20 ゾロ目の宿命を背負う男 3

朝。
僕とクリさんは佐藤さんの住むマンションの向かい側のカフェでちょっと早い朝食。佐藤さんはまだご就寝中。
僕はチャイを注文してクリさんはブルーマウンテンを注文していた。
「ブルーマウンテンって他のコーヒーに比べて高いけど美味しいの?」
「ブルーマウンテンだかエメラルドマウンテンだかフジマウンテンだか知らんが、美味しいとか美味しくないなんていうのは個人の主観だ。私は名前の響きがよかったので注文してみただけだ」
「ちょっと飲ませてみてよ」
僕はクリさんの飲みかけのコーヒーに口をつけて少し飲んでみた。
「にがぁ…」
苦くて甘党の僕にはとても飲めたものじゃないや。
「コーヒーが苦いのは当たり前だがそれを美味しいと感じるかどうかも人それぞれだ。…例えばあの佐藤という男のように、時間に執着する人間もなかには居るという事だな。665も666も同じ数値なのに、後者の意味を特別に考えるという事だ。あまりにも滑稽じゃないか」
「666って悪魔の数値って言われてるよね」
「そうだな。日本では4は『死』を意味していて縁起が悪いとされているし、8は『八』すなわち末広がりを意味していて縁起がいいとされている。だが仕事で数値を扱う者がいちいちそんな事を考えてやっていたら…まぁ、そんなバカな事を考える奴はあまり居ないが…精神が持たんだろう」
「でもさ、たまたま見た時計が5時55分55秒だったらちょっと嫌な気分になるよ。縁っていうか、運命みたいなものじゃないの?」
「ふむ。運命か。それは確かにあるな。物体と物体が衝突するのは宇宙の法則から計算された結果としてそうなるが、人間と人間が出会うのは同じ様に宇宙の法則を適用する事が出来ない部分がある。まぁ、人の思考を宇宙の法則の一部として考えれば、運命も法則にしたがっているという仮定はできる。だが今の科学では思考を単純に物理法則に照らし合わせる事は立証されていない」
「クリさんなら『運命なんぞ信じない』って言いそうだけどな」
「私は科学で立証されていない事は信じないという人間ではないのでな。『立証されていないから信じる事も信じない事も出来ない』というのが私の出した解だ。人は目の前にある事実を受け入れて行動しなければならない。予測で行動していれば痛い目に会う…しかし、運命というのは確かに的を得ているな。佐藤という男はゾロ目の数値に『出会っている』のかもしれない」
人と人が出会うのを運命と言うように、佐藤さんも数値に出会っているというのかな。でも、その意味はなんだろう?僕はクリさんと出会うことで今の自分…というか色々な体験が出来たのだけれど、もし出会わなかったら平凡な生活を送っていたかも知れない。それこそ運命の分岐点だったわけだけど、じゃあ、数値と出会ってる佐藤さんはどんな分岐があるというのかな…。
「どうやら起きたようだな」
クリさんがマンションのほうを指差して(僕たちはカフェテラスに座っていたので)手を振った。佐藤さんが起きてベランダに出てきたみたいだ。こちらを見て軽く会釈をする。今の時間は6時8分。お、縁起がいい数値だ。