2 世の中にはもっと悪い奴がいる

「でもまぁよくこんなに沢山、そうめん買ったねぇ〜」
今日はクリさんの家でそうめんを頂いてる。このそうめん、そうめん汁とそうめんしかないんだよね。氷もないしさ。ねぎとかも普通入れない?あとカツオぶしとか…。それもそのはず、このそうめんはクリさんが箱買いしてるんだよ。そうめんマニアなのかな?ぶーちゃんは食べ物ならなんでも食べるイメージはあるけど、同じものをひたすら食べまくるってのは嫌いなんだよね。さっそく飽きちゃったみたい。
「先週ぐらいに営業不振でそうめんの通信販売の会社がつぶれた。売れ残って処分に困っているそうめんを私が格安で買い取ったのだ」
クリさんのそういう話方からするとさ、もっと贅沢なものを食べてるイメージがあるじゃん。でもここ1週間ぐらいはずっとそうめん食べてたってさ、それ聞いたらぶーちゃん、食べ物に関心がないなんて寂しいって言ってるんだよ。まさにその通りさ。前に働いてた職場でお昼休みの食事時にカップラーメン(しかも数ある種類から1種類だけ)ばっかり食べてる奴がいてね、よくまぁそればっかりで飽きないよねぇ、って言ったらそいつ、ずっとネットしてたんだよ。食事するときもネットしてて「食べる処理」を動かしてたの。そりゃまぁ栄養がちゃんと行き渡れば結果OKなんだけどね、人としてどうなのって話さ。
で、何故か僕とぶーちゃんがクリさんの家でズルズルとそうめんをやっていたらさ、網本の野郎が入ってきやがってさ、許可も得てないのに勝手にそうめんを食いやがってるのさ。そうやって許可も得ないで勝手に食べる奴に限ってさ…
「おい。このそうめん、出汁とそうめんしかないじゃねーか。他に色々入れるもんがあるだろ、例えばネギとかさ。だからメスってのは料理が出来ないんだよ。どうせ説明書を見ながら料理作ってるんだろ?説明書には『めんを茹でて付属の出汁をお使いください』とか簡単な説明が書かれてあるんだろ?それを忠実に実行しただけだろう。そんなのロボットでも出来るぜ。自分で作った料理を食べてて何か足りないとか思わねーのか?まぁ一番足りないのは脳味噌なんだがな。ははははッ」
などと言ってるけど、網本には礼節が足りてないな。
「料理なら出来るさ、ただ、材料がなくてな」
と言いながらクリさんもそうめんをずるずるとやっている。そういえば前は不良達からお金沢山もらってた気がしたけど、あのお金はどこへやったのだろうか?貯金しちゃって手元には無いとか?それとも借金でもしてるのかな?
「いや、ネギ買う金ぐらいはあるだろ?」
「ないな」
クリさんはそういうと、いつも腰につけてるPADを僕達に見せて、銀行の残高がどんどん減っていく様を見せ付けていた。どれどれ、何が書かれてあるのかといえば…やっぱりここにある機器を沢山買いまくってるのが残高を減らす要因みたいだなぁ。うわー量子演算ユニットって1っ千万するの?どこにそんな金が、あ、ここにあったのか…。酷いなこりゃ…。コンピュータ機器を買っている履歴の間に時々「うどん」とか「カップ麺」とか「芋」とかもある。これも箱買い?芋って…芋ばっかり食べてた時期があったって事だよね?貧困にあえぐ国でも食べ物にはもっとバリエーションがあるよ…。今の日本でコレって…。
「芋1000キロ、って焼酎でも造るつもりだったのか?」
「サツマイモチップスの倉庫の一つが火事で半焼してな。焼け残った芋を買い取ったんだ。一部は農家に売って金に変えた。残りは食べた」
この女子高生風の女の子が芋ばっかり食べてる様子は想像が難しいな。
「コンピュータ機器を買うお金を生活費に回せばいいのに。滅茶苦茶お金持ってたんでしょ?」と、僕はPADの上のほうをつんつんと突いて以前の残高がどれぐらいあったのかを見てみた…。
「い、一億…」
「お前、どこの会社社長だよ…」
それまでごろんと寝転がって漫画を読んでたぶーちゃんが「ふぅ」と言いながら起き上がって、そうめんの出汁を少し飲んでから言うんだ。
「こ、今夜、どっか食べに出ない?クリさんそうめんばっかりじゃ飽きるだろうし、え、え、栄養がつかないでしょ…く、クリさんの分はぼ、僕達のおごりでさ」
こうやって誰かの人助けをしようとするのもぶーちゃんのいい所なんだな。でも網本の野郎がどういうかな。コイツ、人助けとか…特に『メス』に対しての人助けは絶対にやらんタイプだと思うんだけどな。って思ってたら、
「まぁ家畜みたいに芋ばっかり食ってるのは流石に可哀想だな、奢ってやんよ」
と腹を抱えて笑いながらそう言った。なんか言い方も凄い腹立つし、あと『家畜みたいに芋ばっかり食ってる』という部分が凄い彼的にウケてたみたいで、自分でそこを復唱して大笑いしてんだよね。マジでムカつく。でも流石に可哀想に思える神経はあるみたいだ。
「んじゃ、このクソボロアパートの住人で食べにいこっか。ってか、ユキは来るかなぁ?」
ちなみにユキってのは1階に住んでる黒川ユキの事ね。
「あぁっ?!なんでアイツを呼ぶんだよ!」
やっぱり網本は反対し始めたか。網本とユキは犬猿の仲。ユキの買ってるブルドッグケルベロスに対しても「アイツは生きてるけど食べてもいい」と言ってるみたいだし。実際にその命令通りに彼女がケルベロスを散歩させてるときにたまたま網本とあったんだけどさ、ほんとに尻に噛み付いてた。尻にだよ?尻に噛み付くってのは漫画の中だけの話だと思ってたよ。普通、脛とか太ももじゃない?なんで尻なのかな?
ぶつぶつと文句を言ってたけどなんとかなだめて、ユキを誘う事にした。1階の線香に匂いがする部屋に行き、こんこんとノック。しばらくしたらガチャって鍵が開く音。そしてギーっと扉がゆっくりと開いた。普通さ、扉が開いた時にはノブを向こう側から誰かつかんでるはずじゃない?びっくりしたね、ノブに誰の手もないんだからさ。
「死臭がするわね」
と、ユキ。ちなみに彼女が死臭がするって言ってるときは「網本」が一緒に来るだろうって予知してる時ね。予知っていうか嫌味で本人が居る前で言う時もあるけど。あ、本人が居た。今回は嫌味で言う時なのか。
「死臭?ほめ言葉だな」
ちなみにユキが網本の詳しい話を知る前にも既に死臭がするとか言っててさ、この辺りがユキの第6感が冴えてるなぁと思うところなんだよね。網本が戦争帰りの元軍人だって知らないのにさ。よく網本の自慢話で戦争中の事を聞かされるけどさ、食事中には出来ないぐらいのグロい話なんだよね。死臭とかって言葉で網本を語るのもわかる気がする。
さてさて、とにかくこのクソボロダメアパートの気違いじみた連中はそろいもそろってみんなで一緒に夕ご飯食べる事になったわけさ。このクソ田舎でぶーちゃんが進めるお店は厳選されてるわけよ。チェーン店とか嫌いだからさ、家族経営の小さな居酒屋でさ、5歳ぐらいの女の子(その家のガキ)が店の中で自転車で動き回ったりするんだよね。それ知ってる人はいいんだけどさ、知らないで来た人はイライラすんだよ。マジで。そりゃ網本が最初にその店に来たときなんかさ、「ガキを野放しにしてるクソ親はどこのどいつだ?散歩する時はちゃんと首輪つけとけって研修所で習わなかったのか!」って酒が入ってるのもあって大変だったよ。
んで、まぁとりあえずお店について、最初、
「最初は刺身の盛り合わせだよな」
つまりは網本がしきり、料理をドンドン持ってこさせるってパターン。
「ビールと料理は同時にもってこいよ?」
この辺りの細かい指示も網本。結局楽しんでんじゃねーか。
「ぼ、ぼ、僕はカシスオレンジね」
やっぱりこの後に店員が何度も聞き返すんだよな。どもってるし声も小さいからさ。ぶーちゃんは。店員が「はい?」って聞いてる。続いてまた小声で「か、か、カシス…ぼそぼそ」仕方ないので僕が、「カシスオレンジ!で。この人がね」とぶーちゃんのあご肉をたぷたぷとさせながら。
「声がちいせぇんだよばぁーか!」
と怒鳴る網本。
「あたしはビールで」と僕。
「私もそれにしよう」とクリさん。
「私はシャーリーテンプルで」
と言ったのはユキ。毎回変わったものを注文するんだよね。
「あ?天ぷらは後だろ、油物なんだからさ」
「シャーリー『テンプル』よ、つんぼ」
「んだとコラぁっ!」
「ちゃんと聞こえてるじゃない、つんぼ」
「俺はつんぼじゃねぇ!」
相変わらずだなぁ、この二人。
「一度、機関銃の傍に突っ立ってて音で鼓膜が破れたんじゃないの?」
「ハァァ?何でその話知ってんだよ!おい。ナオ!お前コイツに話したのか?」
「話してないって」
話してないけど感が鋭すぎるんじゃないのか。単に。
「ほう、貴様、元軍人か?」
クリさんが言う。クリさんは相変わらず人を『貴様』というんだな。それって丁寧語のつもりなのかな?でも貴様の部分は全然許容範囲みたいで、(そりゃまぁ自分よりも10歳ぐらい年下の女子高生みたいな奴が貴様なんて使うのは滑稽だからな)軍人と呼ばれるのは嬉しいらしい。網本は嬉しそうに、
「そうか、クリちゃんには解るか。うん、解る奴には解るんだよな」
「うむ。私も元は軍で働いてた事はあるしな」
「え?マジで?」(僕とぶーちゃんと網本が同時に)
てか、その年齢でどうやったら軍に入隊出来るんだよ。
「そうか!気が合いそうだな!はっはっはっ!」
いや、気づけよ、どう考えたって違うでしょ。
「どこだ?陸軍か?海軍?俺は陸軍だ」
「奇遇だな。私も陸軍だ」
「マジか!チャンコロどもを機銃掃射するのが最高に楽しくてなぁ!お前もやったことあるか?バリアが途切れたタイミングで一気に片付けるんだよ!手が飛ぶ、首が飛ぶ、はらわたも撒き散らす!その後バリアが復旧したらな、そのバリアに血飛沫が撒き散らされて蒸発すんだよな!はっはっはっ!最高っだよな!マジで」
うわ、始まったよ…。
「やめなよ…ご飯食べてる人もいるんだからさ。カウンターで鶏肉食ってたおっさん、噛み付きかけた鶏肉を皿に戻しちゃったじゃないか」
「はっはっはっ!そうかそうか!」
聞いちゃいねーよ。
「機銃は撃った事は無いな。私は陸軍諜報部だったからな」
「諜報部?」ってスパイって事かな?すごいな…確かにやってそうだ。
「ほぉ…スパイかぁ。んで、人は殺した事はあるのか?」
「任務中にやむを得ず殺してしまった事はある。敵の思考戦車をハッキングして奪取して逃げるところだったんだが、人を何人か潰してしまった…それから…」
「潰した!はっ!こりゃ傑作だ!」
刺身の盛り合わせも届いて、それでもなお血なまぐさい話をやめない…。どういう神経してたらこの中で刺身食べながらビール飲めるんだよ。僕の親父も戦争に行ってたけど、人を殺した日は飯が喉を通らなかったって言ってたなぁ。そりゃ戦争だから、綺麗な殺し方にはならんだろうから、それこそ網本がいうようなグロシーンの連発だろうよ。それで飯が喉を通らないってのは解る。
そんでクリさんがその話してたら案の定さ、鋭い奴が一言言うんだよね。ユキだ。
「その思考戦車でひき殺した人、民間人でしょ?」
クリさんはビールを一口飲んでから刺身を口に運んで後、
「そうだ」
「ほぉ…民間人か。俺も民間人に発砲した事はないなぁ…ルールじゃ民間人は殺しちゃダメだからな。そりゃどういう気分なんだい?」
よくまぁそんな失礼な事が聞けるよな…。まぁ、クリさんは精神年齢が僕達よりも遥かに上っぽいから、そこにも冷静に淡々と答えるのが想像できますよ。てか、なんでユキはそんな事が解るんだよ、マジで。第6感は人が生き死にするところは凄い察知するよな。でさ、よく見るとさっきの鶏肉を口から話したおっさんがさ、こっちの話に聞き耳立ててるみたいなんだよな、特に、クリさんが何て言うのかってのをさ。
そっけない回答を期待してたんだよね。まぁ、意外と思慮深い答えが返ってきたけど。
「車で人をひき殺してしまう時と同じ感覚だよ。やりたくないのにやった。面倒な事になった。最初はそう考えて、そして泣き叫ぶ村人の様子をみて事の重大さに気づく。だが逃げなければ殺される。思考戦車に乗ったまま、私は回収地点に向かって逃げる。重要な情報を持っていてな。敵も必死で追ってくるんだよ。仕方が無いので応戦した」
「ほう!何人ぐらい殺したんだ!?」
「さぁ。知らんよ。思考戦車のAIに任せてたからな。応戦している間に私は回収地点で仲間と合流して脱出した」
「すっげぇな。マジで。しかし、あのクソボロアパートに軍関係者が2名もいるなんて奇遇だなぁ。しかも陸軍だぜ。こいつは傑作だ!はっ!」とか言いながら網本の奴、大笑いしやがる。そんな中でシャーリーテンプルをストローでちゅっちゅ飲みながら、ユキはまた鋭い事を言うんだよね。これは前にも網本に言った事があったんだよね。
「人を殺して何とも思わないの?」
「何とも思わないと言えば嘘にはなるが。殺す事や生きる事の概念も人によって異なるのは事実だ。機銃掃射を楽しくやってのける人間も居れば、猫をはねただけで気が滅入る人間もいる。この刺身の盛り合わせにしても、魚が可哀想とのたまう人間も居るだろう。そいつらは菜食主義にでもなって、自分は悪くないとのたまうのかもしれないが、どこで何を言おうと戦争は起きて、人は大勢死ぬ。死から目を背けていてもいつかはやってくる。川の流れが右に曲がるか左に曲がるか、それについて何故そうなるのかと聞かれれば、それが自然の摂理だと答えてやる。つまり、そういう事だ」
「人が大勢死ぬのも自然の摂理だっていう事?」
「そうじゃない。川の流れが右になるか左になるかと同じぐらいに、貴様は無関心でいればいいという事だ」
「なるほどね…貴女、なかなか面白いわね」
ユキが笑った。もしかして初めて見るか?この笑った顔は。でも何が面白いのか全然わかんないんだけど…。
「つかデブ!てめぇさっきから何勝手に注文してんだよ!」
ぶーちゃん、話には加わらずに静かに食べてた。食べるのが彼なりの会への参加なんだから、それはしょうがないよ。沢山注文するなぁ。お店の人は大変だな、こりゃ。
「ず、ずっと話して注文しないから、ぼ、僕が代わりに、やってあげてるんだよ」
一通り食べてデザートまで注文してるぶーちゃん。だがそれが終わりじゃあないんだよね。デザートを食べるまでを1週とすると、それを3週ぐらい繰り返すから。別腹っていう奴かな?1週が終わるぐらいに多分、脳から2週目行きますので胃を空けてって指令が出てるんだと思うよ。それでも底なしってわけじゃなくて、下のほうから詰まってくるからウンチ行かない限りは限界があるのさ。
「ほぅ、2週目突入しやがったな、てめぇ…」
よくわかってんなー。
「それにしても、クリさん、お金どうするの?仕事始めるの?」
「仕事はしないがお金は何とかしないといけないな」
この人、コンピュータに精通してそうだから仕事ならいくらでもあると思うんだけどな。そういう真っ当な仕事じゃなくて、先日みたいなアダルトビデオのデータディスクを売ったりするんかな?でも前は一億ぐらい貯金あったんだよね。あれってどうやって稼いだのかな?
「仕事はしないがお金は何とかするだぁぁ?銀行強盗でもやろうってのか?」
また野暮な事を聞くよなぁ、こいつは。さっきから。もう他の客は僕達が野暮ったい話ばっかりしてるからさ、こいつらとは係わり合いになりたくないって空気が蔓延してんだよね。しかもそこで、
「ふむ。銀行強盗か」
いや、クリさん。そこ納得しちゃダメでしょ…。この時はまだ知る由も無かったんだな。この軽〜い一言がどうなるかなんて。次回へ続く。じゃなくて、このまま続行しますが。会計も済ませて、ぶーちゃんも満足したのを見届けて、そして僕達は2次会へ…いくの?もう結構夜も遅いし、今日は夜、見たいアニメがあるんだよね。
だからさっさと帰りたいんだけど〜…。
「さて!2次会はどこにすっか?銀行強盗にいくか!はははは!」
のりのりだねぇ。でも銀行閉まってるよ。
「無駄に金を持っていても身を滅ぼすが、生活するのに必要だからしかたないか」
はえ?」
何をおっしゃってるのかな?クリさん。酔ってるの?そのままクリさんは深夜でもやってる地元の銀行のキャッシュディスペンサーに向かって歩いてる。冗談だと思ってるのは僕以外にもいるみたいで、網本も軽くステップダンスを踊りながらずんずんと進んでいくクリさんの後をついていく。このまま本当に銀行強盗やらかすんじゃないよね?
夜に明かりの周りに集まる虫達に合わせるみたいにさ、僕達はキャッシュディスペンサー備え付けのビルの隅の部屋に入ったんだよ。おいおい、本当にやるんじゃないの?監視カメラとか絶対僕達の顔捕らえてるでしょ、ってカメラを見たらさ、チカチカと赤点滅してるんだよね。これ何?犯罪を確認!録画中!って意味か?カンベンしてよ…。
「お?その首から生えてる尻尾はこういう時に使うもんなのか?」
なにやらクリさんがアクション起こしたみたいなんだ。カメラは気になっていたけど、クリさんがマジで銀行強盗しないかどうか確認する為にもね、何やってんのか見てみたんだよ。ぶーちゃんも僕と同じで慌てちゃってさ、「ぼ、僕は外に出てるよ」とか行って飛び出していったよ。中のほうがクーラー利いてて気持ちいいのにね、流石に冷や汗をかいたんだと思うよ。クリさん、首から生えてるネットワークケーブルをターミナルのそばにある挿入口にプチっと差し込んでさ、
「ま、マジかよ」
ターミナルのディスプレイを見てる網本が何か言ってんだよ。これはマジでヤバイ…。
「一度に100万しか出ないらしい」
いや冷静に言わないで。クリさんマジで犯罪中?
「私も外で待っておくわ」
凄い冷静な声でユキが出て行く。こいつも少し頭がおかしい。
「引き落としのログが残ってるんじゃないのか?」
「今、ログを書き換えてる」
「マジかよ…ハッキングしてんのか?」
「食事を奢ってもらったしな。一人25万ぐらいでいいか?」
「いや、もらえるものは貰っとくけどさ」
なにやらお札がパラパラと捲られる音がしてる…マジで引き落としたの?どっから?見たこともないお札の束を握ってるクリさん。そのお札を一束、僕に渡そうとする。
「後で4分割してみんなで分けてくれ」
「えぇ??」
もう一束をクリさんのバッグの中に突っ込んで、
「後4分45秒で警察がここへ到着する。貴様、指紋は残してないだろうな?」
「え、あ?お、おう!残してないぜ」
「指紋ってか、監視カメラは?動いてるよ?」
「それは入る前に止めた。後4分30秒だ」
「やばい、やばい、逃げよ」
僕達はダッシュでキャッシュディスペンサーから遠ざかっていったよ。ぶーちゃんが悲鳴を上げてたよ。多分警察がこっちに来るって音を聞いたんだと思うんだけど…。顔色一つ変えずに走ってついてくるユキもマジで怖かった。網本の奴は…まぁいいや、コイツは笑いながら着いてきたけどさ、もうこの状況が笑うしかないぐらい狂ってるからさ、網本の反応が一番正しい気がした。
僕達は公園のベンチに座った。少ししか走ってないはずなのにぶーちゃんは汗だく、網本はぜぇぜぇ言ってる。ユキでさえも少し息が上がってた。今の状況がどうなってんのかわかってんのだろうか。まぁ僕とクリさんは息が乱れる事はないんだけどさ。
「すっげぇぇ!金、引き出し放題じゃねーか!」
「引き出し放題というわけでもないが。先ほどのCDは2500万までしか現金は保管されていないからな」
「ってかさ、警察が来たじゃん。あれはあたし達のやってる事がバレてるって事じゃないの?バレた時点で完全犯罪になってないよ、いてっ」
僕がそう言ったら網元が僕のおでこにまた一撃食らわしやがった。
「ばーか。細けぇことはいいんだよ」
「今回のケースではこれでいい。警察が動いて筋書き通りになる」
「うわー…知らない〜…知らないよ、もう。明日、防犯カメラの映像がニュースに出るよ」
「よかったじゃねーか。アイドルになれるぜ?」
「うっさいよ、バカ。よくにへらにへら笑ってられるな?銀行強盗したんだよ?」
どうやったら落ち着いてられるのか理解できない。マジで。ぶーちゃんもさっきからタオルで汗を拭いて落ち着こうとしてる。この中でユキとクリさんとバカだけが落ち着いてるんだよね。何をどう理解したらそんなに落ち着いてられるの?
「銀行強盗か…。それはある一つの見方だろう。人によればキャッシュディスペンサーからお金を引き落としたとも取れるし、ただの酔っ払いがあの部屋に入ってクーラーで涼んでいたとも取れる。数ある解釈の中から『銀行強盗』というパターンを選んだに過ぎない」
「いやだってさ、このお金だって誰かが汗水流して働いた金かも知れないんだよ?」
「それも数ある見方の一つだな。親の借金を返す為に身売りした稼いだ金かもしれないし、暴力団マネーロンダリングした金かも知れない、そしてこれを本当に金と呼んでいるのは地球上では人間だけかもしれない、いやこれは事実だが。金はそれほど重要じゃない。金に執着すると身を滅ぼすぞ」
「いや、泥棒さんにそんな事言われても…」
クリさんは凄いスピードでパラパラとお金を捲って25枚単位に分ける。それを僕とぶーちゃんと網本、そしてユキに手渡す。
それからPADの電源を入れて僕達にディスプレイを見せるんだよな。そこでぞっとしたよ。さっきのCD機が置いてあった部屋が映し出されてるんだよな。警察が指紋とったり、CD機にネットワークケーブル突っ込んでチェックしてたりしてんのよ。
「さて。そろそろ帰るとするか」
そこで解散。
僕は家に帰ってニュースを見るのがこれほど嫌な気分になる事はなかったよ。手に持ってる25枚の札束を封筒に入れてさ、それをどうするかっていうわけでもないんだけど、なんかそのままお財布に突っ込む気分になれないんだよね。綺麗なお金と汚いお金を分けるみたいにさ。そりゃ同じお金だって言われればそうなんだけど…。
ニュースを色々と見て回ると、ニュース専門番組で一日のニュースがリスト化されてたからさ、後ろのほうから見てったよ。さっきの出来事がそのまんま載ってると思って…載ってたよ!載ってるじゃんかよ!最悪だ!
「キャッシュディスペンサー荒らし、中国国籍の男2名逮捕、余罪を追及する」
ん?
んん?
「…市でも被害。200万円引き出される…防犯カメラに移る男2名」
んんん?
いや、それ違うから。そいつら犯人じゃないから。って、え?何やってんすかークリさん!そいつらの余罪を増やしたの?なんていう曲芸士なんだよ…。