12 学校の7不思議
その日は僕とぶーちゃんは『ドロイドバスター・キミカ』の新作が出たので、そのデータを早速ネット検索掛けて引っ張り出してきて二人で見ていたんだ。
最初はぶーちゃんも集めるつもりでデータディスクやらを購入してたりしたんだけど、クリさんがネットからデータを拾い集めてくるAIを作っちゃったからさ、利用しないわけにはいかない。って事で、もうお金を出して買うのなんて馬鹿馬鹿しくなっちゃってさ、もちろん、それが犯罪行為だなんて事も知ってるけど、「パッケージに魅力がないから」って事を前はぶーちゃんが言ってたっけ。そういう理由でちゃんとお金を出して買うものと拾い集めてくるものに分かれちゃってるわけなんだ。
そして二人で新作を見ながら、「やっぱり敵役のほうがコスチュームいいよね」とか僕が言ったりして、それから「ここ、このキミカのあ、あ、、あアニメっぽいコスチュームが、ふぁふぁ、ふぁ、ファンを遠ざけるのを、せ、製作者側も、り、理解して欲しいんだな」とかぶーちゃんが言って、アニメ談義に華咲かせていたらさ、後から殺気にもにたひんやりした感触がしたんだよ。
ほんとに僕はびっくりしたねぇ。
ユキが玄関のところに突っ立っててこっちを見てるんだからさ。最初は幽霊かと思って、次に悪魔か何かかと思って、次に魔女だと確信が持ててきて、最後は不審者と思って警察呼ぼうかとも思った。よく見たらユキだったよ。
僕とぶーちゃんはユキが玄関に突っ立ってる様子をじっと見つめてたよ。何か声でも掛けなきゃいけないと思ってたけど、色々と頭の中が渦巻いてきてうまく声が出なかったというか。
「何?不審者でも見るような目をしてるわね」
ってユキが言ったから、何っていうのは最初はこっちでしょ、といいたくなったよ。ユキが僕とかぶーちゃんに用事があるなんて事は今までの生活の中ではありえない事だったからさ。
「い、いや。何の用事かなと思って」
「クリさんは今日はいないの?」
「あー、お仕事みたい。ここ数日は居ないって言ってたかなぁ」
「そう」
「クリさんに何か用事?」
「よろずやをやってるっていうから、お仕事を頼もうかと思って」
う〜ん。クリさんが部屋に居ないのなら、わざわざこっちに来なくてもいいのに。諦めて自分の部屋に戻ればいいのに、って思ったけど、口には出せなかったよ。たぶん、クリさんが居ないから同じ会社に勤めてる(僕はよろずやの社員その1になってるから)僕に仕事の依頼をしにきたんだろう。けどさ、僕はクリさんが受け持つようなレベルの仕事は出来ないんだよ、ハッキングだとかクラッキングだとかそんな奴はさ…。
「別にお仕事と言っても、頭数が足りないから付き合って欲しいっていうぐらいのものよ。クリさんじゃなくてもいいし。貴女でもいいし」
立ち話もなんなので…。僕は仕方なしにユキに部屋に上がってもらって、依頼しようとしてる仕事とは何なのかを聞くことにした。ぶーちゃんはとなりでずっとアニメを見てたけどね。いいなぁ、僕もアニメをダラダラと見ておきたいなぁ。
「それで、依頼の内容って、どんなの?」
「私のクラスに、私の嫌いなタイプの女子がいるの、それで、」とまぁここから長い話が…。もう重要な部分だけを切り出して話して欲しいと思ったよ。隣じゃぶーちゃんが楽しそうにアニメ見てるしさ、つまんないユキの学校での話をされても。というわけで、ダラダラ話した内容は簡単に言うと、
ユキのクラスメートの一人(女)が夏休みの間に学校で肝試しをやった。それから頭がおかしくなった。ユキが心霊云々が詳しそうなので一緒に肝試しをして、原因を突き止めて欲しい…ってどっかで聞いたことあるような話じゃん?ついつい隣にいるぶーちゃんの顔色を伺っちゃったよ。それで、ユキが原因を突き詰めるにしても、ユキが毛嫌いしている連中と一緒に行動するのが嫌。って事で、僕かクリさんが同行してほしいって事らしい。ユキらしいと言えばそうなんだけど…。
「でも、あたし、ユキの学校の制服とか持ってないし、知らない人が学校に出入りしてたら、先生とか生徒にも疑われたりするんじゃないかなぁ…」
「制服は私の予備があるわ。それと、先生は学校にどの生徒が出入りしてるかなんて、あまり把握していないのよ。生徒のほうは私にまかせて。いいように言っておくから。認証カードさえ持っていれば入れるわ。そういうのを作ったりするのはお手の物でしょ?」
なんか、僕とクリさんは何でも屋っていうよりも、犯罪者のようなものに思われてる気がするよ…。そりゃ確かに通行証を偽造するなんてお手の物かも知れないけどね、出来るのとやるのとは違うんだよ。と、思ったけど、同じアパートのよしみだし、しょうがないなぁ。頭数ならいいか。
○
肝試し当日、僕は眠気が周囲の空気をのんべんだらりとしたものに変えるのを全身で感じつつ、ユキの通う学校に彼女と二人で向かっていた。彼女に借りた制服を着てね。
「サイズは合うかしら?」
ユキの高校のブラウスはちゃんと着てしまえばどこかのお嬢様っぽくなるんだけど、あの高校ってそれほど頭がいい人も、品性がある人も通っていないと有名だから、大抵は首のあたりにまきついてるリボンはきちんと『締めないで』ゆるゆるにするファッションが固定化されてるんだ。僕も変に目立ちたくはないのでリボンはゆるゆるに。でもこのブラウス…。
「ちょっと大きい?」
「う、うん…」
「まぁ、いいんじゃないの?」
「そうなの?」
「私が嫌いなクラスメートの着かたにそっくり」
「…」
確かに否定は出来ない。ちょっとゆるいブラウスに締めてないリボン、はだけた首元は屈めばおっぱいの谷間がブラごと見えてしまう。それがユキの通う学校の『一般生徒』の格好だから。
「バレないかなぁ…」
「大丈夫よ。不登校で1年の頃から数回しか学校に顔見せてない子って事で話してあるから」
…そういう子と友達っていう設定でも違和感なく受け入れられてるユキは一体…。
まぁ、そうこうしてると学校に到着。
その日は土曜日で学校はお昼まで。後は部活やら帰宅したりとかそういうだけなんだ。この時間を利用して校舎の肝試しをやるという事になってる。肝試しっていうか、学校の7不思議?とかいうのを追うみたいな。でもなんで7不思議なんだろうね。8不思議でもいいのに。スロットの7にかけてるのかな。いわゆるラッキーナンバーって奴。
とか考えてると、向こうから集団がやってきた。これがユキに幽霊云々の話を持ちかけてきた人達かぁ。見れば、どう考えてもユキとは繋がりのなさそうな面子ばっかりだよ。男2名、女2名。男のほうは一人はちょっと大人しそうな背の低いメガネの人。もう一人は背が高くて筋肉質、スポーツとかやってそうな肌が小麦色になってる人。女のほうは一人はちょっとマセマセな感じで高校生じゃねーだろって感じにお化粧しまくってる人。もう一人はなんか…遊んでそうな人。
「黒川さんの友達っていうから凄い人想像してたけど、意外と明るそうな可愛い子じゃん」
とか言ったのがマセ女。どうやら凄い人で通ってるみたいだ…ユキは…。そのマセ女は僕のブラウスのだぶだぶ袖をすっとめくると、「リストカット痕とかないね、登校拒否してたっていうから、自殺癖とかあるのかと思っちゃった」とか言うんだよ。悪かったね、リストカット痕なくて。
そしたら隣のチャラ女が突然笑い出してさ、流石に僕もびっくりしたよ。
「ちょーウケるんですけど!黒川さんのダチがこれって、マジ、ちょーウケるんですけど!」
うっざぁ…。
続いて、男性陣から。
「どうも、如月です」
と、その部活やりまくって肌がこげこげになってるマッチョが握手を求めてきた。
「はぁ…どうも」
僕はその手を軽く握ったつもりなのに、まるで力比べでもしそうな勢いでぎゅっと握ってくる。一瞬握りつぶされるかと思ったけど、さすがにレディを相手にそんな事をするわけはないか。そのマッチョはニッと笑って「君、スタイル良いね。テニス部のマネージャしてみない?」とか言ってくる。スタイルが良いのとテニス部のマネージャとの紐付けが頭の中で考えてみても出来ない。
そのマッチョの後で存在感が消えそうになってるメガネの小さい人が、恥ずかしそうにこちらをみながら、たぶん、笑顔を作ろうとしたんだと思うよ、マッチョと同じようにさ、でも笑顔にならなくて「フヒッ」って引き攣った顔になってた。
「どうも…よろしくです」
と、僕のほうから小さく言うと、
「ふ、フヒッ、よ、よろしくお願いします」
と言った。
学校の7不思議の場所などについては既に調べてあって、そこを明るいうちに探索していく事になってたみたいだ。この奇妙な人員構成はどうやら、頭がおかしくなった生徒について、クラスメート達が相談しあって選別したメンバーらしいんだ。どうりで統制が取れてないと思った。つまり、ここにいる人って貧乏くじを引かされた人って事なのかな。
あの「フヒッ」って笑ってるメガネは嫌々来てるっぽいなぁ。もう一人のマッチョの奴とマセ子は自分から志願したみたい。あと、チャラ子についてはくじがヒットしたみたいだけど、本人は楽しくてしょうがない様子だよ。橋が崩壊しても笑う年頃ってこの事かなぁ。僕は霊障で頭がおかしくなった生徒ってこのチャラ子の事じゃないかと本気で考えてる。
「どう?ムカつく奴等でしょ?」
確かに…。
ユキが小声で聞こえないように言った事に、僕は心の中で反応してしまう。
そして6名は歩きながら、学校の7不思議の場所へと移動していく。途中ではマセ子が7不思議について説明を僕にしてくれた。
「この学校の7不思議はね、本当に起きた事も混じってるから他の学校のとは比べ物にならないぐらい怖いのよ」
「本当に起きた事?」
「それは7不思議場所を回るときに教えてあげる。この学校と、学校の隣にある公園にまつわる7不思議でね、特定の場所にいくと霊障に会うから先生が立ち入りを禁止してる場所もあるの。クラスメートの一人がそこに肝試しに行って、頭がおかしくなっちゃったのよ」
と、マセ子は指で頭をツンツン突いた後に、パーと出した。
「未だずーっと家のベッドから出てこないからさ、やっぱ幽霊とかそういうものなんだと思って、黒川さんがそういうの詳しいから彼女にも頼って、何が起きてたのか調べてみる事にしたのよ」
「具体的にはどんな風におかしくなったの?」
「んとね…、そこに居ない人が見えたりとか…だったかな」
こ、怖い。
「お医者さんは何て?」
「今はまだ調べてもらっている最中よ。電脳専門医にね」
そうこう話しているうちに僕等は部活動で忙しく学生達が運動してるグラウンドの隅を歩いて野菜畑?みたいな所に来ていた。別に農業系の学校じゃないよ、普通の進学校なんだけど、たぶん、部活動のいっかんで使うんだと思う。例えば…園芸部だとか。それから気になることとして、動物の臭いがするって事。そう、動物園に来た時みたいな…。
「最初の不思議はここ」
やっぱり、案内された先には動物が沢山いる檻みたいなものがあった。これは…ペットを飼う部活なのかなぁ?亀にガチョウに鯉、ムササビ?、それからウサギにハムスターやら、一つの檻の中にはそれらの動物がいた。
チャラ子が駆け足で檻に近付いて何かを確認してる。それから叫んだんだ。
「殺られてる!」
マセ子も檻に近付いた。それに釣られて僕等も一緒に。
「やっぱり…カギ、開いてる?」
チャラ子が餌やりなどで利用するだろう檻の管理用扉のカギが閉まっているかどうかを、傍まで駆け寄って確認してた。ガチャガチャと檻を揺らして、「締まってるよ!」と言った。
殺られてるって何が?と僕は、チャラ子が見てた場所に視線を向けた。檻の中でハムスターの巣が設けられてる位置、よく見てみると、なにやら毛と新聞紙みたいなのが周囲に撒き散らされてて、その中心が血で染まっていた。死んでる。ハムスターが何かに殺されてる。具体的には肉食獣に食い荒らされてるといった感じなんだ。
「7不思議のうちの一つがここ?」
「そうよ。この小屋にいるハムスターが何かに食べられてるの。そんでね、檻の鍵を持っている人って先生しかいないのよ」
「ええと…つまり、先生が」と僕がいいかけた時にみんなこっちをジロっと見た。はいはい、悪かったですよ。ハムスターをナマで食べる人の話なんて想像もしたくないでしょうね。
「黒川さん、何か感じる?」
「いえ、全然」
マセ子とチャラ子が檻の外からハムスターの死骸の辺りを眺めている間に、僕とマッチョはさっきチャラ子がガチャガチャとあけようとしてた管理用扉の近くに行ってドアを見てみた。マセ子が『鍵』と言っていたのはカードキーの事みたいだ。想像してみると、やっぱり犯人は人間としか考えられない。誰かが肉食系のペットを連れて来て、そしてそいつはここの鍵を持ってて、檻の中にまんまと進入して自分のペットにハムスターを襲わせた。と考えてみても悪趣味だなぁ。だってさ、ハムスターを一匹捕まえて自分の家にでも行って食べさせればいいじゃん。なんでここで食い散らかすかなぁ。まるでここの動物達を大切にしてる生徒を辛い目にあわせたいみたいじゃないか。
「キモっ、マジ、パネェッ!」
チャラ子がハムスターの死体を見て叫んでいる。
ただ、仮にここが7不思議の一つとしてピックアップされたとしても、その理由が解らないなぁ。不思議っていうよりも作為的な何かを感じるじゃん。むしろ警察沙汰にでもなるような一例じゃないか。という僕の意見をマセ子にぶつけたみた。そしたら、
「最初はそうだったんだけどね、防犯カメラに映った映像がねぇ」とマセ子。
チャラ子が楽しそうに、「ねえ、見たい?つか、今持ってるから見せれるよ」
とか言ってきて、僕が「うん、みたい」とか言う前に既に頭をこちらに近づけてきた。映像だからサイズが大きいのかな。チャラ子は僕の肩に抱きついてくるとおでこをこっちにくっ付けるようにしてる。こういう風にしてる女子高生をよく見かけるけども、あれは昨日みたテレビで面白いのを録画してて電脳通信で渡しあってるのかな。
チャラ子の認証を通すと早速映像が送られてくるんだけどさ、パンダのお腹の部分に映像が映ってるのね。何これ…『チャラ子っぽい』飾りが付きまくってるデータ…すっごいウザい。
チャラ子の映像には暗視カメラが動物の檻を写してる映像が映っている。時間は深夜の2時ぐらい。周囲に何か変化は何もなくて、僕はそこから心霊的な何かを期待してたんだけど…。突然、画面が砂嵐状態になった。何これ?砂嵐には何かのニュース番組かなにか、レポーターが話してる様子が映っているんだ。でもすぐに砂嵐は消えて…ってあれ?時間が3時になってる。1時間分のデータが存在しない!しかも、檻の中なかのハムスターの場所が…食い散らかされてる。
「どう?どう?ッパネェっしょ?」
確かに、凄い不気味さを感じる。
「でも、ないのよね?霊的な何か」
とマセ子はユキの様子を見てる。
「そうね、全然」
そんな感じに冷たく言い放つユキ。
「じゃ、次行きましょ」
そして、僕達は次の7不思議の場所へと向かった。
そこは先程の動物の小屋から校舎側へと歩いていった場所にあるんだ。ここの校舎は学生達がいる教室がある棟と、理科室や家庭科室がある棟、それから部室棟の3つが並んでる。動物の小屋がある場所の近くにあったのは理科室だとかがある棟だった。それでも4階建ての大きな建物だよ。
「ここにね、出るのよ。幽霊が」
と低い声でわざと怖がらせるように言うんだよ、マセ子がさ。
「あ!」
と続いてチャラ子が僕のほうを指差して言うんだ。何だよ、ビックリするな。
「そこに立たないほうがいいわ!」
と続いてマセ子が僕の腕を掴んでどかせた。「え?なに?」と僕は足元を見てみるけども、何の変哲も無い地面…でも、なんかタイルが凹んではいるけど…。そんで「ひぃー」とかチャラ子がふざけてる感じで、僕を避けてマセ子の後に隠れるんだ。けども顔は笑ってるけどね。
「ここで飛び降り自殺があったと言われてるのよ」
「な!」
じゃあ、さっきのタイルが凹んでたのって…。僕の頭の中には僕が勝手に想像した映像が流れていた。誰かがこの棟の屋上から華麗に空中へとダイブして、そのまま地面に激突、タイルは人の形に凹んでいる。そして周囲にはおびただしい血が…。もしかして、まだ血とか残ってる?
僕ははっとして周囲の地面を確認した。血が…無いか。よかった。
「黒川さん、何か感じる?」
再び、さっきと同じ質問をするマセ子。
「ここは感じるわ。死んだのは私達よりも3年年上の男子生徒ね。名前は…加納、下の名前は慶介。イジメを苦に自殺したみたい。怒りに似た感情を感じるわ」
僕はごくりと生唾を飲み込んだ。ユキがここまで的確に言うのは珍しいから。そして、あのちゃらちゃらした幽霊とは無関係そうなチャラ子も、大人びて幽霊云々の話じゃ怖がらせるのは不可能と思われてたマセ子も、だいの男2名ですらも、ユキの話に体が硬直してしまった。
「そ、それで、ここの7不思議って…?」
「う、うん。えと、そこの窓に」
マセ子が指差したのは建物の窓ガラスだった。そろそろ日が暮れてきて太陽が傾いて、薄暗くなっているところに僕達6人が映りこんでるんだけど…。
「きゃあああ!」
マセ子が発狂したかのように叫んだ!チャラ子は叫ぶよりも前に逃げ出した。凄いスピードで走ってどんどん遠ざかっていくんだ。男2名のうち、マッチョのほうが「おおおおおお!」とか言ってチャラ子と同じ様に逃げ出す、ってアンタ男なんだから逃げなくてもいいじゃん。なんか身体だけデカイ癖にキモッタマが小さい人だなぁ。その場には叫んだまま地面に座り込んだ(っていうか、腰が抜けた?)マセ子と何かわけが解らずにいる僕とメガネとユキの3人がいた。
「映ってる!映ってる!」
「な、何が?」
「自殺した男子生徒が、そこに映るのよ!」
マセ子が叫んだ。
「へ?どこに?」
「今映ってたでしょ?!」
「うーん…別に」
改めてマセ子が、その男子生徒が映っていたと思われる窓ガラスを見てみる。日光があまり入らないようにと光を反射する構造になってる窓ガラスは鏡みたいに周囲の状況を映しこむ。でもそこに映っているのは自分達だけなんだよ。一体何が映っていたの?
「あれ?いま映ってたでしょ?」
「見える人と見えない人がいるのかな?」
僕達が落ち着いてるのだから、それを見たマセ子は恥ずかしくなるのに時間は掛からなかったよ。しぶしぶ腰を上げてスカートの泥をパンパンと弾き落とした。遠くではこちらの様子を見てるチャラ子とマッチョがいる。チャラ子のほうが走ると笑いが出るみたいなんだ。昔、走るとおならが出る男子が居たけど、あれと似たようなものなのかな。怖くなって逃げ出したくせに、走ってぜぇぜぇと息を切らしてくると何故か笑いが込み上げてくるみたいだった。そんで隣のマッチョも逃げ出した事が恥ずかしくなったのか、こちらに(運動部の連中がするように)マラソンっぽく走ってきて、「次いこうか」とか言ってる。ビックリして逃げ出した人が言う台詞じゃないよね…。
そういえば霊感のあるユキは何かを見てたのかな。
「ねえ、ユキは何か見えた?」と聞いてみた。
「別に」
ユキに感知できない霊的なもの?いや、最初、自殺した場所からは霊的な何かを感知してたけど、それと7不思議とは別という事なのかな。わかんない、まったくわかんない。
そして僕達は次の場所へと行こうとしたわけだけど、野菜畑の一角で作業してた人影を見つけたんだ。生徒じゃない。さっきから作業してたんだろうけど、僕達が気付かなかったのはその人が黙々と作業してたからじゃないかな。今はその作業服を来た中年の男性はこちらをじっと見つめてるんだよ。焦ったね。僕がこの高校の制服を着て紛れ込んでるって事に感づかれた?
「アイツ、また見てるわ」
マセ子が言う。隣でチャラ子が「キモーッ」と小さく言った。どうやら生徒をじっと見つめるのは普段からやってる事らしい。
「7不思議とはちょっと違うけど、あの男性も水着やら体操着やらの泥棒容疑がかけられたことがあったよね」とマッチョが言う。
「え、それ本当なの?前の全校集会の時に言われてた体操着が盗まれたとかの話でしょ?犯人あいつなの?」とマセ子も知らなかったらしい。
「アイツが宿直してる時に宿直室の小部屋にある鍵をなくしたとか言ってたんだよ。それで体操着盗難の件で警察が捜査を開始したタイミングとそれとが重なっててさ、もしかしたら小部屋に盗んだ体操着とか水着とか保管してたんじゃないかって話が出て、それを前に先生が集まってしてたのを俺の友達が聞いた。いや、俺の友達の友達が聞いたんだっけかな」
友達の友達って…段々信憑性が薄れていくんだけど。
「そうなんだ。ってか、宿直室の小部屋って7不思議の一つの『開かずの間』じゃない?」
というわけで、僕達は次の開かずの間があるといわれる宿直室へと足を運ぶ事になったんだ。
「黒川さん、何か感じる?」
と、マセ子のいつもの台詞。でもユキは、
「全然」
と冷たく返す。
職員室がある廊下の隅のほうに照明が行き届いていない暗い場所がある。そこに宿直室がある。布団やら枕やらを仕舞っている襖とテレビが置いてあるだけの簡素な部屋で、あの作業着姿の中年の職員が吸っていたのか、少しタバコの香りがする。でもその簡素な部屋に存在感があるのが隣の部屋?に続く小さなドアだ。確かに、この小さなドアがあるのは違和感があるよね。
「このドアが、開かないのよ」
小部屋の前のドアを押したり引いたりするマセ子。
鍵はカードキー式のものになっているみたいだ。という事は、ひょっとしたらだけど僕でもこの鍵を開けることが出来るかも知れないぞ。こういう時に役立つのがクリさんのAI集だよ。
「あたしが開けてみる」
と言ってマセ子をどかして、僕は首にネックハブを巻いてケーブルをドアノブの近くのジャックに差し込んだ。うしろでは「チョーカッコいい!」とかチャラ子が言ってる。ネックハブを首に巻いただけでカッコいいものなの?
とりあえずチャラ子は無視して作業続行。ドアのキーの管理用ゲートウェイが頭の中に飛び込んでくる。クリさんの家のAIを呼び出してハッキング開始。早速1個目のセキュリティゲートを突破。けども、それだけじゃ終わらず次のゲートが表示されてる。意外とセキュリティが硬いのね。次のゲートも突破…って次も来た。
そのあたりで僕は焦りを感じ始めてた。普通のドアの鍵でしょ?銀行並みに硬いセキュリティなんだけど。ドアのセキュリティソフトから逆探知されそうになってて、それを逃れるためにAIがどんどん落ちてる。落ちては参入させるんだけど、落とされるAIの数と参入させるAIの数が五分五分になった時にようやく第3階層のゲートウェイを突破。と、その時に「カチャリ」と鍵が開く音が聞こえた。
「ふぅ、開いた」と一息。
「凄いわね、あなた何者?」
とかマセ子が驚いてる。何者といわれても、今まで誰かさんと一緒に悪い事をしてきた者です。
とりあえずマッチョが先頭になって小部屋に侵入。中は窓がどこにもない部屋。照明は切れてて、完全に太陽の光は入ってこないから真っ暗になってた。マセ子が電気を点けてみたけど、期待してた盗まれた体操着やらはそこにはなかった。
「がらんとしてるわね」
とマセ子が言った瞬間、部屋の一番奥にある机に目が行った。机の上には何故かネットワーク端末が置いてある。なんで?
「っあれぇ?接続できねー」
チャラ子が言ってる。こういう端末って普通はネットワークから(電脳から)接続可能なはずなんだけど。今時にもキーボードが置いてある。そういえばクリさんの家の端末にもキーボードが置かれていたっけ。網本が話してたけど車は最初はミッションっていう制御方法だったのがオートマに変わって、次はAIによる自動運転へと進化したんだ。でもそういう風に移行していくなかでも旧世代ってのは愛されてて、それと同じでキーボードにしてもクリさんが電脳を使ってアクセスするよりもキーボードをインターフェイスにするのが趣があって好きだからって理由だったんだ。
なんとなく、今目の前にあるキーボードにしても趣みたいなのを感じてた。表面は新品ってわけじゃなくて、プロスティックの面がもともとザラザラしてたものだったみたいだけど、何度も指で触っているうちに削り落ちてツルツルになってる。そのキーボードに僕は指を触れてコマンドを叩いてみる。ちなみに、電脳通信を行う時にやってる事をキーボードのコマンドに変換するプログラムを電脳上で動かしてそれに従って指を動かしてるんだ。
「すっげぇぇ!」
チャラ子がまた驚いてる。側ではマセ子がふーんって顔をして見てる。
旧式のネットワーク端末なのか、さすがにセキュリティゲートは無いみたいだった。入ってるデータを見る限りは学校関係の資料なのかなぁ?でも中には新聞から抽出したデータもいくつか転がっているみたいだ。とりあえず、どれか一つのデータを展開してみると、そのデータはどこかのクラスの名簿。僕はこの学校の生徒じゃないから誰が誰やらさっぱり。ただ、今僕と一緒に7不思議を調査中の生徒はその中には居ないって事だけは解る。
「ねぇ、これって後藤先輩じゃない?」
マセ子がチャラ子に言う。なんか知り合いが居るみたいだ。
「え?マジぃ?あ、マジだ。これ3年の名簿じゃねぇ?」
「よね?」
3年?僕はこの名簿が何なのか、彼女達みたいに知り合いも居ないから、単純に3年というキーワードでピンと来るものがあったんだ。そう、自殺した男子生徒って…3年上だったよね?
「ねぇ、これってもしかして、」と僕がそれを言いかけたときに、
「あ!」
とマセ子が叫んだ。やっぱりそう…なんだ?
「これって例の自殺した男子生徒がいるクラスじゃないっけ?」
「ちょっ!マジでぇ?」
「やっぱりそうなんだ」
マセ子がキーボードの前に立って、ディスプレイに映ってるリストを指でなぞる。リストはクラス全員の名前をスクロールさせて表示されてる。それを見たマセ子は、
「ねぇ、このリストの詳細表示って出来る?」
僕はとりあえずはマセ子の言うとおりに、そのリストの一人の詳細を画面に表示した。でも納得してないみたいで、マセ子は更に「こっちの人を。そう、この灰色の字の」と言うので、僕は更に別の生徒、灰色の字で記述されてるのを詳細表示した。でもさらに首を傾げるんだ、マセ子は。
「ねぇ、これって本当にクラス名簿かな?最初はそう思ってたんだけどさ」
マセ子がチャラ子にそう言ってる。
「ん〜…」
チャラ子が普段使わない脳みそを使っている気がする。なんか音とかしそうなんだよね、カラカラとね。とりあえず僕もその詳細表示を見て考えてみる。そこには生徒が入学したのが何時で、退学があるかとか、卒業はいつかとか、就職先とか、住所、電話番号、などなど…。それから…なんだこれ?7月25日、事故死?
「ねぇ、これって、卒業後も更新されてる?」
と、僕は疑問を投げかけてみた。
「そう!そうなんだよ、なんか違うっつぅか、ソレだよ、それ」
とチャラ子が閃いたって感じの顔してるんだよ。もしかして…と思って僕は他の『灰色になってる名前』の人を次から次へと詳細表示してみたんだ。6月11日、自殺。12月1日、病死。1月18日、自殺。って…何これ?僕だけじゃなく、マセ子も、チャラ子も、それから…みんな顔面蒼白。
「何これ、っつか、なんでこのクラス、こんなに人死んでんの?」
チャラ子がそう言った時に、思い出したようにマセ子がユキのほうを振り向いて聞いたんだ。いつものアレだよ。幽霊がいるかどうかとか。
「ねぇ、ユキ、何か感じる?」
窓からの光すら入らないその小部屋では、唯一は端末のディスプレイから出てる光だけが照らす事の出来るものだったんだ。その中でもユキの顔の表情はなかなか見れなかったよ。彼女は僕達から一番離れてたからさ。だから余計に怖かったんだ。すぐに質問に答えず、じっとこちらを見てたから。そして、ユキは何故かいましがた僕等が入ってきた扉を見つめて、
「誰か来たわ」
と言った。
ガチャリ。と扉の鍵が閉まる音が聞こえたんだ!ユキは扉から離れてたから、オートロックかと思った。もしそれがオートロックで完全に閉じ込められたとしたらかなりヤバイ。あのセキュリティが3重ぐらいになってるのをもう一回解除できる自信が無かったんだ。すぐさま僕はセキュリティーゲートウェイに接続した。ダメだ、接続不可。なんで?
タバコの臭いがしてくる。もちろん顔なんて見えなかったけど、確かにあの作業員のおじさんが部屋に入ってきてるって気配がする。そしてその作業員のおじさん(と仮定するけど)は、その小部屋の前に来てる。緊張しまくる…。僕は声を殺した。みんなもそうだ。あのチャラ子ですら(僕は彼女が笑いをこらえるようにしてるんじゃないかと思ったけどさ)顔を真っ青にして、引き攣らせてた。
来た。ガチャガチャとノブを回してる。
その音で中にいた僕等はホラー映画の1シーンみたいに、ただただ身体を震わせた。っていうか、このおじさん、このドアがセキュリティキーが居るって事知ってんのかな?開け方がえらく原始的…。そしてそれから、なんかドア越しに身体をピッたしくっつけてるイメージがあるんだ。そういう服が擦れる音?みたいなのがしてる。僕の脳裏にはおじさんがドアに耳を押しつけて中に誰かいるのか、確認してるイメージが流れてた。そしてマセ子は口を手で押さえて声が漏れるのを塞いでいた。
しばらくそうしてたら、作業員のおじさんは「ちっ」と舌打ちをしてから部屋を出て行った。
「ぷはぁぁぁ!ちょっ、マジカンベン!」
緊張に耐えられなかったみたいだ。チャラ子はそういって床にヘナヘナと腰を降ろした。マセ子は額に手を当てて「はぁ」とため息。マッチョは額の汗を手でぬぐった。
「それでユキ、さっきの続きだけど」
「ええ、ここには霊的なものはあまり感じないけど、残留思念を感じるわ。誰か長期的にここに出入りしてたみたいね」
「それって、さっきの作業員のおじさん?」
やっぱりみんな作業員のおじさんのイメージだったんだ。
「いえ、違うわ。生徒ね」
「具体的に言うと、誰?」
「そこまではわかんないわ」
でもこの銀行なみのセキュリティゲートを突破できる生徒がいるなんて、想像できないや。もしそうなら超すご腕のハッカーじゃん。ああ、そいえば忘れるところだった。ドアの鍵だ。僕は再びドアのセキュリティゲートへと接続…ってあれ?解除済み?
僕は恐る恐る、その扉を開いてみた。
ゆっくりと小部屋の扉は開いた。さっき鍵が閉まった気がしたけど、一体なんだったの?こんなに簡単に開くなんて?と、僕はみんなの顔を見てみたんだ。みんなも、僕がドアを開ける様子を見てて、同じ様に不思議な顔してたよ。なんでドアが簡単に開くんだって。
「このドア、さっき閉まったよね?」
と僕が確認したら、
「い、いきましょ。もうここはいいでしょ」
マセ子がそう言った。その一言でみんな我先にと動きだした。ユキだけはしばらく小部屋の中でディスプレイのほうを見つめてたよ。マセ子に急かされるまでは。
宿直室を出た僕達が次に向かった7不思議の場所、つまりは4不思議目だけどさ、暗くなる前に行く事になっていた学校の隣にある公園の中の建物だった。ユキが通う高校は市内の緑地公園の一部にあって、気軽に公園にはグラウンドから出入り出来るんだ。僕等は自然と急ぎ足になっていったんだ。何故ならそろそろ日が暮れようとしてたからさ。本当は予定じゃ6不思議目ぐらいに到達してたはずなんだよ…。運悪く、太陽は山の後にあって僕等が行く予定だった建物はすっかり影に収まって確認出来なかった。だから到着してからようやく目の前にその建物が現れたんだ。
公園を管理してるドロイドなどを保管しておく建物だった。他にも、公園で作業する為の道具などもそこに保管されてる。
まだ陽は完全に落ちてないのに山の陰になったその場所はとても暗かった。そしてひんやりとしていた。このひんやりと、の部分は単純に太陽から隠れてるってだけが理由じゃなさそうなんだけどね…。
そして今までは突き進んでいたマセ子が全然動かなかったんだよ。それだけ、この場所が特別ヤバイって事を意味してる。そしてまだ建物に入っても居ないのに、マセ子はユキにいつものように聞いたんだ。「ここはどう?」ってね。そしてユキは「なにも」って答えてくれたらよかったと思った。でも違った。
「ヤバイわね」
そう言ったんだ。みんな生唾飲み込んだよ。誰も一歩も動かなかった。いや、後のまだ陽があるほうへなら喜んで下がろうと思うだろうけど、前に進もうとはしなかったね。特にあの小屋!中に入るというのはまっぴらごめんだと思った。
「随分沢山死んでるわね。4人か5人。全員自殺ね」
「誰が死んだか解る?」
「さっき名簿に載ってたわ」
やっぱりだ。みんなやっぱりだと思ったに違いないよ。誰もユキが言ってる事を疑わなかったから。あの名簿に載っていた中で名前が灰色のもの、つまり何らかの理由で死んだもののうち、自殺した4人か5人についてはここで死んだという事なんだよ…。
「えと、それで、その…なんで死んだの?」
恐る恐るだけどマセ子が聞いた。
「さっき言わなかったっけ?自殺よ」
「それはわかるけどさ、なんで自殺したの?」
しばらくユキはじっとマセ子を見つめていた。それは「なんでそんなことを聞くの?」って言う合図だったのかも知れないし、ただマセ子が怖がっているのを楽しんでいたのかも知れないし、「どうしてそんな事をアンタに話さないといけない?」と怒ったのかも知れない。最後に出した返答は、
「さぁ…?」
だった。
「ここで、どんな7不思議があるの?」
僕はとりあえずそれは聞いておこうと思った。
マセ子は建物のすぐ側にまでいたけども、そのまま下がっていって、公園を見下ろすベンチの辺りまで下がってから話始めた。
「7不思議っていうか実際に起きた事なんだけど、あるクラスの生徒が、一人じゃなくて何人もね。卒業してからこの小屋で自殺してたのよ。警察もここを何度も調べたけど、普通の建物。どこにでもあるようなね。ただ、自殺した元生徒達は全員、ある男子生徒をイジメてたって話」
「そ、それって、やっぱり…呪い?」と、僕はその話をユキの方にも向かって言ってみたんだ。彼女が何か答えを知ってるかとも思って…。
「呪いかどうかわからないけど、ここに長居するのはまずいと思うわ。さっきから建物の中から何かがこっちを見てる気がする」
とユキが答えた。それの「さっきから、」のところでマッチョがそそくさと学校のほうへ向かって歩き始めて「もう用事は終わっただろ、戻ろう」とか言ってる。僕もその意見には賛成だよ。続いて他の連中も移動し始めたんだけどさ、何故かチャラ子だけが建物の側から離れないんだよ。
「ちょっと、何やってんのよ!」
苛立つマセ子。
「まずいわね」とかユキが言う。そうとうマズイ状況だ。
チャラ子を連れ戻そうとマセ子が近付いたら、何故かこの少し頭の馬鹿なチャラ子という女の子はさ、建物の中へと入ろうとするんだよ。何を考えてるんだよ、今のユキの話は聞いてなかったの?そして「ちょ、ちょっと!」とその入ろうとする動きを制止させようとするマセ子。袖を掴んで引っ張る。やっぱりぼーっとしてたみたいだ。力なくフラフラと入ろうとしてたから、マセ子の力で引っ張る事が出来た。
でも一瞬。一瞬だけなんだけど、白い手のようなものがチャラ子の身体を掴もうとしたんだ。マセ子が引っ張ったお陰で掴むのに失敗したけど…。何アレ!何なんだよ!
「ユキ、あれ…」と僕が言うと、
「あなたも霊感があるのね」とか。関心してる場合じゃないっての!
僕達はすぐさまその場所から離れたんだ。
5分かそこらの話だと思ってたのに、一体どれぐらいの間にその場所に居たんだろう。陽はどんどん落ちていた。その場所だけ時間が進むスピードが速くなっているような気がした。とにかく急がないと、普通に7不思議のキモ試しをする事と同じシチュエーションにはしたくない、僕等が次の犠牲者にはなりたくないんだ。太陽の様子を気にしながらも、僕等は次の場所へと向かった。
男子高校生が自殺した棟の屋上へと続く階段。そこが6不思議目の場所だった。
もうすっかり陽は落ちて冷たい空気が校内に流れていた。時折廊下の窓からは薄暗い空にぽっかりと浮かぶ月が顔を覗かせる。今日は満月だった。新月ではなかった事は唯一の救いなのかな。
問題の場所にたどり着いた時に、まず最初に思ったのは屋上へと続く階段が見えなかったという事なんだ。暗くなり始めて目が慣れてなかったというのもある。けど、そこだけ照明が何故か無かったし、屋上へ出る扉が確かにその先にはあると解ってはいるんだけど、あるはずのものが見えなかったという事は、余計に怖かったよ。
「ここでの不思議はね…」
と言ってマセ子は階段を一歩だけ上がった。そして、
「この階段は14段あるんだけど、日が落ちてから来ると13段になるの」
えーっと…ちょっと待ってよ。日が落ちてから来ると…って、本来僕達はここに来るのはもっと早い時間だったよね?じゃあ、早い時間…日がまだ落ちてなかったら検証できなかったって事なの?という疑問がわいたけど、その場にいる誰一人としても、その疑問を口にする者は居なかった。さっさと終わらせて帰りたいって事なんだけどさ。
「で、黒川さん。何か感じる?」
「何も」
そう答えたユキは、しばらく待ってから、
「でもこの先の屋上は何か感じるわ」
「そう。やっぱりね。そこ、男子生徒が飛び降りた場所だから」
とかマセ子が言った。自分でそれを言ったのに『あ、やってしまった』って顔をしてるんだ。それもそのはずだよ。マセ子のその発言を聞いてから、周囲は一気に凍りついたんだからさ。特にチャラ子なんか、あれだけはしゃいでたのに今は完全に無口だった。
「如月君、あなたから言ってよ」
「え?なんで?」
そりゃそうだ。順番なんていつ決めたの?
「なんでじゃないでしょ。男の子でしょ」
ほんとに、都合のいいときにだけ男の子でしょって台詞を使うんだよね。女って生き物は。そして都合のいい時にだけ男女平等云々を言うんだよ。だから最近じゃ女を持ち上げるのはマスコミだけになってきた。もう誰もが完全に気付いてる男女の深い傷。という話はおいといて…。
「やれやれ…ビビリだね」
とか捨て台詞を吐いて渋々マッチョは階段を上がっていった。
そんで、まるで恐怖を打ち消すような大声で、いや、本当に、学校の外まで聞こえるような声でさ、1、2、3と数えてる。この時間に校舎に残ってる事自体がヤバイんだからさ、頼むから大声出さないでって誰もが思ったよ。でも彼の身体があっという間に闇の中に消えてしまって、そこから声だけが聞こえたときには寂しくも、悲しくも、そして怖くもなった。
「11、12、13!13段?13段だよ!」
13段!みんなこれを聞いたときに顔を合わせて、目を見開いていた。あれだけ大きな声で数えていたんだ。数え間違いも…たぶんないと思う。それからユキ、マセ子と(チャラ子は何故かぼーとしてて、順番は最後になったみたいだ)順番は適当に階段を上がって行った。
マッチョが階段を上がるときに数え間違いをしてるとか言ってたね。マセ子は。でも彼女が階段を数えていたときに、「1、2、3、4、6、7、8、9、10、11、12、13…え?やっぱり13段?なんで?」と言った。みんな13段という。やっぱり13段なんじゃないかな、もともと、と部外者の僕は思ってみる。
そして最後から2番目。僕の番になった。数えようか…。
「1、2、3、4、6、7、8、9、10、11、12、13。う〜ん…最初から13段じゃないの?」
「っかしいわ。絶対おかしい。実は私、友達と一緒に昼休みは屋上で昼食採ってるんだけど、その時数えても14段だったのよ。そこにいた7人全員で数えても同じだった。夜だけ13段になるって、どういうからくりなの?」
「暗くて足元が見えないから、実は小さな段をふみ飛ばしたとか」
「ち、小さなだぁん〜?そんな馬鹿みたいな階段造るなんてありえないでしょ!」
たしかにそうなんだけど…だとしたら、あとはどっちかが嘘を付いているかだよねぇ〜…。にしても、チャラ子遅いな。まだ上がってこないの?
「も〜…なにやってんのよ、あの子は!」
マセ子が階段を駆け下りて行く。僕のほうからみたら、そのまま暗闇に消えていくように見えた。そして、マセ子が止まった。それからだよ、1分ぐらいしても二人とも上がってこないんだよ。しょうがないから僕とユキが降りていったんだ。
不気味だった。
二人は階段の4段目ぐらいのところで足を止めて上のほうを見ているんだ。無表情で睨むように上の屋上へと出る扉のあたりをね。僕は「おーい」と目の前で手を振ったけど反応なし。ユキはこの状況で始めて「ふっ、何してるのこの人達」と笑った。笑うところじゃないけど。
「ちょ、ちょっと。大丈夫?」と、僕はまずはマセ子の手をとって引っ張る。動かない。正確にはその場所で位置を維持するように身体が力を入れてる?って感じなのかな。僕は思いっきりその身体に反逆した。引っ張って上の段へと無理やり足を一歩入れさせたんだよ。マセ子の身体の力が抜けるのが手に取るように解った。
「うわっとっと!」
そのままマセ子が僕の上に覆いかぶさってきた。ヤバイヤバイ。あと少しでチューするところだったよ。僕のおっぱいのところに顔を挟んで、ようやく意識が戻ったみたい?マセ子がこっちを見てから、「え、は?」とか言って、「あ、何してんだろ?」とか続ける。
「気絶してたよ」
とりあえず、マセ子の意識は戻って、隣のチャラ子は全然だった。だからマセ子と二人して彼女を引っ張ったよ。何故かマッチョが待ち構えてて(たぶん、マセ子が僕の胸の所に飛び込んできたから、同じ事をチャラ子でしてやろうって魂胆だと思う)ふらついた所を彼が引っ張り上げた。バランスを崩して階段に倒れるマッチョ。の上にチャラ子が抱きつくような感じになって。
「ちょっと、何やってんのよ!どさくさに紛れて!」
とマセ子が怒る。そこは怒るんだ。
「自分はこの子(僕を指差して)のおっぱいに顔うずめてたクセに人の事いえんのかよ」
いやいや、そんなのはどうでもいいから早くチャラ子を離してあげようよ。抱きつくにしてもいつまで抱きついてるんだよ…。そのあとも二人は言い争いを止めず、結局、何故階段のところで止まっていたのか原因は解らないまま、屋上へと続く扉を開けて外へ出た。
もう真っ暗じゃないか。
暗い空に浮かんだ月だけが、明るく地面を照らしている。冷たい風が僕達を撫でていった。おかしい、日が沈むのが早すぎるんだ。あの月の位置にしても、僕は天体学は詳しくはないけどさ、夜中の2時ぐらいの位置じゃない?だから僕はネットで現在時刻を見たんだよ。2時だよ。なんで?同じ疑問をユキも抱いていたようだった。
「私達、いったい何時間あの階段のとこにいたのかしら」
「だよね…何かおかしいよね」
でもまぁ、これで最後だし。7不思議目。一体何があるというの?
「ここが最後ね。7不思議目。ほら、あそこ。あの瓶に花が入ってるとこ。あそこに夜中の2時に立つと自殺しようとするの。実際に自殺した人もいる」
って、なんで今がその2時になってるのかなぁ?と、それから、
「もしかして、その場所って、例の男子高校生が自殺したとこ?」
「うん。そうよ」
「もしかして…あのコンクリートのとこのタイルだけどさ、凹んでたじゃん。あれって…」
「ああ、うん。あれは何度か貼りかえられてるの」
え…。えと、いま僕の脳裏浮かんだストーリーがあるんだけどさ。最初に男子高校生が自殺した後、死体がめり込んだ箇所のコンクリートとタイルは凹んだ。その後に、工事して元に戻したのにさらに自殺者が出て、また工事して修理をしてから、また自殺者が出て…ひぃぃぃ!
って、よく見るとまたあのボーっとしてるチャラ子がまた、その花が添えてある瓶のとこに向かって歩き出してるじゃん!
「ヤバイ!ヤバイヤバイって!」
僕が叫んだら、我先にとマセ子とマッチョが飛び掛った。チャラ子の後から胸を揉むみたいに(と言ったら失礼かもしれないけど)必死にマッチョが彼女を連れ戻そうとしてる。「クソッ馬鹿力!」って言ってるマッチョ。そんなに強い力?僕も手伝って、チャラ子は屋上へ出る扉のところでマッチョの太い腕の中で身動きを封じられた。
○
というのが今回の話なんだ。
結局、原因は何一つわかんなかったよ。ユキを連れて行ったけどさ、霊的なものがある、って事は解ったけど何をすればそれが収まるとか、そういう解決策に導く何かは発見できなかった。ユキはそれでも満足してたみたいだけどね。
僕はその話をクリさんの部屋に行ってから自慢げに語ろうと思ってさ、そこにはクリさんとぶーちゃんも居て、ぶーちゃんは相変わらずアニメばっかり見てたけど、側ではクリさんが僕の話に耳を傾けていた。
「でさ〜、これで7不思議全部の話ね」
「だが、まだ6不思議までしか語ってないぞ」
「え?そうだっけ?」
「ああ。まぁ7不思議とって6までしかないとか、そういうのは私の学校でもあったから気にするものでもないだろう。で、それに実際に行ってみてみたのか?」
「んん?行ってはないけど」
そこでぶーちゃんが言うんだ。変な事を。
「あ、あれ?な、ナオちゃんは、く、黒川さんと一緒に行ったんじゃなかったっけ…け、検証しにさ」
「え?行ってないって」
「そ、そうか。ぼ、僕のき、きき聞き間違え、だったのかな?」
「ふむ。今ちょうど、その学校の話しがニュースに出ているぞ」
『市内の高校にて、また自殺者』そういうタイトルが目に飛び込んできた。また?あんまり地方のニュースには目を配らせてないけど、またなのかぁ。世の中すさんできてるなぁ。