につっぷして講義を聞いたみたいに聞こえるけどそうじゃなくて、ハッキングに関するソフトウェアをがんがん頭にインストールされた。それからクリさんの家にある量子演算ユニットの使用アカウントを貰った。実はこれが重要で、この量子演算ユニットの中には一つにつき1個のAIが積まれてるんだよね。AIにも色々と種類はあるけど、今回使うのはハッキングを行う事が専門のAI。このAIにはクリさんが今まで経験してきたハッキングのセンスやら知識って奴が搭載されてるわけさ。
クリさんの講義…という名のソフトウェアインストールが終わったら、今度は作戦会議。ぶーちゃんも今回は進んで協力するらしいけど、ぶーちゃんはどっちかといえば、ソフトウェアよりもハードウェアかなぁ。
さて、手始めに、練習もかねて最初のハッキングをやってみようって事になった。
目的としては、コミケ会場の入場券をゲットする事。しかも普通の入場券じゃないよ。業者向けの入場券です。業者向けの入場券はコミケ当日にブースで『売る側の人たち』が先に会場へと入るためのもの。つまり、これを入手しておけば業者としてコミケ会場に入れて、その時間を利用してゆっくりハッキングが出来るって話なのです。
土曜日の朝から電車で隣の県の県庁がある市の駅で降りて、そっから徒歩でとあるビルに向かう。そこはいろんな企業がオフィスを構えてるところで、その中にコミケの入場券を発行している会社があるのね。
入り口に入るとどこにでもいるようなアンドロイドの受付嬢がいる。僕はそいつに『即席で作ったID』を見せる。このIDってのがビルに入るための許可書みたいなもので、このビルで働いてる人、または関連会社の人に渡されるのだ。もうちょっとお金持ちな企業に行けば指紋やら声紋鑑定までされるんだけど、ここは見た目どおりにそうじゃないらしくて、3次元バーコードが印字されたカードだけでOK。とても偽造しやすい。
「お待ちしておりました。高橋さま」
誰だよ、高橋って…。まぁこのIDの本来の持ち主なんだけどね。
僕は仕事がらこんなオフィスビルにスーツで出入りするんだけど、今日、スーツ姿でどこにでもあるようなオフィスビルを出入りするのは流石に違和感を覚えたなぁ。今から犯罪しにいきま〜すっって事だからね。アンドロイドが人の認識をしないってわかっていても、周囲の目は気になったねぇ。その高橋と名乗ったスーツ姿の女はね、エレベーターに乗って2人いるどっかの会社のサラリーマン風の男の間に入ってさ、びくびくしながら立っているんだよ。はやくおりねーかなーなんて思いながら…。でもやっぱりいろんな会社が集合してるビルだけあって、顔の知らない奴が一人入ってきても気にも留めないみたい。
ターゲットの会社がある階で降りて、さっそくそのオフィスへと向かう。
ちっさな会社だったよ。オフィスにも10人いるかいないか。一番手前に座っていたOLに、「フェイテックの高橋ですけど…」と言うと、「あぁ、サーバの定期メンテナンスですね」と言って奥のサーバルームへ通してもらったよ。みんな自分の仕事に集中してて僕の事なんて見向きもしやしねぇ…まったく、これから犯罪しちゃいますけどいいです〜?
さて。サーバルームに入ってまず最初にするべきことは、僕が最初この会社の受付のところでしたことと同じ、部屋の4隅などを見渡して監視カメラが無いかどうか確認する事。もし監視カメラがあったとしたら(クリさん曰く監視カメラがあった場合は難易度があがるらしい)すぐに連絡して欲しい、との事だった。もちろん、その確率は低いけど。よし、監視カメラなしだ。
温度は周囲のフロアよりも5度ぐらい低い。クリさんの部屋で見るような機械がゴロゴロしている。そのなかでもとりわけコード類が集中しているところがメインターミナルで、このフロアにある色んな機器と接続されている管理用の端末だ。仕事柄、どこがメインターミナルになってるとか、どういう機器構成になってるとか解ってしまうのが怖いな。
首にコンピュータにアクセスする為のネックハブっていう装置を掛ける。これは業者さんなら大抵は持ってる。クリさんとかは首にネットワークケーブルのジャックがあるけど(しかもいつもケーブル刺しっぱなしで尻尾みたいにしてるけど)、僕をふくめて普通の人はジャックは外から見えないようにされてる。見た目がアレなので。ジャックがない人が有線接続する時には、ネックハブを首に巻いて、そこから伸びてるケーブルを機器に差し込むのだ。それからネックハブからでてる別のケーブルをPADに繋ぐ。ちなみにPADってのは汎用端末で、ネットワーク接続できたりもすれば、中に若干の記憶装置もあって、色々とデータが保管できる。もちろん、電脳のほうが便利だからPADを使う人は限られてて、ネット上でデータのやり取りをして足がつくのを恐れてる人だとか、後は電波が届きにくい場所でのデータのやり取り、頭のなかの記憶容量に空きが無い時の外部記憶装置だとかね。
コンピュータに接続した後は視界が少し暗くなって頭の中に管理用ログイン画面が表示される。アカウント情報が頭にあるのなら(業者さんならそれがある)このログイン画面が表示されるのはほんの1秒かそこらなんだけど、僕は部外者なのでしばらくはその画面が表示された状態。そこでクリさんの家にある量子演算ユニット…いや、AIたちが役に立つんだよね。PADの画面にはAIの一つがネットワークに対してハッキングを仕掛けている最中である事を示す表示がなにやらいろいろと出てきてる。それと同時に、僕の視界にはもう一つのAIが別の挙動を示している。仕組みはよく判らないけど1分かそこらでログイン画面が消えてネットワーク内への進入に成功した。
進入に成功した後も、クリさん作成のAI達はせこせこと何かをしている。クリさんが作ったAIだ…またとんでもないことをしてんじゃないのかと、僕は心配になってきたんだ。例えば前の銀行の口座からお金を引き出していた時みたいに、企業の口座から僕やクリさんの口座へと送金してるとか…。AI達が何をしてたのかログを確認してみる。どうやら、AIのうちの一つは僕がログインした履歴なども消そうとさらに奥深くへとハッキングしているようだった。
そこは彼ら(彼女ら?)に任せるとして、素っ裸になった思春期の女の子のように無防備になってしまったデータベースへと進入し、僕とぶーちゃんのアカウント情報を登録してやる。データベースを解析したAIが影響あるほかのデータへの更新もどんどんやっていく。(本来ならアカウント管理システムを介して登録するところを直接データベースを更新したため)
流石はクリさん仕込みのAIなのだ。僕が仕事を終えるまでに侵入履歴などを全部綺麗に消していった。で、華麗にログアウト。ケーブルを引っこ抜いてネックハブをバッグの中に押し込んでサーバルームから退散した。ここはちょっと寒すぎ。
「作業おわりましたぁ」
などと、いつもの仕事のときみたいな感じで言って、僕はオフィスから『おさらば』したのだった。これで下準備は完了だ。
いつものボロアパートに帰って早速クリさんに報告。
クリさんの部屋の扉はいつものように半開きになってて、中から網本の話し声が聞こえてる。なにやらこの前、自分の家のライブラリのデータが消された(正確にはクリさんがウイルスをばら撒いて消したらしいんだけど)ので『オカズ』を沢山貰いに着てたらしい。オカズを貰おうとしてる人がまさか自分のデータをブチ消した本人ともしらずに…。それからぶーちゃんの声も聞こえた。
僕が部屋に入るとまずは先ほど書店で作ってきたIDカードを見せびらかす事をしたのだ。
「じゃーん」
誇らしげにも僕はそのIDカードをその場の全員に見せびらかせたのだ。テカテカと3次元バーコードが光る。カードそのものは偽造ではあるけれど、そこに書かれてるIDは先ほど某オフィス奥のサーバルームに侵入して作ってきたアカウントなのだ。
「ほう、なかなかやるな」
と、最初に誉めたのはクリさんだった。
「す、すごいな。ナオちゃん。ハッキング成功したんだ」
「ぶーちゃんの分もあるよ」と、もう一つのアカウントIDが貼付されてるカードを手渡、そうとしたらそれを横から網本の奴が取り上げやがった。
「なんだこれは?」などと言いながら。
「返してよ」「ちょっ、ぼ、僕のだよ、そ、それ」
と僕とぶーちゃんは網本から何とかそのカードを取り上げた。
コミケの入場券だよ」
「はぁ?コミケェ?お前らまたキモい事してんな」
悪かったな、キモくて。
っていうか、女の部屋に来てオカズを探してる奴に言われたかないよ。
「そ、そういえば、な、ナオちゃん。こ、コミケ会場に入るのに、り、理由がないとマズイんじゃないかな?」
「理由かぁ…そもそもアカウントはブースで何かを売る人のためのものだしね。あとは管理委員会だとか、警備員とかかな?そういう人達に混じるって難しそう」
「ぼ、ぼ、僕考えたんだけど、こ、ここ、コスプレなんてどどどうかな?」
なるほど。コスプレかぁ。ぶーちゃんもいいことを考えるね。確かに、毎回枠がすぐに埋まってしまうコスプレなんだけど、今回はアカウントを2つ持ってるから、その枠に強引に入っちゃって何食わぬ顔でハッキングできるね。怪しまれるわけでもないし。
「グッドアイデアだね、ぶーちゃん」
「ぼ、ぼ僕は、こんな身体だからコスプレとか無理だけど、お、お手伝いさんでいくよ。ナオちゃんは、スタイルいいから、ななななんでも似合いそうだよね」
「でもこの時期に手に入るかな?衣装」
「ち、ちちちなみに、ナオちゃんは何を来たいの?」
「ん〜…『ドロイド・バスター・キミカ』のコスかなぁ」
「あああ、あ、あれはかっこいいよね」
そんなコスの話についてぶーちゃんと楽しんでいたところを、クリさんが話に入る。
「アレに似たものなら持っているぞ。兵器メーカーから軍へ出された試作品だがな」
「え?兵器メーカーがキミカのコスを真似て作ったの?」
「そうじゃあない。逆だ」
「逆?」
「『ドロイド・バスター・キミカ』の作者は無類の兵器オタクで、日本の兵器メーカーから流出した情報を元に漫画を書いたんだ。有名な話だ」
「えぇえぇ、マジで?」
確かに、『ドロイド・バスター・キミカ』のストーリーには実際に存在してる軍事用のドロイドが出てきて、それらを悪用してる連中を相手に、キミカが最新の兵器を使って戦うって話なんだ。アニメファンにも人気がある一方で軍オタにも人気があるって話題のアニメなんだよね。まさかキミカのコスが実在してるなんて、どきどきしますね。
クリさんは押入れから古い洋服でも出すみたいに、いくつかのプラスティックケースを取り出して中からキミカのコスらしきものを出した。ただ、アニメでキミカが着てるコスは原色系の派手な明るい色に対して、今目の前にあるコスは黒。イメージとは違う…。やっぱりあの派手な色で実際の戦争に行くのはおかしいってどっかで思ってたんだよね…。
「着てみるか?」
「あ、うん」
奥の部屋で着替える。思ってたよりもサイズが大きいような…。軍用だから、よほどの屈強ながたいの人が着るんだろうな、ってか、着るのが女かどうかもわかんないや。
胸当ての部分と腰のパンツ?みたいなのは上下がセパレートになってて、プロテクターみたいなのもついてる。でもお腹が保護されてないから銃弾がここに当たったら終わりじゃないのかな?ただ、腕にはほんとにアニメの中で出てきたプラズマライフルとレールガンらしきものが搭載されてる。
置いてあった鏡で自分の姿を見てみたけど、最初の感想はSMなどに出てくるムチを持った女の人を連想させた。ただ、スーツに対して身体が小さいので子供が無理に大人の服を着ているようにも見える。特にパンツが悲惨で、少しずらすとアソコが見えてしまいそう…。
僕はとりあえずクリさんやぶーちゃんへとお披露目をしてみた。
「なんだそりゃ」
間髪いれずに批判をするのが網本。あっというまに僕から目を逸らしてアダルトビデオを選別する作業に戻ったみたいだ。一体何を望んで僕のほうを見たんだろう、この人。
「それはスイッチを入れて電脳と接続してから着るんだ」
と、クリさんは腰の部分にあるスイッチらしきものをつんと指で触った。
なんか、頭の中に前後左右上下、全部の映像が流れ込んでくる。そしてプシュって音と共に、今までぶかぶかだったスーツが身体に合わせて縮小した。
「おお、おお…キミカの色違いのコスだぁ。せ、セクシーだね」
ぶーちゃんが歓喜の声を上げた。
「ええ?そ、そう?」
鏡でもう一回自分の姿を見てみると、さっきまでぶかぶかだったのが身体にフィットしてて、なんか身体のラインが思いっきりわかるコスに仕上がってる。
「うわ、なんかこれ、エッチだね」
と僕が言うと、早速、網本がビデオを見るのを中断してこちらを向くんだよね。なんて野郎だ。しかも偉そうにあごに手を添えて、「ほほぅ、なかなかじゃないか」などと言ってみたり。いいからビデオを見る作業に戻れよ、ったく。
「充電しておけば光学迷彩と電磁シールド、それから反重力コイルが使えるぞ」
「クリさん、これ何に使ってたの?」
「ただの試作品だ。普通は前線にはドロイドが投入されるから人間用の装備なんてのはお試しで作るぐらいしかないんだよ。当時も、今も。それにバッテリーもすぐに切れるしな。弾は1発防げればいいぐらいだろう」
「まぁいいや。これを着てコミケにいこうっと」
コミケ会場に行くのに弾防ぐ必要なんて無いしね…。
さて、そしてコミケ当日。
クリさんは仕事、という事で、アパートのクリさんの部屋はいつもと違ってちゃんと扉が閉まっていて、鍵も掛かっていた。準備の最終確認でもしたかった気分だけど、とりあえず入場券とコスプレの装備、それからちゃんとクリさんの家のAIと接続出来てるかの確認をしてからぶーちゃんと一緒にコミケ会場へ向かった。
会場では既に長蛇の列が出来てる。昨日から並んでるのかな。いつもならその長蛇の列の後のほうに僕達の姿があるんだけどね。今回は列の横をスイスイと移動して会場へと入る。最初に向かうところはトイレの傍の掃除道具を格納してる部屋。この部屋がネットワーク配線が弄りやすいってことを事前に下調べてあるんだよね。
「ふぅ、ふぅ、こここ、ここかな?」
壁から少し出っ張って一見すると壁に見えるけど、実は薄い板でカバーが掛かってるだけで後には配線が沢山ある。
これからがぶーちゃんの作業になる。配線を一つ一つ見ていってはネットワークケーブルがどれかを見極めて、そのケーブルをいったん切断、それからルータをケーブルに接続しておく。このルータから僕が接続してネットワークへ侵入する。
その作業をぶーちゃんがしてる間、僕は部屋の外でここに入る人がいないか見張る。たまにトイレに出入りする人がいるぐらいで、掃除用具の部屋に来るのはいない。
実は掃除はコミケ開催の前に行われて、それからコミケ終了の後に行われるんだ。ここも調査済み。クリさんがハッキングのテクニックを教えてくれる時に話していた『ハッキングとは料理のようなもの』って言葉が脳裏に浮かんでいた。下準備と実行と後始末。この中では下準備っていうのが一番大きい。
「お、終わった」
部屋からぶーちゃんが出てきた。まるでサウナから出てきた光景を連想させるね、滅茶苦茶汗を掻いてるよ…。
「な、なおちゃん。アクセスしてみて」
「うん」
廊下を歩きながら、そして更衣室に入りながら、それから着替えながら、僕はルータにアクセスしてはAIを送り込んでいた。この辺りの原理はクリさんにいくつか教えてもらったけど、AIはそれぞれが別の役割があって、あるものはネットワークを流れるデータを分析したり、あるものはシステムに侵入して権限やらログを弄ったり、そしてあるものは『お目当て』のデータを集めまくる。他にもいくつか役目があるのがいるけど、詳しくないからここまで。
僕とぶーちゃんは更衣室の前で合流して、さっそくだけど会場にあるコスプレお披露目フロアに移動した。もちろん、その間にも僕はルータにアクセスしてAIの挙動を監視してた。
既に沢山のコスプレイヤーが集まってる。僕はいつもこのフロアは通り過ぎるだけにしてる。お買い物とかが忙しくてね。僕は自分が見せる立場にあることも忘れて、ぶーちゃんと一緒に他のコスプレイヤー達を見て回っていた。周囲にはカメラマンやらが沢山集まっていて、フラッシュがばんばん炊かれていた。
「さ、さ最近のコスプレする人は、あ、あれだよね。すごい可愛いのがいっぱいだね」
「整形の技術が上がってきてるみたいだしね」
コスプレにはまると、そもそもの自分の顔も改造しなければ、って思うようになるのかな。躊躇無く整形しちゃってるのが解る人を見かける。それなりに技術も上がってるから普通に美人になるんだけど、整形が出来るのは顔まで。だから肩から下は残念な結果な人もいた。
僕とぶーちゃんは、あいもかわらず見せるよりも見る事に集中していて、カメラマンの数が一番多いところに混じって、レースクイーンみたいなスタイルのコスプレイヤーの女体をジロジロと見ていた。
「な、なな、なかなかいいね。写真撮っちゃったよ」
「あたしも」
そんな事を言っていたら背後から「すいません」と聞こえる。それに続いて「すいません、カメラいいですか?」と言われた。なんだ僕、邪魔してたのか。ぶーちゃんを押しのけて僕は横にずれた。そしたらまた、「あ、違います」って声がする。しつこいなぁ。避けたのに。そういってその背後の小さな声へ振り返って見てみると、カメラは明らかに僕に向けられてる。
「え、あ、あたし?」
そうだった。そういえばコスプレしてたんだ。
一斉にカメラのシャッターの音と、フラッシュが僕の身体を照らす。「こっちに目線お願いします」「ポーズお願いします」だとか色々注文言われたけど、突然の事で(しかも始めてのコスプレなので)何一つ希望は満たせなかったよ。気がつけばさっきのレースクイーンっぽいスタイルの人の姿は消えていた。悪い事しちゃったかね。
しばらくそうやってカメラにフラッシュの光と音に囲まれてると、その人だかりの中から一人小太りでメガネの男がこっちに険しい顔で寄ってきた。焦ったねぇ。僕のハッキングがバレてるんだと思ってさ、後退りながら必死に今バレてるのかどうかをAIに捜査させたりしたよ。
「あの、ちょっと質問いいでしょうか?」
凄い険しい顔で小太りの男が言うんだよ。キモいなぁ。
「そのコスプレはキミカのコスプレでしょうか?」
「は、はぁ…」
「ですがキミカのアニメ版ではその色のスーツは登場していませんよね?それは軍が開発中のパワードスーツじゃないんですか?」
「え?え?」
おいおい〜クリさん〜バレてるんじゃないの…ハッキングしてるよりもヤバイ情報がバレちゃった気がするのは気のせい?
「えっと、これは…その、黒のほうがかっこいいかなって思って…」
「あ、申し送れました。私、ドロイドバスター・キミカの原作者の北島紀夫です」
背後から「おぉ〜」って声が。僕はアニメ版しか知らないんだよね。原作者ってこんな人だったのか。背後の人達はどうもその人の事を知ってるみたいだし、それに有名人みたいだ。
「流出した武器資料を基にキミカのコスチュームを考えたんです。まさかその完成版とめぐり合えるとは…。いや、これは完成版ではなく、たまたま黒に塗ったんですよね…でも、このプロテクターの質感とか本物でしかありえない…。とくにこのプロテクターの部分、『ダマスク合金』と呼ばれるんですけどね、この光沢はダマスク合金でなければ出ないんですよ」
まるでまくし立てるように次から次へと情報を吐き出す原作者さん。さすが軍オタ…よく知ってるなぁ。そして、その原作者さんが『ダマスク合金』などのキーワードを出してからか、さらにフラッシュの光が僕を覆っていく。そして原作者登場で周囲には更にギャラリー(&カメラマン)が増えていくんだよ。こんなに目立つなんて、なんてもの貸してくれるんだよ、クリさん。
しかもこの原作者さん、一向に僕から離れようとしないんだよね。まじまじと、特にプラズマライフルとレールガンの部分をいじってる。やばい、やばすぎるよ。専門家が見たら本物って解っちゃうじゃん…。
「パスンッ」
あ、なんか音が出た?原作者さんがレールガンのあたりをなにやらいじったときに、僕の手に微量な衝撃が走ったんだ。そしたら少し離れた所を歩いてた人が持っていた沢山のデータディスクが空中にバラバラになって散らばった。その人は「あー!」などと叫んでから木っ端微塵になったかわいそうなディスク達を呆然と眺めてる…。
何この銃、弾入ってんじゃん…!
「今、なんか音が…?」
と原作者さん。僕は首を傾げて知らぬ存ぜぬ。
でも焦ったねぇ。すぐにこの戦闘服の情報に電脳でアクセスしてさ、レールガンとプラズマライフルの状態を見たんだよ。両方とも『アクティブ』レールガンなんてマガジン一個分に相当する49発(1発撃ったっぽい)の9mm対戦車貫通弾が装填されてるし!よくみたら、さっきのデータディスクが木っ端微塵になった人の直線状真っ直ぐのところの壁に綺麗な穴が開いてるんだけど、これはみなかった事にしよう。
すぐに両方の武器の安全装置をセットして、『アクティブ』のステータスを解除しました。
その時、僕の頭の中にアラームが鳴り響いた。
これはさっきからコミケ会場のネットワークで監視をしてたAIからだ。そのAIからの情報を参照すると、何者かがデータアクセスログを調べてる。もちろん、アクセスログに足跡を残すような事はしてない、けど、今こうしてる間にもデータ収集AIのほうではアニメやら漫画やらのデータをばんばんコピーしてるんだよね。その都度、ログを消してる。一瞬だけ出現しては消えるログを見てその何者かはどう思うか?
もちろん、他の人もデータにアクセスしてるわけだからその中から僕のやってる行為を確認するまでは時間がかかるはず。だけど、わざわざログを調べに来てるわけだから、何かを不審に思ったに違いないんだ。
とにかく、その辺りの事情を僕の高速脳みそで0.5秒ぐらい考えて、すぐさま全てのデータ収集AIの動きを中断させた。まだログ領域にアクセスしてる、何者かのプロセス。
やばい、見張ってる。凄いジロジロ見られてる感覚がする。ちょうど、イメージするのなら、泥棒に入った所を近所のオバサンに見つかって、なんかじっとこっちを見てる時みたいな(そんな事はしたことないけど)そういう感覚。このオバサンが電脳から(もしくは携帯電話から)警察を呼んだのならもうアウト。でも今はそういう挙動じゃなくて、「誰あの人?ここの家の人にあんな人いたっけ?」って首を傾げてる状態。
もう僕はそこでB作戦に移行するところまで検討していたんだ。そのオバサン…じゃない、『誰か』がログ領域を監視しているからのん気にデータ収集するわけにも行かない。でも、その次の瞬間、そのB作戦をすぐさま実行せざる得ない事態が発生しちゃったんだよ。
さっきまでログ領域を監視してた『誰か』と似たような名前の『誰か』が次から次へとシステムへログオンし始めた。アカウントログを監視してた別のAIからも警告がつらつらと発せられる。イメージするのなら、オバサンが不審者を見つけたところで近所の別のオバサン連中を次から次へと呼んで、「ねぇ、あの人、ここの家の人?違うわよねぇ…通報しちゃう?」って相談し始めてる感じ。
ログオン時間を見ると、その似た名前の『誰か』はコンマ1秒ぐらいの差でほぼ同時にログオンしてる。おかしい、この挙動…人間じゃありえないぐらいのスピード。AI?
もう僕はB作戦を発動しちゃった。
『ぶーちゃん、B作戦発動するね。さっきから監視されてるみたい』
『ええ?ま、マジなのかい?』
『オオマジ』
暗号通信でぶーちゃんの電脳と連絡を取った後は、B作戦発動スイッチをぽちっと押した。周囲の照明が同時に落ちる。真昼間だからそれでも真っ暗にはならないけど、フロアによっては太陽光が届かなくて薄暗くなってる。それからAI達は一部を除いてネットワークアクセスエラーを出す。そう、B作戦は電源を落として逃走。
『電力が復旧するまで3分だから、それまでにルーターを取り除いて脱出するね』
『う、うん』
ぶーちゃんと僕は混乱する会場の中で一直線にさっきのルーターを埋め込んだ場所に向かう。僕が予測してた最悪の結末はルータを誰かに見つかっていて、そこで僕とぶーちゃんと誰かがはちあわせ。「おい、君達か?こんな事をしてるのは」って言われる事。でもまだそこまで運は悪くなかった。例の掃除道具置き場には誰もいなかったし、誰かがいたような形跡もない。よかった。さっそくぶーちゃんはルータを取り外して、元の状態…とまではいかないけど、ある程度は配線を元に戻してから、僕とぶーちゃんは電力が復旧しはじめる廊下などを早足で脱出していった。
9割9部ぐらいはデータを集めれたかな?
「なんかね、最初誰かがログインして、ログ領域を監視し始めた」
「うん」
「その後に似たようなアカウントが次から次へとログインして、色んな場所を監視し始めたんだよ。プロセスとか、アカウント情報にもアクセスしてた。焦ったねぇ」
「あ、あ、足跡とか残った?」
「たぶん、残ってない。監視してるのが『演技』で、既に警察に連絡してたらアウトだね。でもそうは見えなかったから怪しいと思って調査し始めたってところじゃないかな。そうなら、警察に提出出来るような証拠はまだ取れてないはず」
「よかった…」
それから家に戻った後は、集めたデータの確認と、既に仕事から戻ってたクリさんに今日の事を話した。一番聞きたいのはあのオバサン、じゃなかった『誰か』が何なのか。
「ふむ。おそらく監視AIだろうな」
「AIなの?やっぱり」
「システムがハッキングされれば、システム内で監視しているセキュリティ関係のソフトウェアも無効にされるだろうから、わざとシステム外から監視用のAiでログオンするのだ。何かがあったからログオンしてるんじゃなく、多分、スケジュールにそう組み込まれてたのだろう」
「へぇ〜…クリさんなら、そういう時はどうするの?」
「私なら監視用のAIにもハッキングを仕掛けるかな」
「えぇぇ…マジですかぁ」
ぶーちゃんはさっきから相変わらず画面と睨めっこ。盗ってきたデータを閲覧してるっぽい。
「何かいいもの見つかった?」
「し、新連載の、あ、アニメがあったよ。い、1話だけだけどね」
「このデータもコミケ終わったら、いろんなところにアップロードされるんだろうね」
「い、いいんだ、それでも。こ、このデータは僕とナオちゃんが、頑張って手に入れた最初のデータだから、コピーされた他のデータとは、ち、違うんだ」
そういって、ぶーちゃんはそのデータを分類してるタグに『コミケ』なんて言葉を入れていた。普段はアニメならアニメのタグなんだけどね。