17 シャムとコドク
ケルベロスの話が出た時に、それと時期を合わせる様にもう一つ、双子に関する話があるんだよ。あ、でもケルベロスは双子じゃなくて3つ子か。
ユキが満足がいくぐらいの気持ちの悪いケルベロスという名のブルドッグが完成した頃、網本は変な二人組みにずっと尾行されてたというのを話したんだ。もちろん、最初はその二人組みについてもユキの呪いか何かだと思っていたんだけどそうではないらしい。
というのも、網本がその二人組みに尾行され始めたのは、彼が普段からやってる右翼的活動の一つで、とある宗教団体の施設に偵察に行った後だったからなんだ。
まずは、その宗教団体と網本の関係から書くね。
その宗教団体は名前を抱月学会といって、そもそもは仏教だとかキリスト教だとかをアレンジして生み出された、他の宗教に比べると歴史の薄いものなんだ。でもそんな宗教団体に右翼団体である網本達が目をつけるって事は、網本が気に入らないような事を抱月学会がやってる事を意味するんだ。
網本曰く、抱月学会は会員に政治介入の指示を出しているらしいんだ。
遥か昔には選挙権というのがあって、選んだ政治家が国を動かすっていうややこしい事をやってたんだけどね、今の日本は国を動かしているのは国民一人一人。つまり、抱月学会は学会員が政治に参加した際にどの意見に票を入れるべきなのかを指示してる。これが本当なら違法だし、場合によっては国家反逆罪になってしまう。ちなみに網本の話だと資金提供者として外国人がバックにいるらしい。けれども、抱月学会はマスコミにも顔が広いし、彼らを疑っているのは彼らを疑う事でお金が手に入る週刊誌とかそういうレベルの人達だよ。おおかたそのゴシップ記事の一つでも拾い読みして都合のいい箇所だけを信じ込んで強行偵察に行ったんだと思うよ。
強行偵察から3日ぐらいして、網本達が集会に利用している店の一つに変な客が現れ始めた。それは双子の女の子。年齢は16から17ぐらい。顔も背格好も同じでそれだけでも十分変なのに、それで満足しないで着てる服まで同じにしてる。でも一つだけ違う事があって、それは『眼』だった。その双子の眼の色は、一人は黄色、一人は緑色だった。双子で目の色だけが違うという事はあまりない(らしい)ので、多分それは義眼だと思う。最近は義眼の性能もよくてメンテナンスフリーだから少しでも目が悪い人は自分の目を義眼と交換しちゃう人とかいるからね。二人とも目を義眼と交換する際に、見分けがつくように目の色を変えたのかな?
網本曰く、これを期に自分の身の回りに悪い事が起き始めたそうなんだ。
例えば普段なら2万円つぎ込んだら少しは辺りが出てたギャンブルが5万円つぎ込んでもまったく当たらなかったり、お腹が痛くてトイレに入ったけど用を終わらせて紙がない事に気付いたり、突然アソコが巨大化したり。でも最後の奴はユキの呪いだと思うけど。
「というわけなんだよ…」って言う網本。
僕と網本、ユキ、ぶーちゃんの4人で飲み屋に来た時の話だけどね。
「小さいよりも大きいほうがいいんじゃないの」
「うん、まぁそうなんだけどな…って違う!」
「日頃の行いが悪いだけでしょ。呪いなんて関係ないわ」とユキ。
「うるせーよ、メンヘル処女が!」
「童貞野郎に言われたくはないわね」
「俺は童貞じゃねーよ、残念でした」
「風俗で童貞損失はカウントしないから童貞よ」
また二人が言い争いを始める。喧嘩するほど仲がいいという言葉を誰が作ったのか、ちゃんと調べないといけないよ。多分それを作った人は人間的に素晴らしい人に囲まれて育って、充実した生活を送っていたんだよ、きっと。と、僕は目の前の素晴らしくない人間同士がやってる醜い言い争いを聞きながら思った。
よくもまぁ、こんなに酷い罵り言葉が次から次へと出ると思うよ、そういう事に脳を使わないでもっと別の事を考えればいいのにね。と、思った時に、僕は何かとてつもない寒気に襲われた。なんていうのかな、風邪の引きはじめで背筋がゾクゾクする感じ。でも風邪を引いたわけじゃない。恐怖心も同時に沸いてきたから。そして、ユキもそれに気付いたみたいだった。
ユキが周囲を警戒して見渡す。その時に僕と目が合って、
「いるわね」
と一言。
「な、何がいるの?」と僕。
「禍々しいもの」
僕もユキも網本もシンと静まり返ってしまってお互いに周囲を警戒した。近くに何か得体の知れないものがいる。こんな寂れた街の小さな居酒屋なのに。そして、ぶーちゃんが食べる音だけがくちゃくちゃと聞こえた。
「あ!」
突然声を上げたのは網本だった。そして顎である方角をツンツンと指し示した。僕とユキがそこに視線を送ると、そこにはお揃いのコートを着込んで髪型も同じ、双子に見える女の子の背姿が見えたんだ。もしかして、これが網本が言っていた双子の姉妹?
網本は突然立ち上がってその双子が居る所へと歩き出した。今までそんな事はせずに畏怖したり逃げ回ったりしてたのに、今回は正面対決を考えてるみたいだった。数の論理って奴で僕やユキがいたからなのかな。
網本が近付いてきたのに気付いたのか、双子が振り返ってこちらをみる。
確かにそっくりだ。違うのは目の色ぐらいしかない。後は声とかが違うのかな?
まさか網本のほうから向かってくると思っていなかったんだと思う。凄いおびえた表情をしてる。そして直にでも逃げれるようにと立ち上がって身構えてる。
「やいやいやい!お前等!」
網本が怒鳴ると身体をビクッとさせた双子。
僕はこの二人が揃いも揃って同じ声でハモるように「なんですか!」なんて言い出すのを頭に思い浮かべた。だって双子といえばそれでしょう。
でも違った。
「なんですか」「あなたは?」
ああ、そっちの方向なんですね…。
「なんですかじゃねーだろ!それは俺の台詞だ!」
「私達はただここで」「お酒を飲んでいただけですよ?」
「な、なんだよ、きもちわるい、交代で話すな。ってか、お前等、俺の事つけ狙ってたろ?もうバレてんだよ!いいか、今俺は一人じゃねーからな」
そう言って網本は僕達のほうを指差した。
双子の奇妙な色の目がこっちを見つめてくる。唖然として双子と網本の話してる様子を見てる僕目があって、それからモグモグとここぞとばかりに食べてるぶーちゃんのほうも見た。最後にジッと睨んでるユキに目があった時に、身体を再びビクつかせた。尾行してる割にはあんまりキモ座ってないみたいなんだよね。
「お前等のせいで、俺のチンコがこんなになっちまっただろうが!」
と言って、網本が自分のチンチンをズボンの上から握ってみせる。まだ男性のそういう部分を見たことがない双子は「ヒッ!」とか言いながら網本のソレから目を逸らす。顔は真っ赤になっている。
「ほら、どうしてくれるんだよ!俺のチンコ!」
と、まるで触ってみろと言わんばかりに双子のうちの一人の顔に近づける網本。他人のふりをしたいんだけど、さっき網本が僕達の紹介をしやがったから、通報されたら保護者とかいう扱いで僕達も連行されそうだ。だから僕は網本の腕を掴んで自分達のテーブルへと引き摺り戻した。
でも網本をテーブルへと引き摺り戻した代わりに今度はユキがあの双子のテーブルへと近付いていったんだよね。そうだった。厄介者はここにもいたんだった。迂闊だった。
ユキはズカズカと双子のテーブルへと向かってから、腕を組んで威嚇するように双子を睨みつけた。その行為に僕も網本も驚いたんだ。今回の話にユキが絡んでくるのは想定外だったみたいだよ、網本にとっては。
「あなた達、ものすごい禍々しい妖気を漂わせてるわね」
ユキが最初に言った言葉はそれだった。
「よ、妖気?」「な、なんなんですか?」
「しらばくれないで。蟲毒の呪式が解けてないわよ」
コドクのジュシキ?なんだろう?でもあの双子はその意味をすぐに解ったみたいだ。さっきまで怯えた顔でユキを見ていた目が、驚いた目となったんだよ。いや、単純に驚いたっていう目じゃない。なんだろ、目の中には希望みたいなものも感じ取れたんだよ。
「あの、もしかして」「蟲毒の呪式が見えるのですか?」
「見えるというより、感じるというのが正しいのかしら。話を聞いてもいいわよ。こっちに来なさい」
ユキがそんな事を言って、双子は僕達のテーブルの空きに座ったんだ。
「何か困っている事があるのでしょう?話してごらんなさい」
ユキがそういい終わるよりも先に網本が間に入って言う。
「何が困っているだ?俺をストーキングしてきやがったクセによ!」
さすが網本。こっちのほうが人数的に有利の時には態度が大きくなるね。
双子は網本をストーキングしてきたとは思えないぐらいに、網本の怒鳴り声に怯えている。普段から怒鳴られる事には慣れていないようだし、そもそも網本の声も大きかった。だからユキが見かねてそれを制したんだ。
「貴女は黙っていなさい。で、この人をつけてきたのも理由があるのでしょう?」
「あ、はい」「でも、何から話せばいいのか」
「一番最初からでいいんじゃない?」
そして双子はいくつか飲み物を注文して、それらをお互いが交互に飲み合うようにしながら、僕達に本当に最初から…つまり、双子がこの世に生まれてからの話をし始めたんだ。
二人の名前は千春と千夏。
最初、二人はそれぞれ別の場所で育っていた。どうしてそうなってしまったのかは、二人はここ最近になるまでわからなかったそうだ。
それぞれが別の街で育って、別の小学校へと進み、中学校を卒業し、出会ったのは高校の時。出会った時には顔はおろか、着ている普段着まで同じだったから随分気味悪かったそうだ。
ただ、お互いに気味悪がっているのは最初だけだった。
どういうわけか、その感情は憎しみに変わった。それを千春も千夏も「同じものが存在している事に対する違和感」って話した。これは僕にはよくわかんないんだけど、この世に自分と同じものがいると、自分の存在を半分ほど取られた気分になるそうだよ。半分こになるのだから、自分の価値も半分になる。いや、僕はわかんないんだけどね。
理屈じゃ説明できない奇妙な憎しみをお互いが抱いて、それは時々爆発し、お互いが傷つく事が何度かあった。女の子同士だから傷が残るような喧嘩をするわけじゃあない。だけど、心に傷が残るような事を互いにし合ったとだけ、双子は話した。
ある日、二人をよく知るクラスメートの一人が、千春と千夏が喧嘩をする事、そして顔も性格もよく似ている事、それらの事の真相に興味を持った。興味っていうか、二人は実は双子じゃないのか、なんて事を仮定して、それぞれに自らの出生について、知りたくないか?って投げかけたらしいんだ。
最初こそ興味の無かった千春・千夏も、自らの出生について興味を持ち始めた。何故かって?二人がそれぞれ役所にいって個人情報にアクセスしたら、本当の親の情報が存在しないからだよ。
そしてDNAの検査をしたら、二人が実は双子だという事もわかった。
ここまでの話なら、生き別れになった双子が出会った、よかったよかった。ってハッピーエンドな話だけど、この話にはまだ不明点もあるし、それにまだ話は終わっていない。
一つは二人は何故か出会ったときからお互いを酷く憎んでいた事。そしてもう一つは、これは過去の二人の手術の記録からだけど、二人の身体は元々シャム双生児で、身体が繋がっていたという事実だった。シャム双生児…ん〜僕の身近な犬に、そんなのが居たような居なかったような。それで、その身体を分離した際に、内臓などの一部は作り物に、そして、何故か眼球はくり貫かれて『作り物』の眼が移植されたんだ。4つある目のうち2つはちゃんと機能していたのに。
手術の記録の中から、それらを依頼した人間が『抱月学会』の関係者だという事を突き止めた。実はその人はもう既にこの世にはいなかったんだけど、彼の残した財産…これを双子は「研究資料」と言ったんだけどね、その資料には『蟲毒』という呪術に関すること、それから仏教でも神様の姿としてよく描かれてる、千手観音だとか、阿修羅だとかそれに関することが書かれていた。
そういう事実を踏まえると、良かれ悪かれ二人は抱月学会に何らかの関係があったと考えるしかない。シャムなので身体を分離した際に一部を作り物にしなければならない事は仕方がないのだけれど、問題なく機能していた眼球を摘出しなければならなかった経緯がわからない。それと、これは僕だけの感想だけどね、二人が双子として異なるところは今のところ、眼球だけなんだ。もしかしたら双子は言葉にこそ出さなかったけど、そこが異なる事に違和感を覚えていたのかも知れない。
双子はそこまで話をしおわった。そこで網本が口を挟んだ。
「おい、話はそれで終わりかよ、俺をストーキングしていたところが全然抜けてるんだけど」
「あの、それは」「あなたが抱月学会の事を調べようとしていらっしゃったので」「ひょっとしたら私達に関する事も、何か解るかと思って」
ああ、それで網本の右翼集団が調査結果を話しあっていたところを聞き耳立ててたわけか。
それと僕は最初から気になっていた事を聞いた。ユキにね。
「ユキ、蟲毒(コドク)ってなんなの?」
「おお、そうだ、さっきから気になってたんだ」と網本。
「蟲毒っていうのは呪物を作る儀式の一つよ。毒虫を数匹作った箱を作って、その毒虫同士で戦わせる。最後に生き残った毒虫の毒を使うの。呪いにね。古くは忍者達が忍術の一つとして扱っていたとか言われてるわ」
「じゃあ、双子はその毒虫の呪いってのを受けてるって事?」
「ああ、私がさっき言った事ね。あれはそういう意味じゃないわ。呪いが彼女達に掛けられてるんじゃなくて、彼女達がその蟲毒そのものだって意味よ」
「えええ?何それ?」と僕は双子のほうを一度見て、すぐに眼を逸らして言う。
「蟲毒っていうのは普通は毒虫を使ってやるものだけど、何故か双子さんを使ってやっていたみたいね。お互いを憎ませて殺し合いをさせて、最後に生き残ったほうを何かに使うのかしらね」
「そんな…」
双子達はうつむいたまま。多分、彼女達が言う抱月学会の研究資料っていうのに記載されてた蟲毒に関する記述から、双子そのものが蟲毒の材料になっていた事は知っていたのだろうね。そんな双子をみて網本は一蹴する。
「呪いなんてねーよ。馬鹿馬鹿しい」
呪いで股間がぱんぱんに膨らんだ人に言われても説得力ないよね…。
「じゃあ、双子がお互いを憎んでいたのもその蟲毒の儀式が関係してるって事かな?」
「そのようね。でも儀式は失敗してるわ。双子が蟲毒の存在をしって、お互いが協力して呪式の解除を探し出してる時点でね。でも、それで儀式は失敗しているけど、まだ呪式は解除されていないわ」
「ふ〜ん…じゃあ、お二人さんはそのコドクっていう呪いを解除する為に色々調査してるのかぁ」
双子は顔を見合わせてから、言った。
「呪いが掛かってるとかいう話を知ったのは今、そちらの、えと…」「ユキさん?に教えていただいたのが最初です」
「あれ?じゃあなんで抱月学会の事を調査してるの?」
双子は再び顔を見合わせてから、言った。
「それは…」「ええと…」「私達が失った目を取り返そうと思って」
「ふーん」
失った目かぁ。目が悪くなったわけじゃなくて、無理に義眼にされてしまってるからなぁ。でも、普通の人間の目よりかはよく見えると思うんだけどね〜…。
と、僕が思っていたのをまるで読み取ったみたいに、ユキが質問したんだ。
「あら、その視覚デバイスのほうが本来の目よりもよく見えるんじゃなくて?」
「それは…」「…」
今度は二人とも口を閉ざしてしまった。
一方で網本はさっきから話を聞いていてご機嫌になっているみたいだ。てっきり、ユキが興味を持つような話だから網本からはウザい話と感じてると思ったんだけど。
「いいね、いいね。叩けば埃が出ると思ってはいたが、非人道的な眼球摘出手術もやっていたとはな!マスコミやネットの連中に流せば連中を貶める材料になりそうだぜ!」
なるほど〜そういうことか。網本にとっては抱月学会を叩ける材料があるのならなんでもいいというわけなんだ。
「よかったじゃん、網本が手伝ってくれるって」
と僕が言うと、
「はぁぁん?何言ってんだよ、お前も手伝うんだよ。クリちゃんにも協力を仰いでな」
「なんで?!」
「俺が何できるっていうんだよ」
「…ああ、何も出来ないよね。っていうか、クリさんに頼んだらまた悪い結果になると思うよ。この前の事を忘れたの?左翼と外国人の集団にボコボコにされたのを。今度は宗教団体の連中のボコボコにされるかも知れないよ?」
「なんで主語だけ変えるんだ!ボコボコにされるかどうかは解らないだろうが」
網本がそう言いながら、脳みそが耳から飛び出るかというほどの強いデコピンの一撃を僕に食らわせた。何を言ってもダメか。この人は。僕に食らわせたデコピン以上のダメージを食らう事になると思うよ。
○
「抱月学会…。キリスト教や仏教が特定の神を崇める事に対して、先祖や万物に宿る神々を崇めている。同時に個人の霊力を高める事や呪術を開発する事など、この科学の発達した現代においてずいぶんと時代錯誤な事もしているという噂は昔からネットに流れていた。そしてここ最近もっともホットな噂は、マスコミ関係者に学会員がいるという事。それから政治に介入しているという事だ」
クリさんがいつものように椅子に座って、僕達は床に座って、あたかも城の袂に民衆が集まって、国王の演説でも聞いているかの様に振舞っている。この狭い部屋はとても国王の所持しているものという風格はないのだけれど。それにしてもいつもよりこの部屋が狭苦しく感じるのは、ぶーちゃんと僕と、ユキと網本に加えて双子まで来てるからなのかな。
「んで、クリちゃんは奴等の事を色々と知ってるんだろ?教えてくれよ」
網本は既にクリさんがそういう闇情報を既に握っている事も感づいていて、それを利用するために双子とクリさんを合わせたという事なのか〜!なかなかやりますね。
「いいだろう。私の政府筋の情報ルートから得られたものだが…連中は幾度と無く国家反逆罪で軍部やら警察からターゲットにされてきたが、関係者が不慮の事故で亡くなるなど不幸が続いて捜査はどれも中途半端に終了している。抱月学会に係われば呪われて死ぬとまで言われているほどだ。とはいうものの、連中をあげる事は仕事なので、仲間を亡くしながらもしぶしぶ続けているらしい」
部屋が狭いのでクリさんが寝起きするベッドの上で僕とぶーちゃんはお菓子の袋から互いに手を突っ込んではお菓子を取り出して口に放り込みながら、クリさんや網本が話す様子を見てるという行為に浸っていた。時々クリさんのベッドの上にカスを零しながら。
「呪いだぁ?アホ臭い。連中が事故に見せかけて関係者を殺してるだけだろ!」
と、股間を呪いでパンパンに膨らませた網本が申しております。
「呪いはあるわ」口を間に挟むのがユキ。
「ねぇよ」と網本がいう事で二人のいい争いが始まる。
「まずその股間が膨らんでいる理由を理解してから無いといって頂戴」
「これは、あれだよ、男の事情って奴だ」
男の事情?さっきからずっと膨らんでるよ、勃起耐久時間長すぎだよ。
「あなたに掛かっている呪いなんてチンケなものよ。ピンからキリまであるわ。でも、その軍部の人達や警察の人達が言うように、呪いをかけられるから怖いとか、…それほど万能なものでもないわ。人を呪わば穴二つ。かならず代償を支払う事になる」
「穴二つだとぉ?既に二つどころじゃないぐらい沢山の墓穴を作ってるじゃねーか!」
「そうね。でも、今、あなたのような抱月学会と何も関係ない人まで彼らに怒りを覚えてるのも事実よ。これからは彼らの墓穴が必要になるのかも知れない」
「ほう。つまり、今から俺達がやろうとしてることそのものが、抱月学会がやってる呪いに対する代償って事なのか。なるほど」
二人が話している一方でクリさんは抱月学会に関すること、特に双子と関係しているところについて調べていた。そしてものの数秒で結果がモニターなどに表示されはじめた。
「まずは双子の眼球についてだな」
と、クリさんが言うと、モニターには医者のカルテのようなものが表示された。何枚も。シャム双生児の分離手術に関することが殆どみたいだ。でもそのうちの一つに眼球摘出を行わなければならないとされる理由が書いてある。ふむふむ。そもそも、二人ともどちらかの目が見えなかったみたいだ。そして残る目についても視力がとても悪いみたいだ。
「摘出した目がその後、どうなったのか調べてみようか」
と、クリさんが別の資料を開こうとすると、エラー。
「この先の情報は何らかの理由で消されているな」とクリさん。
「あやしい」と網本。
「別の資料はないの?」と僕。
クリさんはガチャガチャのキーボードを叩いて別の資料を引っ張り出してくる。患者の一覧、カルテ、それから働いている医師や看護士の一覧、病院の経理報告まで。
「ふむ。これなんかはどうかな?」
クリさんが探し当てた資料の一つ。それは医者と患者が会話をした内容を文書に起こしてあるものだった。カルテにする前の状態のものなんだけど、そういう途中のデータってのは残っている事はあまりないはず。定期的にそれらのデータを消すっていう作業をやっていないだけなんだろう。
「姉ヶ崎隆二」
「誰その人?双子さんの家族?」
「いえ」「違います」
「じゃ…誰だろう?」
網本は額に人差し指と親指を当てて、ん〜って考えた後に、
「そいつ、知っているかもしれん。どこかで見た事ある。抱月学会の幹部の一人だったはず。っていうか、現在の抱月学会代表じゃねーの?」
そういうわけで、そのタイミングでその場にいた双子を除く一同は、双子の反応を見るんだ。そして、双子、黙ってモニターを見つめている。
引き続きクリさんがキーボードを叩いた。
「では、この日に眼球移植手術を受けたものを探してみようか」
氏名の一覧がモニターに表示される。あ、やっぱり。想像していたとおり、姉ヶ崎隆二の名前がその中にある。なんて解りやすいんだ。色々と情報を隠蔽しようとしたみたいだけど、数が多いから整合性が取れなくなってるみたいだ。
「これは決まりだな。姉ヶ崎は貴様等双子の目玉を移植しているぞ」
そういうわけで、そのタイミングでその場にいた双子を除く一同は、双子の反応を見るんだ。双子、俯いている。
「何が視力が悪いため、摘出だ。その目玉を自らの目に移植してるじゃねーか。この姉ヶ崎の目ん玉を引っこ抜いてやろうぜ」
と、まるで勇気付けるように双子に向かって言ったのは網本だった。
「で、でも、そんなこと」「出来るんですか?」
そしてその場にいたクリさんを除く一同は、クリさんの反応を見たんだ。
「出来るかどうかじゃなく、やるのだ」
クリさんはニヤリとしながらそう言った。
やっぱり…始まっちゃったよ。
○
とりあえず、それから1週間は何事も無く過ぎたんだ。
ある日、クリさんから連絡があって、どうやらもう病院に潜入してるとか言ってる。病院に潜入する計画すら知らなかった。
実はクリさんも想定外だったみたいで、姉ヶ崎は内臓にいくつか疾患があって、救急車で病院に運び込まれたのが今日だったみたいだ。その情報をクリさんが入手したらしい。
僕とユキは双子を連れて、クリさんが指定した病院へと向かったんだ。多分、そこが姉ヶ崎が運び込まれた病院だろうね。
僕達がロビーのあたりをウロウロしていると、なにやら看護婦姿のクリさんが医療用ドロイドを2体引き連れて2階の廊下を忙しく歩いているのを見かけた。最初は看護婦に知り合いがいるなんて想定してなかったから見逃しそうになったけど、首から尻尾のように生えているネットワークケーブルを見て、あれは知り合いだと思ったんだ。
「おーい、クリさーん」
僕が手を振ったらクリさんもこちらに気付いたみたいで、ドロイドと一緒にロビーまで降りてきた。よく見たら、看護婦の格好じゃなくて医療関係の機器をメンテナンスする人の格好をしてる。
「来たか」
「これから何をするの?」
「文字通り、姉ヶ崎の面ン玉を引っこ抜く」
「うわぁ…」
「とりあえず、ユキと双子は眼科の前で待機しててくれ。ナオは私と一緒に来てくれ」
「え?何かやる事があるの?」
「オペをやるぞ」
○
僕とクリさんは看護師の人達の更衣室に侵入した。
さっそくだけど、そこで渡されたのはナース服。
それを着替えている間にクリさんが説明する。電脳通信で。
『手術のスケジュールを若干変更している。姉ヶ崎は人工腎臓にする為の手術をするのだが、その間に私による眼球摘出手術のスケジュールを入れた』
『さすがに摘出しておしまいじゃないでしょ』
『もちろん視覚デバイスを埋め込むのさ』
『気付かれないかな?』
『まぁ大丈夫だろう』
ナース服に着替えた僕は早速、姉ヶ崎さんがいる病室へいく。
僕の様な貧乏人には絶対に入院できないような一人部屋の病室…。いいなぁ…すっごい豪華だ。そこに双子にとっては目を取った泥棒野郎の姉ヶ崎って人が横になっている。既に手術する時の服に着替えさせられている。見た目は普通のおじさんなんだけどね、裏では悪いことをしてるのかな?噂通りの。
「姉ヶ崎さん?これから手術室へ運びますね」
と言って、僕はここまで運んできた移動用ベッド(ドロイド)に姉ヶ崎さんをうつす。自分では動けないぐらいに痛みがあるのかな。かといって、僕はこのおじさんをお姫様抱っこするだけの力はないし。しかたない、転がすか。
「うんしょ…」
「ちょっと、き、君」
「うんしょ…」
思いっきり横から押して、ゴロゴロと転がして隣の移動用ベッド(ドロイド)になんとか移した。その時は「ぐ…ぐぅ…」とかうめき声を上げてたけど聞こえなかった事にするよ。とにかく、呻き声をあげてる姉ヶ崎さんをよそに、人目につかぬように移動用ベッドに高速移動をさせる。
クリさんがまつ手術室へ直行だった。
手術室は薄暗い部屋で、クリさんが連れてきてた医療用ドロイド2体のいる場所にだけ照明が照らされてていかにも怪しい雰囲気ってやつを演出していた。
「お、おい、今からワシは何の手術をするんだ?」
そういえばまだ麻酔をしていなかった姉ヶ崎さんは、その怪しい雰囲気を見て疑問に思ったのか、っていうか普通疑問に思うけど、なんちゃって看護婦の僕に聞いてきた。
「えっと…肝臓の手術でしたっけ?」
「な!わ、ワシは腎臓を患っておるんだぞ!」
「あああ、そうそう、腎臓。それです。それ」
「おい、お前等本当に病院関係者か?」
その質問で僕は固まる。気付かれてるよ、クリさん!
でもクリさんはクリさんで、暗闇の中でにやりと笑って、
「姉ヶ崎さん、あなたはどうやら私が医者に見えないらしい」
「あ、怪しすぎるだろうが!しかもなんじゃ、その両脇のドロイドは!衛生兵ドロイドではないか!」
あら…そうだったの。
「どうやら目のほうが重症らしいな。まずは目を治療しよう」
このクリさんの一言で、姉ヶ崎さんは自分の身に何が起こっているのかを察知したみたいだ。アタリだった。やっぱり眼はあの双子の眼だったんだ。姉ヶ崎さんはすぐさまベッドを降りようと、足の(転げ落ちないように巻かれた)バンドを引っぺがすと、ベッドから降りようとした。
そのところで、クリさんが麻酔銃で眠らせた。
「よし、クリ抜くぞ!」
「あの…あたしは部屋の隅で待ってるよ」
さすがにこの格好で病院をうろついていて怪しまれたら作戦失敗だから。しかたなく僕は部屋の隅で手術が終わるのを待っていた。
戦場で多くの負傷者を大胆に手術してきたドロイドだけはあるよ。本当に大胆に目ン玉をクリ抜いて、代替の視覚デバイスを埋め込んだんだ。あっという間。その間、約5分。でも、その5分の間に「ウィーン」とか「くちゅくちゅ」とか言う気味悪い痛々しい音が聞こえていたから、とても長く感じたんだ。
「よし…手術成功だ」
クリさんが誇らしげに2個の目球を持ってニコニコしてた。
「うわぁ…気持ち悪くなってきた」
それらはすぐに培養液?の中につけられて、そのプラスティック製のビニールパックを僕は持たされて「それを眼科へ運んでくれ」といわれた。
○
クリさんが手術のスケジュールを色々といじったのは、姉ヶ崎さんの眼球摘出手術だけじゃない。その眼球を双子に移植するまでの事も全部スケジュール済みだったみたい。ただし、眼球は2個しかないので双子はそれぞれの眼球を一つ一つ、片方の目に移植し、片方の目だけ手術終わった双子はその日のうちに退院となった。
さっそく僕達はクリさんの部屋に集合して、元に戻った彼女達の目を見せてもらったんだ。
双子の目は片方が視覚デバイスの目、片方は本来の目。やっぱり作り物の目に比べると色合いがちょっと違う。目の色が左右で違うというのはアニメとかのキャラにありそうな設定だけど、こんな風に実際の人間でそれがあると、ちょっとだけ違和感があるなぁ。なんていうか、寒気がするというか。気味悪いというか。
「なんだか禍々しいわね」
そうそう、禍々しい。ん?
双子を見てからそう言ったのはユキだった。
「ユキ…それは失礼だよ。本来の目が戻ったんだから、祝ってあげようよ」
ユキの部屋でケルベロスが吼えている。あれは3つ頭があるから3匹の犬が同時に吼えているのと同じなんだよね。それにしても、あの犬が吠えるのは網本が部屋の前を通った時だけなんだけど。なんだろう?
「ユキさん」「私達の蟲毒の呪式…」「どうなっています?」
双子はいつもの調子で交互に話しながら、ユキにそう聞いた。
「無くなってるわ」
「え?」「そうなんですか!」「よかった〜」
そう言って、二人はお互いの手をハイタッチして喜んでいる。
もしかして、目を取り戻す事が「蟲毒」の呪い解除のトリガーになっているという事なのかな?という疑問が誰もが沸いたと思うので、僕はユキに聞いてみたんだ。
質問をぶつけられたユキはその質問に答えようとするんだけど、相変わらずケルベロスが吠えているものだから、何とかその声の間、間で僕達に説明をする事になったんだ。やっぱりあの犬、この部屋に向かって吠えてるみたいだ。
「呪いの解除の方法は二通りあるわ。一つはちゃんとした手順に乗っ取って解除をするもの。そういうのを儀式というのだけれどね。それと、もう一つは、さらに強い呪いを掛けることよ」
「えっと…それは、小さな幽霊に纏わり憑かれてる時に、突然魔王が現れて襲われて、小さな幽霊がビックリして逃げ出したようなシチュエーション?」
「そうね。毒を持って毒を制すじゃないけど、禍々しいものってさらに禍々しいものが近くに来ると吸収されちゃうのよ。その霊力が」
「ふ〜ん…それで、今回のは…?」
「後者よ」
ユキを除いた一同が双子の顔を見る。
そういえばさっきから凄い違和感があったんだ。てっきり目の色が片方だけ違うからと思ってたんだけど、違う。違和感っていうか、不安になる?不安定な気持ちになる?吐きそうになるとか、身体が震えてくるとか、多分、そんな感情なのかな。
「ま、まぁ、ちゃんと目が戻ってきたんだからいいんじゃねーの?」
と、その場の雰囲気を取り繕ったのは網本だった。でもその、いいんじゃねーの?ってのを言う時にも「全然よくねぇよ」って感じにケルベロスの泣き声がワンワンと鳴り響いている。犬は感がするどいのか、そもそもケルベロスも禍々しさでは同類だからか、何かを警戒して吠えまくってるんだ。
それからクリさんが一言、
「ふむ。邪気眼という奴か」
「じゃ、邪気眼?」
「漫画で読んだ」
「…」
そこでもう一回、網本がその場の雰囲気を取り繕う台詞を言う。
「邪気眼とかいいからよ、お双子さん!俺から頼みがあるんだけどさ、二人の今までの歴史ってのをネットに公開してみないか?抱月学会の権威を落とすだけの十分な材料だしよ!」
また始まった。網本が右翼の宣伝活動に利用するのは目に見えてたんだ。
「それは危険だよ。双子が抱月学会とかマスコミに命を狙われちゃうかも知れないんだよ?」
「心配すんなって。あくまで俺達が双子の調査をして色々と真実がわかってきた、って内容にするから。つまり暴露するのは俺達であって、双子は質問される側でいいんだよ」
「ほんとに大丈夫かなぁ?」
「俺が大丈夫っつってるんだから大丈夫なんだよ!」
とりあえず網本からデコピンを一撃食らったのでもう黙る事にするよ…。
○
ネットに双子と抱月学会の係わりが暴露された。
網本のところを含めて、色んな右翼系の団体が抱月学会に関する裏情報を一気にネットに流したんだ。そしてそれらをマスコミが見て見ぬ振りをする様も流した。この見て見ぬ振りをしている期間が長ければ長いほど、政府による強制調査の対象になりやすいんだ。つまり、これが右翼が仕掛けた踏み絵になっていた。
一部の抱月学会系の新聞社が政府の調査を受けて、学会員が内部にいる事も、しかも結構上層部にそれがいる事もわかった。記者会見の映像も流れた。それを見る限りは純粋な学会員というわけじゃなくて、なにやら自分は脅されてて…云々という話をして責任逃れをしてる人もいたね。こんな裏切りが起こり始めると組織の大黒柱っていうのは根元から腐って傾き始めている事になるんだよね。
そして、今日。
網本とその部下や、他の右翼団体が抱月学会の総本山、通称「抱月会館」ビル前に集まって、これまたいつものように叫んだり通行を阻止したりしていた。そして、双子も情報提供者という事でその場にいたんだ。僕も無理やり連れてこられたよ。
「出て来い姉ヶ崎コラァッ!」
直径2メートルはある巨大拡声器から、ビルの窓ガラスが割れんばかりの大音量を撒き散らして(周囲にも迷惑を掛けながら)網本が叫んでいる。
「相変わらず君のところは野蛮だな」
あれ?この声はどこかで聞いた事がある。誰だっけ?
「えっと…どなたでしたっけ?」と聞いてみると、すごい不満そうな顔でその男は、
「小酒井だよ」
「ああ…」
そういえば、前にどこかでデモ活動した時に、別の右翼系グループのリーダーだった人だ。そうか〜、あの騒ぎの中でも怪我一つ負わずに逃げ切れたんだね。っていうか、「君のところは」って言われてますけど、僕は無関係ですから…。
「何度も言ってるけど、こちらから脅迫するような事を言えば不利になるんだからね。右翼のイメージダウンをしてるのは網本の様な過激な事をするバカどもなんだから」
「…どうしてそれをあたしに言うんですか…」
「ん?君は網本の仲間じゃないのか?」
「そんなわけないじゃないですか!今日は双子さんの、いや、情報提供者も着てるから、あたしもついて来てるだけで」
「そうか。じゃあ、網本のバカと話す事がもしあったら伝えておいてくれよ。間違っても拡声器で『殺すぞ姉ヶ崎』とか叫ばないようにね」
「はーい…」
小酒井さんは言いたい事を言い終わると、自分達のグループが集まっている場所へと戻っていった。どうやら小酒井さん達はビラとか署名を集めてるみたいだ。それから印刷された紙やらを看板に貼ってそれらを通り過ぎる人々に見えるように掲げたり、ホログラム設備を持ってきてマスコミが自粛して流さない抱月学会の裏情報をディスプレイしてたり。網本達と比べると随分と地味でしたたかな活動をしてる。
網本はそんな小酒井さんの地味な活動を潰すような事をやってる。再び叫ぶ。
「出て来い姉ヶ崎コラァッ!ブッ」のところで、僕が電源スイッチを切った。その後で「殺すぞ!」と言った。危ないところだった。「殺すぞ」のところが抱月学会の人達に聞こえてしまうところだったよ。
「てめぇ!何しやがるんだ!このメスブタ野郎!ブッ殺すぞ!」
「だから、殺すとか言ったら訴えられるってば」
「ああぁん?訴えてみろよ!」
「いや、だから、抱月学会の人に訴えられたら不利だよ」
「ちっッ!」
網本が頭を掻き毟る。
双子はお揃いのコートを着て、ビルを見上げてるんだ。あの上に自分達の運命を勝手に変えた男、姉ヶ崎がいると思ってるのかな。
「あの、網本さん」「もういいんです」
「いや、よくないさ」
「だって…」「網本さんにも迷惑掛けてしまうし」
「迷惑?気にすんな。嫌われるのは俺達の役目だっての。こんな美人のお嬢さん達に悲しい顔をさせた奴を許しちゃおけねぇからさ」
それから双子は俯いた。そしてビルを見てる。見てるっていうか睨んでいる。二人で手を繋いで。よく見たらその手も震えていた。この震えは恐怖からじゃないってのが、次に放った双子の台詞からわかったんだ。
「…私達だけならまだしも…」「網本さん達や、他にも…」「日本中の人達に迷惑を掛けるなんて」「許せない」
双子は再びビルのほうを睨む。
「っちくしょう。姉ヶ崎の野郎、事が落ち着くまでダンマリするつもりか。左翼の奴等が使う手段だぜ、これは!」と再び拡声器のマイクを持ってスイッチを入れて何かを言おうとするけど、スイッチを再び切る網本。
「今回ばっかりはそうは行かないんじゃないかな?」と僕。
「どうだろな。マスコミは脅されてた、って逃げただけに留まったし。まだまだ奴等の仲間は内部にいるんだぜ。まるでトカゲの尻尾きりじゃねーかよ」
そんな話を網本としてたら、何か突然背中を寒気が襲った。そう、クリさんの部屋にみんなが集まった時と同じ感覚。
「おおう…ささ、寒い…」
「なんか突然寒くなったな」
と、僕と網本はクリさんの部屋での出来事を思い出して、ふと双子のほうを見てみた。双子は手を繋いで、さっきと同じでビルのほうをジッと睨んだまま。でも何か違和感がある。なんだろう、この寒気。
とか思ってたら、小酒井さんのほうから沢山の人たちの声が上がった。何かを指差してる。ビルの上のほうだ。
「おぉ?」
ビルの上に人影がある。あれは…姉ヶ崎さん?
抱月学会代表の姉ヶ崎さんの人影がある。けど、顔まではよく見えないな。なんだか頬の辺りにドス黒い何かを塗ってる?みたいなんだよ。
「おいおいおい!なんだありゃぁぁ!」
網本が双眼鏡でビルの上を見てから叫んだ。僕も双眼鏡を借りてビルの上の、姉ヶ崎さんのほうを見てみたんだ。マジでビックリ。
眼が無い。
眼があった場所にはぽっかりと穴が開いて、中から神経組織の管?が頬の辺りに垂れてて、血まみれだ。何してんのこの人?!
それから姉ヶ崎さんが何をしたかというと、手に持った何かをビルからぽいっと投げたんだ。ゆっくりとその何か、2個の何かが落ちてくる。そして、ポツって音がして、地面に落ちた。
他の右翼団体の人がそれが何なのか確認しようと近寄る。
悲鳴があがった。
「目だ!目が落ちてる!目ん玉をくり貫いてる!」
とか言ってる!何やってるんですか!あの人!
「おい、双眼鏡よこせ」
網本に双眼鏡を渡す。
「ひぇぇぇ!笑ってやがるぞ!姉ヶ崎が笑ってやがる!」
それから、姉ヶ崎さんは、そのまま地面を蹴って空へとジャンプ。後はぐちゃって嫌な音がして、ビルの下の歩道に肉の塊が出来た…。
悲鳴。怒号。逃げ惑う人。
そんな中で、あの双子だけは、全然驚かず、そう、まるで阿修羅のような形相でその肉の塊を睨んでいた。
○
抱月学会の代表が自殺してからはマスコミはひっきりなしに抱月学会に関しての報道をしていた。タガが外れたっていうんはまさにそういう状況なんだろうかな?高視聴率を稼ぐに十分な材料があったからね。
そう、抱月学会の禍々しい出来事は代表の自殺だけじゃ終わらなかったんだ。
次から次へと、抱月学会幹部の連中も自殺をし始めたんだ。いや、実際は自殺だけじゃない。原因不明の高熱や、それからありえないぐらいの偶然の事故の連発。その中には以前、記者会見で「自分は抱月学会に脅されてた」とか言ってたマスコミの上層部の人もいた。一家心中だった。
ユキと僕とぶーちゃんが、3人揃ってテレビを見てたらユキが言った。
デジャブかと思うその台詞は、
「人を呪わば穴二つ。二つどころじゃすまなかったわね」
ケルベロスが3つ頭同時に「ワンッ!」と吠えた。