9 家の幽霊

山口県徳山市の四熊ヶ岳ふもとの山村に住む人からの人づて(母親の友達だそうだ)で「家の幽霊」という面白い話を知る事となった。今回はそれを紹介しようと思う。
俺の母親の友達であるその人は本人曰く多少の霊能力があり、何度か不可思議なものを見たことがあるとの事だった。幽霊と言えば、多くは人や動物の姿をしているものだが、その人が見た幽霊のうちの一つは「家」だったと言う。
マッサージをしてもらいに家に訪れた客から四熊ヶ岳で体験した妙な話を聞いた。
その客は普段から林業で山に入る事は多くあったが、猟も趣味でしており、仲間達と一緒に四熊ヶ岳近辺の山で猟をしていた。彼をAさんと呼ぼう。ちなみに余談だが、この四熊ヶ岳を含めて近隣の山々では奇妙は話が多い。例えば絶対に入ってはならない危険な場所(何がどう危険かは判らない)や、家を建てたら鍵がかけれなくなった場所や、同じ場所で何人も猟師が不審死してる場所など。曰くつきの場所がいたるところにある。また今度書こうと思う。
Aさんと彼の仲間達は山に入るも、結局何もとれず、日が落ちる前に山を下りることになった。そして仲間と来た獣道を確認しながらゆっくりと山を降りる途中で、道に迷ってしまったと思ったそうだ。
行く途中の道では家なんてなかったのだが、目の前には竹林に囲まれた家がある。
本業が猟師という人も仲間にいて、山に詳しいその人から見てもそんな場所に家がある事もおかしいし、まして人が住んでいるとも思えなかった。竹林の隙間から見える家は最初みた感じでは打ち捨てられた家というイメージだったそうだ。
家があるのだから道はそのままどこかの村に繋がっているとも考えられるが、自分たちが車を置いてきた場所とは違うところに出てしまうかも知れないので引き返す事となった。
そして山を登り始めてしばらくしてから、まるでキツネかタヌキにでも騙されたのではないかと思ったそうだ。そう、目の前にはまた家がある。さっきの家と比較すると若干、打ち捨てられてから時間はそれほど経っていないもののように見える。
「完全に迷ったな」
そこで、いったんは山を登って見晴らしのいい場所で現在地を確認しようとしたそうだ。
だが、既にそこにいたメンバーの全員が、何かがおかしいと感じ始めていた。
山を登る途中に、また家と遭遇した。同じように竹林とセットで目の前に現れる家。たださっきの家とは違って、こんな山奥なのに人が住んでいる気配がする。
「ちょっと聞いてみるか」
体力も消耗しつつある。少し休ませてもらおうと、家の庭の部分に足を踏み入れる。すると、突然、噎せ返るような嫌な臭いがしたそうだ。その臭いが何の臭いかと聞けば、魚だとかの臭いとは違う。どこかで同じような臭いがあるとするなら、動物園のあの臭いだそうだ。だが、酪農をしている人ならそういう臭いが家の近辺からしてくるのはよくある事。気にはなったがかといって逃げ帰るわけでもなく、家の呼び鈴のない玄関から家の中に向かって呼びかけてみる。
誰も返事をしない。
確かに何かの気配はしている。あの木の家の中をミシミシと音を立てて歩くような独特の音が聞こえてくるし、動物園で体験しているあの獣の臭いのようなものもしているが、その中から夕食の支度をするときの何かの出汁の匂いもするからだ。
「出掛けてるのか。しょうがない、しばらくここで休憩して、戻ってこなかったら出発しよう」
そしてしばらく休憩した後、出発してから10分ほどの事だ。
誰もが目を疑う光景に出くわす。
またさっきの家だ。まるで同じ場所をぐるぐると回っているかと思えるほど。
「こりゃ…まいったな」
「狸か狐の仕業か?」
話はここで終わりだ。
俺の母親の友達の按摩さんがAさんから聞いた話はここまで。ここからは、そのAさんがマッサージの施術を受けている最中に眠りこけて、夢見心地の中で霊能者さんに語った話。そして彼しかしらない話。そして…。話した事は本人は記憶に無い、話である。
Aさん達はその家へと足を踏み入れた。
目の前に広がっている怪異とも呼ぶべきものを確かめようとしたとでも、家の中から異臭がしたからとでも、そして家の住民が本当に居るのなら、山を降りる道を訪ねようとでも思ったのかも知れない。夢見心地の中で語った話だから詳しくは語られていない。
足を踏み入れて、進むと畳の敷いてある部屋が現れる。昔ながらの庵があるような、炭の香りがしたそうだ。と、同時に獣のにおいが強くなる。
散らかった皿や箸、米粒、ひっくり返った鍋、タンスは倒されて着物が散らばっている。破れた障子、爪で引っ掻いたような痕。そして血。至る所に飛び散っている。血、肉片、目玉、ピンク色や白の内臓と思わしきもの。
誰かが「逃げろ」と叫んだ。
家の奥のほうから何かを引き摺るような大きな音を立てて黒い塊が近付いてくる。動物。犬に見えなくも無いが近付けば近付くほど、それが人間のソレよりもはるかに大きな動物だと分かった。熊だ。熊は血まみれの着物と、贓物に絡み付いているように転がってくる誰かの人間の首を引き摺りながら、唸り声をあげて突進してきた。
それ以上は、Aさんは語ろうとはしなかった。
「ああ、すまんね、眠ってたみたいだよ」
と、袖で涙や汗を拭きながら、Aさんは御代を払って去っていった。
結局、Aさんを除いて、山から戻った者はいない。