1 Dコレ

この話を書く前に、まずは時代背景から紹介していこうかな。
時は2xxx年、場所は日本。僕が生まれる前に戦争があって、その時に世界中で様々な技術の進歩が見られたんだ。「セカンド・ルネサンス」と呼ばれた時期を過ぎてからの話。セカンド・ルネサンスについてはおいおい話そうと思う。ドロイドだとかアンドロイド、サイボーグとか色々あるけど「電脳」と呼ばれる技術が発達したということが一番大きいかな。電脳化というのは首筋に機械を埋め込んで脳には小さな「たんぱく質」で構成された機械が動き回る、ユキビタスって奴かな、コンピュータと直接接続するんだよね。これで理解できた?まぁ出来なきゃ出来ないでいいや…またおいおい話そうかな。
技術以外での時代背景としては…僕とか僕の知り合い達が今の平和を享受できるところは何故か?って話に繋がるんだけど、今の日本じゃ働かなくても生きていける権利が国で認められてて、国から色々なクーポンみたいなものが出ててそれで買い物をして国に与えられた住居で生活してる。働かなくても生きていける権利だから、働いてもいいんだよ。まぁ働く奴等は僕みたいな奴よりもいい暮らしが出来るんだけどね。ただ、働くっていっても簡単な仕事はあまりないなぁ…どうして働かなくても生きていけるかって理由になるのだけれど、アンドロイドやドロイドの機能が大幅に上がってさ、人間が出来る作業の殆どが彼らがやってくれるようになったから、ってコレじゃ歴史の授業みたいだな。まぁそんな感じなんだ。で、今「働く」って言葉の意味通りに世に出て人の為に頑張るにはどうするか、それは専門的な技術を身につけなければならない。
誰かの為に働く事も、お金に対する深い欲求も、そしてプライドすらない連中は、例えば僕や僕の知り合いみたいな連中については、まったり、のんびりと平和を享受して日々、質素ながら生活してるわけだよ。
じゃあ僕の話を聞く前に、まず自己紹介からしようか。
僕の名前は「岸本ナオ」。ナオって女の子っぽい名前じゃない?そうそう、実は見た目は女の子なんだ。中身は男なんだけど、まぁこの話もおいおい話すとして。年齢は多分18か20ぐらい?高校を卒業してからはまったりと仕事もせずにこの国から提供されてるボロアパートに住んでる。あー、仕事もせずってのは仕事をする技能がないってわけじゃないんだよ。ほんとは色々出来るんだけど今はしてないだけ。
そして僕の知り合いについてなんだけど、このボロアパートに住んでる連中のことなんだ。僕は目が覚めてから(といっても覚めるのは昼の明かりが部屋を強く照らして温度が上昇まくってる時なんだけど)隣の部屋に住んでる奴のところに行くんだよね。隣に住んでる奴、名前は…なんていったかな、いつもあだ名で読んでるから本名がわかんなくなった。そういう事ってあるよね。とにかく、僕はそいつの事は「ぶーちゃん」とか、「ぷーちゃん」と呼んでる。え?名前から姿が想像出来たって?それはおめでとう。部屋の鍵が頑丈に掛けれてて、簡単には開かないのは知ってる。だからチャイムを押し捲ってぶーちゃんを呼んだ。
「わかった!わかったよ、今出るから、今、今でるよ」
カツゼツが悪いどもるような声が聞こえる。これがぶーちゃんの声ね。しばらくしてから「ドンドン」と地響きが鳴って、ようやくぶーちゃんが現れる。体重は200キロぐらいはあるのかも知れないな。これだけの巨体が2階に住んでるのによくこのアパートは体重に耐えれるなぁ…などと毎回思ってしまう。ぶーちゃんはこのボロアパートの古い住民の一人だよ。扉が開いたらアニメソングが部屋から聞こえてくる。ぶーちゃんはアニメオタクなんだ。かくいう自分もその中の一人なんだけどね。このぶーちゃんと僕の共通点があるからこうやって気軽に部屋を空けたり部屋の中に入ったり部屋の中の冷蔵庫からケーキをくすねてきたり、それから部屋の中の、まぁいいか。とにかく後で話す他の住人の誰よりも親しい奴なんだ。臆病で食べ物に対する欲は深いけど根はいい奴なんだよ。
「おはよ、ぶーちゃん」
「お、お、おはよう…きょ、きょうは何の日だっけ?」
「クルムンの新刊発売日じゃないっけ?」
「あ、あぁぁ…」
クルムンってのはクルセイダームーンっていう少し前にテレビ版の放送が終了した奴ね。それのディスクが発売されるってので毎回買ってるわけ。でもそんなのネットで無料で手にい入るじゃん、って話なんだけどアニオタのぶーちゃんはディスクが入れてあるパッケージも欲しいみたいで、しかも通販じゃなくてお店に買いに行かないと行けないんだってさ。奥が深いねぇ。
思い出したように振り返って、外行き用の服にでも着替えてくるのかと思いきや。財布だけを取ってTシャツに半パンという寝巻き姿のまま出かけるぶーちゃん。見た目を気にしないっていうのもデブになる原因なのかなぁ?などと思いながらも、僕はぶーちゃんの後をついていく。ノシノシときしむ音が周囲に響いて、そこで案の定、僕が紹介する3人目の知り合いが登場する。
突然目の前のドアが開いて、部屋からアーミーナイフを持った長身でメガネ、それから無精髭の男が出てくる。基本的にアパートの壁もドアもちゃんと防音構造になってて開けるまでの間は中の音は聞こえない。そんで開けたら凄い轟音で海外のロック?な感じの音楽が聞こえてくる。マジでクソうるさいよ、こいつの部屋は。寝てるときもこの轟音の中で寝てるんだから本当に頭のネジがあるのなら何本か無くなってるんじゃないかって思うね。前になんでそんなにクソうるさい音をいつも鳴らしてるの?って聞いたらさ、まぁ最初にそいつは絶対にこう言うんだけどね。「おい、メス」そう、女じゃなくてメスと言うんだ。「おい、女」でも十分失礼だけどね。それから「戦場はこれよりもうるさいぞ」だってさ。そりゃうるさいだろうけど、なんで戦場と部屋を比べるのかわからん。まぁそういうワケで、このクソ野郎は戦争オタクの「網本」…網本なんていうんだっけ?まぁいいや、下の名前は思い出せないし今後も使わないだろうし。んで、ぶーちゃんの喉にアーミーナイフを突きつけて、
「おい、いつからお前の足音は俺の目覚まし時計になったんだ?え?」
「う、う、うわ、う、や、やまて。まって!まって!」
「はぁ?聞こえねーんだよ、人に話しをするときは相手の目を見て、相手に声を届けなきゃ、話した事にならないって小学校で教えてもらえなかったのか?それともお前の喉には脂肪が詰まりすぎて発声できなくなったのか?じゃあ俺がナイフで邪魔な脂肪を取っ払ってやろうか?え?」
まったく、あいも変わらずクソみたいな奴だよ。こうやってナイフで人を脅せばなんでもいう事を聞くって勘違いしてるんだよね。多分小さい頃にそれを誰かにやってその通りにいう事を聞いたって例があるんだろうね。そういう事を学習しちゃってるんだよ。こいつはさ。だから僕に出来る事ってのはこうやって、その長身の男こと「網本」とぶーちゃんの間に入って、「やめろ」って言うしかない。そりゃ無力かも知れないけどさ、やらないよりはやる事が大切じゃないか?
「どけ、邪魔だ、メス」
僕のおでこをピンッと指で弾く。
「いてっ」
痛いけど網本のターゲットが一瞬だけ尾ぶーちゃんから剥がれたからさ、僕はぶーちゃんを連れて階下へと移動したわけだよ。後ろじゃ、ぶつぶつ文句を言いながら網本は自分の部屋へと戻っていった。
そしたら線香か何かの匂いがする部屋の前を通り過ぎるんだよね。はい、次に紹介する住人ね。あ、さっき防音って言ったけど、何故かその部屋だけは扉の後ろから凄い音が響いてさ、鉄の扉が曲がるぐらいの勢いで突然扉が開くわけだよ。突然っつっても、毎回ぶーちゃんが通るたびに開くんだけどね。
ほぼ真っ黒に近いブルドッグが飛び出してくる。
ケルベロス!」
部屋の奥から物静かでカツゼツのいい女性の声。「黒川」。年齢は僕よりも少し若いかな。最初はここに女子高生が引っ越してくるっつうもんだからさ、少しだけ期待はしてたんだけどやっぱりこのアパートは禍々しい奴ばっかり呼ぶんだよな。来たのは以下にも電波系?お花畑系?いやオカルト系か、ん〜心霊系?とにかく女性の不のイメージを集めたようなキモチワルイ女が着やがったんだよね。
髪は真っ黒、肌は真っ白、唇が口紅をつけてないのに少し赤みがかってるからさ、吸血鬼を連想さえたよ。しかも彼女、紫外線が苦手だとか自分で言っててさ、黒にひらひらしたのがついた日傘を常に持ってて夏でも服は長袖。
なんでも霊感もあるんだとか。部屋の値段は何故か彼女が住んでる部屋だけ安くてさ、多分アレは誰か自殺してるよね。それを知ってて住んでるんだよね。お払いをしたとか言ってるけど、そのわりには毎回玄関に盛り塩置いてるし部屋から線香の匂いがするし、それ絶対払ってるんじゃなくて一緒に住んでんだよ。むしろ幽霊のほうが出て行きたいって願ってるかもしれないね。
ケルベロス、ダメよその肉は。まだ生きてる」
じゃあ死んでる肉ならいいのかよ…。しかもぶーちゃんに向かって。ちなみにケルベロスってのは彼女の愛犬のブルドッグの名前ね。ほんと、悪趣味だわ、名前の付け方まで。彼女に「待て」を命ぜられたケルベロスは、まるで「ちっ」と舌打ちでもしそうな残念な表情を浮かべやがってさ、彼女の元へと戻っていくんだよね。
ケルベロスが開けた扉はそのまま、部屋の奥からは黒川が…外に出る時とは変わってやけに色っぽい真っ黒のネグリジェでテレビでも見てるのかな?そして横目で僕とぶーちゃんのほうを睨みやがるんだよ。キモチワルイ。部屋の中からは香の煙が外へ向かって出て行くのが見えたからさ、何かしらの空気の動きがあるんだと思うんだけどね、風が当たる感じがしないのよ。んで、しばらくしたら扉が勝手に閉まりやがった。キモチワルイ。
さて、住人の紹介はとりあえずいったん終わり。
実はこれから僕とぶーちゃんはアニメ関係のショップへと行くわけなんだけど、そこはこのクソ田舎の中でも電気店が集中してる場所で、そこで僕が書こうとしてる話のメインとなるある女性について…つまりは最後に紹介するアパートの住人の事なんだけど…その彼女とよく「知り合う」事になるわけなんだ。この時はまだ知らないんだけど。
ほんの数日前に引越し屋が来てさ、アパートの僕の隣の部屋、ぶーちゃんの部屋の反対側の部屋に沢山荷物を置いていきやがった。1階には黒川と多分幽霊しか住んでないわけだろ?んで、2階にぶーちゃんやら僕やら、そして新たにまた一人きたらさ、バランス的にどうなの?って話じゃん?2階重すぎでしょ、なんてね。気になるのは荷物の種類…なんかコンピュータ関係?の荷物が沢山。今から工場でも作りそうな感じでさ。
それともう一つ、キモチワルイんだけどさ、あ、これはまた後で話すか。
とにかく僕とぶーちゃんはこのクソ田舎の電子部品外に来てた。目的のアニメショップで3時間ぐらいうろうろとしてから、まぁ僕も定職についてるわけじゃないからお金もそれほどなくてさ、見て回るだけが精一杯なんだけどね。
そんで、その帰り、僕はほんの数日前に見た顔を見ることになったんだよね。喫茶店でその顔を見掛けた。あの引っ越してきた女の…あ、顔の紹介はまだしてないか。女性で多分、年齢は僕と同じぐらい。高校生ぐらいに「見える」実は僕はさっきも言ったけど、中身は男、外側は女なんだけどね、ありえないぐらいに可愛い顔立ちしてるんだよ。それについては後で話すことにして、今から話す女性、引っ越してきたその女性も僕と同じく作り物みたいな整った可愛い顔立ちなんだよね。それだけならいいんだけど、なんか頭の後ろから尻尾みたいなのが生えてるんだよ。尻尾なら可愛らしいじゃん。アニメ的にはさ。でも違う。コードなんだよ。コード。ほら、コンピュータの後ろについてる配線?
僕は気になってぶーちゃんと一緒にその女の子がいる喫茶店に入ってさ、その少し後ろの席に座ってその女の子が何をしてんのかを眺めていたんだよ。ぶーちゃんはキャラメルたっぷりのカフェ(に更に砂糖をぶち込んで)、そしてパフェを食ってた。その一方で僕は注意深くコードを見てみた。その女の子の首の辺りからコードが生えてる。それってさ、電脳を制御するなんたらユニットがある辺りでしょ?そこって普通見た目がアレだから直接コードつなげたりしないって。明らかにネットワークケーブルが生えてるんだよ。
僕は思ったね。そして言ったね。
「また変なのが来たよ、ぶーちゃん」
「んふ、むぐむぐ…ん?」
「あそこに座ってる人、今度、あたしの隣の部屋に来る人だよ」
「そ、そ、そうなんだ。女の子かぁ」
「アレ見てよ、ほら、あのネットワークケーブル」
「あ…なんかアレってさ、ほら、えと…な、なんだっけ」
「ラジコン?」
「う、うん、それだよ、同じこと考えてた」
そうそう、ラジコンだよ。ラジコンでケーブルがくっ付いてる奴があるじゃん。レトロな奴でさ。アレ。あのコードがどっかのコンピュータにくっついててさ、その制御命令であの女の子が動くとか。あ〜…なんであんなことしてんだろ?確かに電脳化っていうのが始まった最初の頃は、本当に脳とケーブルが接続するような風に見えるネットワークケーブルってのが流行ってたんだけど、キモチワルイってのがあってさ、みんな無線接続へと変わっていった。無線なら少なくとも「機械人間」みたいには見えないでしょ?まぁ中身には機械が埋め込まれてるんだけどね。
その女の子は最初こそは一人でコーヒーを飲んでたんだけど、待ち合わせをしてたみたいで数人のガラが悪そうな男が来てさ、そいつらと話を始めたわけだよ。意外だったね。そんな不良とツルんでるようには見えないんだけどね。でも驚いた事がこの次の瞬間起きるんだよ。その不良達がその女の子にお金を払い始めたんだ。それぞれが1〜2万円ぐらい?おいおい、売春してたのか〜?はたからみたらそんな風に思われてもしょうがないようなお金のやり取りが続く。んで、最後に女の子がディスクを数枚、男達に配ってた。アレを売ってたのか?何が入ってるんだろ?
男達は彼女からもらったディスクの中身を少し確かめて、ニヤニヤしながらその場を去っていった。僕は気になったね、凄い気になったね。あのディスクの中身…男達がそれだけニヤニヤしてんだから、さぞエロイものが収められてるに違いない。そりゃ僕は身体は女だけど、心は男なんだからさ、そういうのに興味が無いって言えば大嘘になる。
「お隣さんに挨拶してこなきゃ」
そういってその場を立ち上がる僕。
「え、いや、い、いま行くのはちょっと、どうかな」
パフェのチョコレートで口の周りを汚してるぶーちゃんが引き止めるんだけど、僕はとにかくあのディスクの中身がしりたーいんだよー。大体さ、あーやって何らかのデータをお金に換金してんのってさ違法な事が多いじゃん?こっちは違法な事を見ちゃったわけだから立場は上だよね?
「あの。こんにちわ。アパートのお隣に住んでる岸本です」
僕はその女の子の少し正面からずれたとこに立ってさ、自己紹介をしたわけさ。
「お隣に引っ越された人ですよね?」
その女の子は僕の顔をじっと見たんだ。ありゃーびっくりしたわ。可愛い、とかじゃなくてさ。作り物的な目にね。この喫茶店でもアンドロイドが何体か働いてるけど、その機械みたいな目と同じ目してんだよ。その角膜って奴か?アレがさ、僕を視野に入れるために動くじゃん。それが見えるんだよね。うぃーんって目の中の角膜が動いてるんだよ。音が聞こえてきそうなぐらい。アンドロイドがお客さんと話するときに目を合わせるんだけど、その時と同じ感じだよ。でも一番驚いたのがさ…
「栗原だ。よろしく」
な…。
栗原と名乗るその女の子、もう家(アパート)に帰るという話なので、僕とぶーちゃんとその女の子の3人で帰路につく。なんていうか…やっぱり変な人だった。今までのアパートの住人の中では変なのはトップクラスになるだろうな。ぶーちゃんが体重200キロ越の巨デブでアニオタっていうのがあまりにも一般的になるほどに。
「栗原さんは、首の辺りに垂れ下がってるネットワークケーブルは取らないの?」
「とらんよ。どのみち常に使う」
「え、無線接続すればいいじゃん…」
「無線は大量のデータのやり取りができない」
「大量のデータって…そんなに大量のデータが必要なの?」
「必要だな」
「仕事で使うの?さっきディスクを売ってたみたいだけど」
あれの中身が知りたいんだよね。
「ディスク?あぁ、アダルトビデオの事か」
「あ、あだるとびでお?」
「20世紀から21世紀に掛けて、男の性的欲求を満たしていたビデオライブラリだよ。貴様等もさっき何か買ったんじゃないのか?」
いや、貴様とか言われても…って何故上から目線?
「なんだ?興味があるのか?」
「ん〜…ちょっとだけ」
「じゃあ今から私の部屋に来るがいい」
なんだか凄いエラそうなんだけど、これだけ上から目線で話されると悪い事しててもそれが嘘になってしまうんだよね。なんかさ、僕のほうが「はぁすいません」って言いたくなるような話術じゃないかよ。
さて、僕とぶーちゃんは栗原の部屋に案内され、言われるがままに部屋の中へと通された。同じアパートなのにこの違いは…?なんという生活匂がしない部屋なんだ。まるでオフィスじゃないか。いや、オフィスって言ったらオフィスに失礼かな。前に企業のCPU室で仕事をしたことがあるけどそれを想像させるような機械が沢山並んでるよ。
栗原はなにやらガサゴソと袋から機械やらを取り出していく。箱にはなんも書いてない。そんじゃそこらのお店で売ってるものじゃないのか?あー企業用って感じだね。もしかしてそれって?
「量子演算ユニット?」
「そうだ」
ぶーちゃんは空き箱の中から説明書やら、たぶん栗原はそんなもの読まなくてもわかるんだろうけど、そんな紙切れなんぞを一つ一つ読んじゃったりしてる。そして、
「ふぅ〜…こ、こんなの、ななんに使うの?」
「データ検索に使う」
量子計算は普通のCPU計算に比べると複雑な計算は早く終わるけど、逆に簡単な計算が難しくなる。それに計算に使えるっつても用途がすごく絞られてる。複雑な計算なら何でもOKってわけじゃなくて、シュミレートだとか後は…AIの計算だとか。こんなのをデータ検索に使えるのかな?栗原はそれをディスプレイだのファンだのの後ろに一つ繋げている。なんか、よく見てみると一つどころじゃなくてわさわさと沢山ユニットがある。コレ全部量子演算ユニット?どんだけ沢山検索させてるんだよ。
「もしかしてアダルトビデオってデータを検索する為にこんな機材持ってるの?」
「あれはただの小遣い稼ぎだよ」
「他にどんなデータを?」
「いろいろ。まぁ貴様やそこにいるデブもアニメやらなんやらをやたらと収集してるじゃないか。デブが今日買ったそのディスクにしても『初回限定版』『量産版』『復刻版』『ファンディスク』と内容がほぼ同じで沢山のバリエーションがあるのを集めているだろう。何故集めてる?答えは『集めたいから』貴様等がそう思うのと同じで私も『集めたいから』色々なデータを集めている」
「そりゃ集めたいからって理由はあってると思うよ…。でもね、その前に「面白いから」ってのがあるでしょ。…それはデータそのものの意味じゃなくて集める事に対する執着みたいなもんじゃないのかな?」
栗原はガサゴソと量子演算ユニットを弄っていた手を止めて、椅子に深く腰掛けた。それから彼女の首から尻尾のように伸びているネットワークケーブルを傍にあるコンピュータに突き刺して目を瞑る。いまアクセス中?それから目を開いた。彼女は目が赤い。さっきも言ったけど、アンドロイド特有の角膜って奴?アレで僕をじっと見つめて来やがった。
「貴様、私と同じ目をしているから、少しは私の気持ちがわかると思ったが」
「お、同じ目ぇ?同じ考えって意味?それとも、本当に『同じ目』って意味?」
「後者のほうだな」
そうだよ。僕も栗原と同じ目をしてる。自分でもわかってる。時々、それが鬱陶しくなって隠したくなる。んで、どこからか以前コンビニで買ったサングラスを(黄色の奴)取り出しては被せてしまったりもする。でも実際、目ってのをじっと見つめたりする奴はいないんだな。栗原は僕がじっと見つめてしまったから、その時に僕の目も見ちゃったんだろう。
僕は傍にあったクッションを下敷きにして腰を降ろして、さっき買った雑誌をペラペラとページを捲って眺めて見た。よくみたらぶーちゃんも同じ事をしてる。ただ、ぶーちゃんがやってる事はとても自然に見えるけど、僕がそうしてるのはどう見られるんだろうなと、そんな事を考えたりするんだよね。「人からどう見られるかなんてどうでもいい事じゃん」って誰かが言ってたけどさ、それはあくまで『人間』って尊厳が確実に守られてる上での話じゃないか?例えばさ…僕がそうやって雑誌を見てるところをある人が見たとしてさ…「アンドロイドが雑誌を見てる」なんて思ったり…。
栗原はそんな僕の様子をしばらく眺めてたみたいなんだ。何かいいたい事があるんじゃないか?「アンドロイドが雑誌を見てる」とかさ。そういう人が傷つく事を言いそうじゃん。
「貴様が見ているその雑誌は、ただの紙だ。着色がされて、その着色がある規則で並ぶと人はそれを絵と認識する。ただの紙切れだが規則正しくならぶ事で価値を生み出している。絵とはデータだ。だがもっと深く意味を考えると…そもそもその絵を構成する分子や原子の単位でも、ある法則で一つのパターンを作り出すとそれぞれ異なる物として存在できる。このパターンはデータだ。この世はそのデータで構成されているとは思わないか?」
僕は栗原から目を逸らして、そして今まで見ていた雑誌に目を落とす。
「そんなに深く考えた事はないなぁ…ただ、データも重要だけど、読み取る機械がないと無意味じゃない?データを観測する側がいないとデータの価値も無くなると思うよ」
「なるほどな…貴様、なかなかいい考えしてるじゃないか」
なんとなくだけど、この栗原って女の子は少し気違いじみてる気がするな。このボロアパートに住んでる僕が言えた言葉じゃあない気がするけど、黒川にしたって、網本にしたってさ、ベクトルは違うけど気違いじゃないか?この人も別のベクトルで気違いなんだよ。
「貴様、今、私の事を気違いだと思わなかったか?」
「いや、別に」
「まぁいい。今日はこうやって私と同じ目を持つ女と、それから200キロオーバーの巨漢に私を認識してもらったからな。自分が存在している事を誰かに認識してもらって、少しだけでも私の格があがったものだと信じてるよ」
「そうだ。お互い知り合ったんだから、あだ名を決めようよ。こっちにいるあたしの友達はさ、『デブ』じゃなくって『ぶーちゃん』ってあだ名があるんだよ。だからぶーちゃんって呼んであげないと、少しずつ精神にストレスを感じてまたヤケ食いしちゃったりするからさ…。ちゃんと『ぶーちゃん』って呼んであげてよ」
「ぶーちゃんか…デブのほうが2文字だから呼ぶのが楽じゃないか?」
「まぁそうだけどさ…デブは他にも沢山いるじゃん」
「わかった。ぶーちゃん。よろしくな」
「よ、よ、よろしく…」
「では貴様はなんと呼べばいい?」
「あたしはナオって呼ばれてるなぁ。それでいいよ。栗原さんは…クリちゃん?」
「別にそれでも構わないぞ」
「いや…呼んでるこっちが恥ずかしいからいいや…クリさんで」
こうしてこのボロアパートに変な住人が一人追加となった。