23 夏というキーワードで祭り、花火大会、プール、海と思い浮かべた奴はテレビの見過ぎ

俺は夏というのが嫌いだ。
まず最初にお祭りだとかプールだとか脳内のアドレナリン循環を激しくしそうなキーワードがあるのが嫌なのだ。体育会系の奴等が心躍らせる様子が頭に浮かんでくる。お祭りだとかプールだとか、そんなイベントがないと心躍らないの?ただそのイベントの時期が訪れたからって心躍らせるのはちょっと他に振り回されすぎだろ。そもそも友達も恋人も居なかった俺にとっては人が沢山集まるところが苦痛だった。子供の頃、家族でお祭りにいくと、クラスメートに出会う事があった。クラスメート達が親と一緒に来てるのならいい。クラスメート同士、というか友達同士で着てる。そんな中で俺は…まぁいい。
そして次に、「暑い」これにつきる。暑いと心が熱くなる。悪い意味で。やたらと興奮してきて(悪い意味で)とにかくイライラする。服がべたつく、腕が机だとか紙にペッたりくっつく。飯を食っても熱い、クソをしても熱い、そして寝てても熱い、熱くて寝れない。外に行くと日焼けで肌がひりひりになる。
そして最後にもう一つ。夏が好きだという奴等が嫌いだ。だから夏が嫌いになる。夏が好き、それはリアル生活が充実しているからそんな事が言える。だってただでさえ悪い点が多い夏という季節、それが好きで居られるのは余程のポジティブか良い事が沢山起きてる奴だ。友達だって恋人だっているし、家族とも仲が良い。俺に無いものを持っている。俺と真逆な奴等が好きな季節、だから俺は嫌いになった。
じゃあ今はどうか?片山の童貞は無事奪ったし、片山とはあれから更に関係が深くなっている。顔さえ見ればキスしてる仲。そんなリアル充実な俺が考える夏。
やっぱり嫌いだ。暑い。暑すぎる。
今わかったんだが、夏が好きな奴って単に「馬鹿」なだけだな。クソ暑いって感覚が脳に届かないんだ。祭りとかプールとか海とかさ、そういうキーワードだけで楽しくなってくるんだろ、それってさ、そこへ向かうと何が起こるのか想定できないんだよ。頭が悪い、これにつきる。例えば祭りは友達と行って楽しいって思うだろうけど、一方で人混みがウザイとか臭いとか暑いとかうるさいとか、そういう不の要素が沢山あるわけだろ。それが想定できないんだよ。祭りっていうキーワードは楽しいものだとテレビで刷り込まれてるだけなんだ。つまり、自分の頭で考える事が出来ない馬鹿。ただ何も考えずに生きてる馬鹿野郎なのさ。
突然こんな話をするのは何故かというと、今日、俺が平和な日々を享受していると立川と穂坂が俺の席にやってきて突然、今日の夕方、市内で催される夏祭りのお誘いをしやがったのだ。
「ねぇねぇ、まひる〜。夕方のお祭り一緒に行かない?」
「お祭り?」
「今日はお祭りの日なんだよ〜」
あ〜やべぇ、あの祭りの熱気は反吐が出そうになる。けど女子と一緒に行くお祭りってのも体験してみたいような、したくないような。みんな浴衣で汗びっしょりになってブラとか透けて見えたりするんだろうな。ってか、浴衣の下はブラつけないから乳首が透けるのか!それは見てみたい。
「ん〜…どうしよう」
「ほら、片山くんも誘ったよ」
「え?OKしたの?」
まひるが行くなら行くってさ」
マジかよ…反吐が出るほど人ごみが嫌いなはずなのに、俺が行くっていうだけで参加するのかよ。まさか俺が祭り行きたいタイプの人間だって思ってるのか?それなら勘違いだぞ、俺は片山と同様に人混みが大嫌いなんだ。
「まぁ、片山君が行くって言うなら…」
「お!マジで?やった!」
俺は何か少し心にしこりが残ったまま、その誘いにOKした。例えば二人で祭りに行ったとしよう、二人きりでだ。それでもお祭りの熱気で実に不快な体験をしそうではないか?などと考えているうちにも、早速立川と穂坂は教室から駆け出していった。ん〜…なんか嫌な予感がするんだが…。これが女の言う第6感って奴なのか?
授業が始まるので教室へと戻ってきた片山に、お祭りの事を聞いてみた。
「ねぇ、お祭り誘われた?」
「うん。まひるも行くから、それなら行こうかと思って」
「え、ちょっ…。行くからって、OK出したの今さっきなんだけど」
「ん〜…」
なんか嫌な気分だ。そもそも嘘ついて誘おうとしたわけだからさ。もし俺がNOと返事したらどうなってたんだろ?今日の夕方まで黙っておいて、結局片山は一人、女子達と一緒に居ることになるんだが…それでいいのか?片山、というか俺的には女子に囲まれて少し幸せなのだが、女子にとって片山はいつからイケ面ボーイに格上げされたんだろうか?
「まぁその、アレだよ、お祭りの時も一緒にいようね。あたし、本当はお祭りとか人が集まるところって嫌なの」と、ここは正直に言っておこう。それは17歳の俺も同じはずだから、共感しようって事さ。
「へぇ〜そうなんだ…。俺も同じだよ。昔っからそうなんだけどさ、なんかさ、人混みって気分が悪くなる。けど、俺がOKしたのはまひるの浴衣が見てみたかっただけなんだけどねw」
などと笑っている片山を見てると少し安心した。
放課後、今日は部活をせずにそのまま帰宅した。早速俺は魔法で浴衣にチェンジすると待ち合わせの場所へと向かった。駅前は完全に出店が沢山あって集まれるようなスペースは無いので、道路公園(空きスペースを公園にしたところ)で待ち合わせとなっていた。
行けば既にいつものメンバーと片山の顔が見えた。片山は何故か女子と話をしていたのだ。何故かっていうと不自然だけどさ、今まで女子と話したことが無い奴がだぞ。まぁ集まったからって一人で居るのはそれはそれで苦痛だけどさ。俺がそこへと合流すると、片山が早速話し掛けてきた。普通に話せばいいものを他の奴に聞こえないような感じで話す。
「なんか、他の連中がくるみたい」
「え?何それ?聞いてないよ」
「俺も聞いてなかったよ」
「他の連中って誰?」
「隣のクラスの男子」
「え?!何それ?何で?」
俺が驚いていると、頭を掻きながらワザとらしく立川が「ごめ〜ん」と謝ってきた。ごめんじゃすまねーだろ、死ね!今すぐ死ね!
「最初はいつものメンバーだけでいく予定だったんだよぉ〜。でも途中で律が隣のクラスの男子に誘われちゃってさぁ、断れなくて、合流する事になっちゃった」
嘘ばっかり。俺を誘ったのは隣のクラスの男子を釣る為のエサだったんだろ?嫌な予感がしてたんだ。俺がOK出したら嬉しそうに廊下へ飛び出して行ったからさ、あの後隣のクラスへ報告しに行きやがったんだな!クソ女!俺はその浴衣の帯を引っ張りまくって人間コマにして立川を全裸にした後に、立川の処女マンに指を5本ぐらい突っ込んで奥歯ガタガタ言わせた、という妄想を膨らませた。
隣で片山が「はぁ」とため息。解る、解るぞ、そのため息の意味。ここはキッチリ言っておかないとな。
「まさか、あたしを呼んだのって他のクラスの男子を呼ぶエサってわけじゃないよね?あたしと片山くん、付き合ってるの知っててそういう事するの?」
「え?!ち、違うよ〜。たまたまだよ、たまたま!ほら、お祭りなんだからそんな険悪なムードにならない」
などと少し額に冷や汗を浮かばせながら立川は説明している。こういう時は嘘をついてるんだよね、あの汗は『嘘をついている味がする』。どうやら立川の死因が決まりそうだ。何かって?俺を怒らせた事さ。死因は『俺を怒らせた』事。それだけあれば十分死ぬ理由として事足りる。穂坂も同罪。まぁ穂坂はケツの穴と膣の穴が繋がる刑で許してやろう。
などと俺が考えている間にも時間は進んでいるようで、すぐさまに隣のクラスの男子の見たような顔がぞろぞろと…集まってきやがった!!ただ、穂坂や立川のチョイスなので、どっちかっていうとマセな連中よりも男臭くて童貞っぽい奴等ばっかりだ。かといってオタクっぽいわけではないんだが、どこにでもいるような普通の高校生?って雰囲気。
「おぉ!小日向さんだ!」
ちょっと中太りした一番うるさそうな男が俺を見て叫ぶ。なんだその漫画に出てきそうな○○ファンクラブの隊長みたいなキャラは。大概、そういう奴は最初にエイリアンに食われて死ぬんだよ、特に海外の映画の中ではな。その食われて死にそうな1号、2号、3号と、ずらずらと俺のまわりへと集まってきて、まるで告白タイムみたいに一人ずつ自己紹介(と言っても簡単に名前を言うだけの)をしていった。なんか勢いで「ずっと好きでした」とかいいそうな感じの奴もいるな。
「小日向さん!ずっと好きでした!」
言ったし…。何だよこいつは。まぁその台詞はウケ狙い的なもので、後から周囲に笑われたりド突かれたり、足払いされて転んだところを蹴り入れられたりされてた。
俺はそんな笑いの雰囲気は飲み込めなかった。そもそも騙されてここに来た時点でプッツンイキそうなんだよね。だからそんな台詞に笑えるはずもなくドン引きモード。片山の少し後ろに子供みたいに隠れて、そのムサい男どもの自己紹介を引きつった顔で承ってた。ドン引きされていたのが相手に伝わったのか、「何ドン引きさせてんだよwww」とか言いながらもそいつらは、こんなクソ暑いのによくまぁそんなど突き合いで体力消耗して汗も掻きまくれるなぁ、っていうぐらいにムサい雰囲気のまま街道を歩いていった。
あとで、立川が俺のほうに寄ってきて、
「ごめん!まひるが行くなら連中付いてくるってさ、それでまひる誘ったのは事実なんだ。でも、ほんとは連中の中にうちらのグループのね、誰かは言えないけどさ、その一人が好きな奴がいてさ、どうしてもくっつけたかったんだよ。まひるは軽くあしらってて」
「か、軽くあしらってって、そんなの」
「まぁまぁまぁ、後でパフェ奢ってあげるから!」
俺は小学生か!
そうこう言いながらも一同は人混みの中へ突進んで行き、俺は目の前にいる俺のファンクラブ団員1号(と名付けてみた)の背中を追い掛けるだけの作業を繰り返していく。そうでもしないとはぐれてしまう事になる。これが祭りの中で嫌な事の一つなんだよね。迷子になってしまうっていう恐怖?
ようやく団員1号の背中以外も見えるようになった。少し人が少なくなっている区域に出たという事だ。ったく、背が低いから目の前を見るだけで精一杯だぜ。よく見るとファンクラブの奴等しか居ないんだが…どこいった?片山達は!
「小日向さん!金魚すくいやってみようよ!」
「あ?」
はぁ…片山は居ないし…ここまで歩くだけで体力8割消耗しちゃったぜ。これで金魚すくいやれとな…ハイテンションだなぁおい…。俺がOK出す前に既に店員に頼んで金魚すくう例の奴を持ってきてるし。と、それを手渡されて早速だが、
「やってみて!こう、ポーズを取ってみて!」
なんだなんだ?写真集でも作るのか?少し小太りの団員2号がカメラ片手に必死に俺のベストショットをとろうと人混みへ背中で体当たりをしている。関係ありませんよ、そいつ俺と知り合いじゃありませんから、早く補導してあげてください。
「こ、こう?」
俺は金魚をすくうフリをしてみせる。
「あ、もちょっと前屈みに」
え、前屈みって…。俺は仕方なしに前かがみになって金魚を何匹かすくってみようとした。逃げる逃げる、逃げ惑う金魚達。ほらほら逃げないと食べちゃうぞ〜…。隅っこに寄せた金魚を例の道具で取ろうとする…が、紙を突き破って逃げられた。チッ。
「あ、逃げちゃった」
と俺が言うと、団員3号が、
「あ、俺が取り方教えてあげるよ!」
そう言って俺の背中に回って手を取って、
「こんな感じですくうんだ、斜め方向に突っ込んで」
おい、やめろ。俺の背中にぴったりとくっ付くんじゃない。俺は怨念たっぷりの眼差しで振り向いて団員3号を睨む。その強烈な邪眼を食らいながらも何故か団員3号はニコニコ。
「あ、高崎です!」
いや、お前の名前なんて聞いてないから、手をどけろ。
「高崎ぃぃぃ!なにテメェー小日向さんに触ってんだよ!」と怒鳴りながらカメラマンの団員2号が小走りしてきて高崎に蹴りを入れる、って、そんな事したら俺まで…。
こけた。
高崎団員を下敷きにしてこけた。下にいる高崎団員は「うはぁ」などと気持ちよさそうな声をあげている。なにのんびりこけてんだよ!高崎団員!さっさとレディを起こせよテメェ…。などと考えているとようやく高崎団員は俺が自力で起きようとする前に背中を押し上げて起こしてくれた。
「だ、大丈夫?」
「いてて…」
高崎団員の手は右手が俺の右肩へ、そして左手が俺の…あら?脇の下から伸びた手は俺の左のおっぱいを鷲掴み…。な、な、な、な、なにやってんだテメー!
「な、なにやってんだテメー!」
俺が叫ぶ前に小太りのカメラマン団員2号が叫んだ。
「はわわわぁぁぁ!ご、ごめんなさい〜!」
慌てて手を放すところを見るとマジで触る気はなかったみたいだ。まぁワザとじゃないのなら許してや、って凄い勢いで他の団員に蹴り入れられてる。なんという弱肉強食のファンクラブなんだ。
「小日向さん、こいつ危険なんで近寄らないで」
いやお前ら全員危険だよ。
「そんなことより、立川さんとかとはぐれてない?」
「え?マジで?」
団員達は周囲を見渡す。やっぱりはぐれているのも気付いてなかったか。そしてすぐさま携帯を取り出して(ちょっと格好をつけて)電話を掛けている。どうやら立川達とは迷子になったら携帯で合流を指示するような作戦だったみたいだ。
「穂坂さんとか駅前に来てるって言ってます」
「え、駅前ぇ…」
早いなぁおい、駅前って一番人が集中してる所じゃないか。なんちゃってパニック症候群の俺には一番キツイ場所じゃないか。
「小日向さん!迷子にならないように俺が手を繋ぎます!」
と団員1号が手を差し出す。すかさず他の団員が、「いや、俺が」「いやいや俺が」なんだよそのコントは…「じゃあ、俺が…」「どうぞどうぞ」って運びになるのか?暑いんだからもう少し涼しいコントしてくれよな。
「も〜…どうでもいいよ…」
と俺は差し出された手のうち一つを力なく握った。小太りのカメラマン団員の手だった。
「う、嬉しいっス!!!」
いちいち叫ぶなよ…。
「あ、あぁぁ、小日向さんの手、小さくて柔らかくて…少し汗ばんでるッス」
いや、それお前の汗だから。俺、そんなに汗ばんでないから。
俺とファンクラブの団員達は一番人が集中している駅前のロータリーへ向かって突進んでいく。将棋倒しにでもなれば少しは見晴らしがよくなるのに、などと不謹慎な事を考えてしまうほどに熱気で頭が茹で上げられていた。カメラマン団員の手を握って、というより握られて人ごみを掻き分けていくのだが、誘拐されて連れ去られる女の子はこんな気持ちではなかろうかと考えてしまう。
などとよそ事を考えていると突然人の流れが止まった。背が低い今の俺からは解らないのだが、どうやら駅前の交差点で信号が赤になっているから止まったみたい。お祭りには毎年不参加だから歩行者天国がどういう配置になるのかは知らない。でも何となく感覚で解った。そうやって人の流れが突然ストップすると、後ろの奴等は前に向かってゆっくりとだが進んでいくのだ。まるで早く行けよといわんばかりに。
俺は仕方なし前へ前へとゆっくりと歩みでると、どうしてもぶつかってしまう。前の団員のカメラマンに。おいおいおい、なんで俺が片山以外の男と手を繋いで歩いていて、しかも今はその男のほうに向かって詰め寄ってるんだよ、どういう展開だこれは。
「お、お、おぉ〜」
とか小さく叫んだカメラマン団員。俺のほうをチラチラと見下ろしているのが視界の隅っこにある。なんだぁ?と俺はカメラマン団員を見上げてみると、顔を真っ赤にした団員がさり気なく俺の肩に手を回して抱き寄せてくる。お〜い…どこへ向かおうとしてるんだキミは。俺が詰め寄ったのは後ろの奴等がにじりよって来るから仕方なしに前に進んだまでだ。決してその気があるわけでは、決してない!断じてない!
肩に掛かっているこの無礼な手を噛み付こうかと考えていたら信号は青になったようで、警官が前進を指示しはじめる。人の流れは一気に道路へと雪崩れ込んでいった。その時は既に肩から手はどいてが、俺が迷子にならないようにと団員の手を取ろうとしたら、その団員、何を勘違いしやがったのか、今度は俺の手を腕で引き寄せて、まるでカップルがそうするように腕組をしやがった。ったく、人混みに混じって他の団員の目から離れたらコレかよw。お前さっき凄い勢いで俺の胸触った奴を蹴ってたよな?w
もうそろそろ駅前か。焼き鳥屋が集中してるのか、プンプンと良い匂いが漂ってくる。この臭いを嗅ぐとお祭りに来たなぁって気分になってくる。これでラーメン屋があるとなおいいんだが、ないよなぁ。
「やきとり、の匂いがする」
俺はふと呟いた。
「お、小日向さん!焼き鳥食べたいの?」
「え?ん〜…食べたいかも」
「よし!行こう!食べに行こう!」
まるで「お嬢ちゃん、好きなものを食べさせてあげるからね」とか言ってるへんなオジサンみたいな勢いで俺を人混みの中へと引っ張っていく。流石にこの異変に気付いた他の団員もカメラマン団員をつけて来て、
「てめぇ、なに抜け駆けしてんだ!」
とか叫んでいる。
「いや、違っ、小日向さんが焼き鳥を所望されてるのだ!」
俺はどっかのお嬢様か。
カメラマン団員が俺を連れてやってきたのは駅前で長い行列が出来ている焼き鳥屋台。ほんとに反吐が出そうになるぐらいの行列と熱気。こんなところに長時間いたらどんなに落ち着いた奴でもイライラしてくるだろう。だが逆にDQNなどはこういう雰囲気だと逆にイライラしないんだよな。不思議だ。
「小日向さん!こっちに椅子があります!座ってて!」
団員2が案内したのがテントの中にある椅子。でもお店の人が座るためのものじゃないっけ?行列がやたらと長く出来てるのにテントの中は意外と椅子がいくつかあまっているのが不思議だった。まぁ勧められたのだからしょうがない。他に座ろうとしてる店員ぽい奴もいないし、うでる様な熱気で頭もくらくらしてたところだ。休ませていただこうか。
「よっこらせ(ックス)」
鉄パイプに安っぽいビニールのカバーをつけたようなどこにでもある椅子にちょこんと座って、団員達が俺の為に焼き鳥を買いに並んでいる様子を眺める。目があうと手を振るところが子供っぽいなぁ…女の子がやるなら可愛いんだけど男がやるとちょっとひくな。
「小日向さん!飲み物何がいい?」
並んでた奴のところからやってきた団員4?が俺に飲み物を聞きにきた。何が好きかって、そりゃキリンのが一番美味しいんだよ。でもチェーン店だと置いてるのがアサヒなもんだから俺はいつも困るのさ。
「キリンで」
「OK!キリンね。え?」
「ん?」
俺とその団員4?は見詰め合ってお互いが首を傾げあった。キリンのが置いてないのか?やっぱりここもチェーン店みたいなもんだったか…。残念だがアサヒのを飲むしかないな。まぁ暑いから何を飲んでも味は大して変わらないだろう。
「無いならアサヒでもいいよ…」
「…そんなジュース置いてたかな?」
「え?ジュース?」
何を言ってるんだこいつは。焼き鳥食べるのにジュース飲みながら食べたら焼き鳥食べる時に焼き鳥飲みながら焼き鳥食べるのとなんら変わりがないだろうが。ほんというと芋焼酎をロックで欲しいところだが祭りの出店でそんなもん売ってないだろうし、これでも譲歩してるつもりなんだぞ。
「えと、じゃあ…俺はコーラにでもしようかな…高校生だし…」
まぁそりゃ高校生なら年齢制限でビールは飲めないな。仕方が無い。でも俺が高校生の時は家ではビールは飲んでたけどなぁ。親も公認してたし。だいたいビールなんてお酒のうちに入らないって。最近の若い奴はビールすら「苦い」だとか「渋い」だとかいって飲めないんだよな。それどころか昼食は幕の内とかは絶対食べれない。味覚がおかしくなってるっていうか…亜鉛不足なのか?マックだのモスだの、酷い時はカップラーメンばっかりだしさ、あれもどうなんだろうね。
しばらくしてから黙って団員4?は行列の中に戻っていった。
テントの中だろうが外だろうが、熱気は常に付きまとっていて俺はそこに落ちていたうちわを拾って自らを扇ぎ始めた。この浴衣という着物、通気性はいいのだがやはり、全裸の状態には叶わないのだ。俺は胸の谷間がおおぴらに見えるようになるまで浴衣の襟を緩めて、なるべく広い面積にうちわの風がかかるように勤めた。
「うおおおお!」
団員2が俺を見て驚きの声を上げてる。そこまで驚かなくてもいいのに。で、ビールは買ってきたんだろうな?
「えと、これでよかったよね?」
「あ、キリンあるじゃん。もー、無いのかと思ってたよ〜」
プシッとタブを開封、一気に半分までゴキュゴキュ飲んだ。やっぱり暑い中での冷たいビールは生気を取り戻してるような感覚を味わえるよなぁ。最高に気持ちいいぜ。そして焼き鳥もモグモグ。
「うまーいw」
俺は喜びのあまり歓声をあげた。
「そ、そう。よかったよかったw…でも顔真っ赤だよ、小日向さん」
「あっついもんね〜」
「そう…だね」
「あ!俺、肩揉むっス!」
団員3が突然手をあげて俺の背後に回った。
「えへへ、お手柔らかにお願いします」などと言いながら、俺は椅子にもたれかかって肩をもんでくれるのを待った。しばらくしてから団員3が肩を揉むっていうか、触るような感じで揉んでいく。最初は浴衣の上からだったんだが、次第に手を首筋の浴衣が肌蹴ている部分に移動。手で肩から胸の谷間に掛けて(それでもおっぱいは触らない感じで)触っていく…という様子を目の前の団員も見守っている。やっぱり男の手は暖かいのが多いですな、マッサージ師にでもなりゃいいのにっていうぐらいに気持ちいい。
「あ、足を揉もうか?」
他の団員が言う。
「うん…」
俺は気持ちよさで目を瞑って肩の手の感触を楽しんでいたので、団員がどんな顔でその台詞を吐いたのか解らなかったけど、なにやら鼻息が荒かったような気がする。最初足つぼマッサージでもやってくれるのかと思ったらふくろはぎから太ももにかけてを、明らかに揉んでなくて触ってるだろうって感じで揉んでいく。手が次第にアソコに近づいてるのは気のせいかな?って、薄く目を開いてみてみたらおもいっきし手が太ももに進入してるし。パンツまで後3センチって所じゃないか、どおりで気持ちいいと思ったら。
「ちょっと!…スケベ」
俺は両手で侵入しそうな手を払いのけた。その次のタイミングで
「小日向さん!一回です!一回だけです!」
とかワケ解らない事を叫んで背後から抱きついてくる団員3。前にまわした手が片方の乳を思いっきり揉んでる。
「そこを揉めとは、言ってない!」
と俺は左肘でみぞおち目掛けてエルボーを食らわせる。綺麗にみぞおちに入り、団員3の肺から息が吐き出させた。「はぅっぐふぅはぁっ!」とか声にならない叫びを出して蹲る団員3。ん?よくみたらこいつは団員1じゃないか、まぁ誰でもいいか。
「てめぇ、小日向さんになんて事をしやがるんだ!」
などと言いながら団員2、いや団員1か?そいつが苦しそうにのたうちまわる団員1を罵ってる。お前さっき太ももを触ってただろうが…どの口がそんな台詞吐かせるんだ、まったく。ちゃんと仕事しろよ、ご褒美もあげるからさ。
「ちゃんと揉みなさい!おっぱいじゃなくて肩をね!ご褒美をあげるよ」
俺は食いかけの焼き鳥をそっと団員2号に差し出して、
「はい、あーん」
「あ!あーん…(モグモグ)美味しい」
「美味しい?じゃあ、肩を揉んでw」
こうやって餌付けて肩を揉ませていくわけだ。子供の頃に肩たたき券とか作って小遣いと交換してなかった?今、まさにそれが行われていくわけだ。日本の経済循環に一躍買っているので褒めてほしいものだ。さて、ここでのんびり焼き鳥を食べながらビールを飲んでるのも飽きてきたところだし、ちょっこら散策にいくかな?
「よいっしょ…っと」
「お、どこかへ向かわれるんですか?」
「ちょっとその辺りをうろうろ」
「お供しますw」
俺の後ろにはゾロゾロと団員達が金魚の糞のように付きまとってくる。
最初に目に留まったのはおもちゃの鉄砲で当てたものがもらえるっていうお店だ。懐かしいなぁ、20年ぶりじゃないか?子供の頃に親に連れられてお祭りに来たときにこんなお店に来たような気がする。何をしても不器用で運動神経もそれほどよくなかった俺はお祭りで遊びでやってる時でも何一つ満足いく結果を出せなかったっけ。例えば金魚すくいだろうが、この鉄砲撃ちにしても。あの時のリベンジのつもりでやってやろうかね。女になった俺のパワーを見せるときが来たわけか。
「よーし、これやる!」
お金を払って弾を購入して、銃を持って…なんだこの銃は。太平洋戦争時の日本軍だってこんなダサい銃は装備していなかったぞ。
「ん?銃の持ち方がわかんない?」
団員!余計なお世話だよ。俺はこれでも中学の時にマ○イの「ヘッケラー&コックMP5SD6」とお年玉で買って一人で山の中で架空の鬼畜米兵と戦ってたんだぞ。お前よりもサバイバル暦は長いわ。
「こうやって銃身に左手を添えて、それから右手はトリガーに」
ってお前さっき金魚すくいをいやらしい手つきで教えてた奴じゃないかwwまぁいいか、こんなダサい銃、本気で撃つ気になれんわ。団員2?だっけ、そいつは俺の身体を包み込むようにして銃を持たせて、あくまでそいつの視点で狙いを定めて棚に置いてあるものに向かってトリガを引く。
パンッと軽い音を立ててゴム弾が…棚の後ろの網に当たった…。
「あ〜あ…」
「次こそは!」
張り切ってる団員2はもう一回俺の手をとって銃を握らせる。どうせまた外すだろうと思って俺は団員2が必死に狙いをつけているのを無視して隣で俺と団員2のコンビに挑戦してる団員3の様子を見てみた。俺に見られてると解ったから先ほどよりも気合が入ってるっぽい。狙いを定めて撃ったゴム弾がチョコボー○の箱に当たった。でもチョコ○ールって残念賞だよな…。
「当たったよ、まひるちゃん!」
などと嬉しそうに俺の下の名前で呼んでくる団員3。
その間に団員2は再び狙いを定めて撃つのだがやっぱり網に命中。このままいけば一ヶ月はトイレの尻拭き紙に困らないぐらいの残念賞のティッシュペーパーが貰えそうだ。
「も〜っ」
ひと睨みしてやろうと俺の背後から抱きついていた団員2を振り向くと意外と顔が近くにあって危うく唇が触れそうになる。「つ、次こそは」などと気合を入れて、それでも俺の背後から抱きつくという体勢は変えないまま(一人で撃てば当てれるだろうに)しかもそれを耳元で優しく言いやがるから少し感じてしまった。
「もういいよ、あたしが一人でやるから」
俺は肩で団員2を押し返すと銃を構えて…。そう、アレはとても暑い暑い日だった。チフスやら赤痢で友軍兵士が次々と三途の川を渡るなかで、俺は一人飢えと恐怖に怯えながらジメジメしたジャングルを突き進んでいた。背後には鬼畜米兵が攻め寄ってくる。もうじき友軍陣地である。その時、背後から聞きなれた空気を切るような音が聞こえた。銃声だ。明らかに俺を狙っている…。俺は振り向き、林に向かって銃を構えた。やつらが痴呆の巨人のようなマヌケな姿を俺の前にさらした瞬間に、俺の対戦車ライフルが奴等のクソドテッ腹に風穴を空けるのだ。
「死ねぇぇ鬼畜米兵!」
俺が撃ち放ったゴム弾はクソジメジメした湿度80%の汚らしい空気を掻き分けながら汚らしい出店の店員の股間に命中した。
「あだっ!」
「あ!」
俺は店員が誰が弾を撃ったのかを把握する前に銃を前に置いた。
「誰だぁ?人に向けて銃を撃っちゃダメだろ?」
おっさんお怒り中。人に向けて銃を撃っちゃダメって…そもそも銃ってのは人に向けて撃つもんだろ。今までの銃の歴史を全否定じゃん。
よし、今度は棚に飾ってあるPSPの箱を狙ってみよう。これを打ち落とせばPSPほんとに貰えるんだよね?ちなみに俺はサバイバル訓練と称して空き缶を狙って射撃訓練はしたことがある。これぐらいの事は朝飯前なのだよ。
パンと軽い音がして俺の放ったゴム弾が…PSPの箱に命中♪
「お、まひるちゃん!凄いね、PSPゲット!」
「やった♪PSPゲットだぜ〜」
「いやいや、ダメだよお嬢ちゃん、箱は倒さなきゃ」
店員のおっさんが「はははは」と笑いながらそう言う。
「え?え〜!」
何だよそれはwww「倒さなきゃって」今ゴム弾当たった時にテープでがっちり固定されてるみたいな揺れ方したぞwwww絶対にそれ落ちないようになってるだろwwwクソイカサマ野郎がぁぁwwwもうこれは葬り去るしかない。何人もの人間が俺の凶弾の前で歴史の闇へと葬りさられてきた。お前もその一人となるのだ。笑って死ね!
店員のおっさんが横を向いた隙に、パンッという軽い音と共に横から股間、しかも亀頭部分にゴム弾が命中した。
「っうっッツゥウ!」
うずくまる店員。今度こそ店員のおっさん、どっちから弾が飛んできたか弾道を見やがったぞww確実に俺が撃ったとばれるまえに…。
「銃を降ろすのよ!」
俺は団員1に向かって銃を突きつけた。はんば錯乱した団員1はワケも解らずに俺に銃を向けて、
「え?いや、俺??え??」
「降ろしなさい!完全に包囲されてるわよ!」
「え?何?俺何もしてねーよww」
「あたしに人殺しをさせないでw」
「ちょっ、まひるちゃん、酔ってるだろw」
店員のおっさん、その様子を見て完全に顔を真っ赤にして、
「お前ら!人狙って撃つなっつっとろうがや!」
とどっかの方言丸出しで怒鳴り散らす。これはヤバイwww俺も団員も次から次へとクモの子を散らすごとくその場から撤退した。
「あははははー楽しかった」
まひるちゃん滅茶苦茶するなぁ…」
俺と団員達はいつのまにか駅前まで逃げてきてた。普段は人通りが少ない駅前ロータリーは駅を利用するわけでもない人達が沢山集まっている。高校生が集まっている場所はすわり心地がいいのだろう。俺と団員も周囲の奴等と同じで冷たい駅前の階段に腰を降ろした。すると、同じように腰を降ろしている高校生の中で俺達に気づいて立ち上がり近寄ってくる奴等がいる。先ほどまで同行していた女子グループの連中だった。でも片山も穂坂も立川もいない。他にもいないメンバーがちらほら…やっぱりみんな逸れてしまったみたいだった。
「他のみんなは?」
女子メンバーの一人が言うが、団員も俺も首を横にふった。
「マジでぇ?みんな逸れちゃったの?」
大人である高校生がまさか迷子になるとは。ただ、俺も昔、親に連れられて祭りに来たときには迷子になったような気がする。その時は俺は迷子になった事に気づいて泣き喚いてたっけ…妹は今、自分がどんな状況になっているのか理解できず、俺の傍でただ手を繋いでじっとしてた気がする。沢山の人が両親の姿を隠して消えてしまうのは恐怖だったなぁ。
突然、雷でもなるかのような大きな音が響き渡った。バンド演奏をどっかでやってたけどそれの比にならないぐらいの大きな音だ。そして空がぱぁっと明るくなるのだ。
「あ、花火だ…」
俺はそれに気づいて、言った。
「よし、まひるちゃん!俺が花火が一番よく見えるところに連れてってあげるよ!」
団員1だっけ、2か?そいつが俺の手を引いて連れて行こうとする。そこへ、
「何てめぇ許しもなくまひるちゃん独占してんだ!俺が案内するよ!」
「いや、俺が、」
「いやいや俺が…」
あー…うぜぇw
「も〜。みんなでいこうよ。また迷子になっちゃうでしょ?」
と、とりあえず大人の意見を言っておく。
ファンクラブの団員達と、クラスの女子達で花火が見える河縁の土手へと向かった。他の人も同じ事を考えてるのか、土手には花火を見ようと地元の人だけでなく、車で押しかけるDQNな連中も沢山いる。花火はそろそろクライマックスの時だった。始まったのが駅前にいるところだったから、そらで花火が輝いている間に土手まで移動したんだ、ついた頃にクライマックスになってしまうのは残念だったが仕方ない。
「綺麗〜…」
毎年、毎年、こんなに綺麗な花火が空に上がってたのか。俺は高校生の頃は家でずっとゲームして過ごしてたからなぁ。社会人になってもそれは変わらず、まぁ変わったといえば、ゲームにアニメ鑑賞が加わったぐらいかな。もう20年近く見てなかった花火はとても綺麗に映ってた。
まひるちゃん…」
となりの団員2が突然、俺の肩に手をまわして、
「花火も綺麗だけど、まひるちゃんが一番綺麗だよ」
…。まさかこの台詞を本当にいう奴がリアルにいるとは。小説やアニメの世界だけかと思ってた。俺はどういう表情をしたらいいか解らなかった。多分、口をぽかんと半開きにして「こいつなに…?死ぬの?」って今にも言いたげな雰囲気になっていたと思う。とりあえず何か返さないと、マジでこいつは勘違いしてキスしてきそうだった。
「え?何?聞こえない〜」
まひるちゃんのほうが花火より、」
「え?まひるのほうが花火?ww」
「いや、違っw」
そう交わしているうちに、ようやく後ろから蹴りが飛んできて団員2を突き飛ばした。まったく手間掛けさせるんじゃねぇぞ。さっさと始末しとけ、そいつをwww
団員2がタコ殴りされてる間、俺は片山と一緒に花火が見たかったなぁ、などと考えていた。エロゲではヒロインと一緒に夏祭りいったら花火見ながら神社の境内の裏の林でセックスするのが定番じゃないか。花火に合わせて中だししちゃったりとかさ。どっかで立川達と見てるのかな〜…花火。
そうこうしてる間にも、実はこの花火の大音量の中で立川達と携帯で連絡とってたみたいで、待ち合わせの場所を確定させてそこで合流する事となった。ただ、時間も時間なのでそっからはただ帰るだけなのですが。
待ち合わせ場所は神社の階段を降りたところ。そこまでピンポイント指定されると出会うはずだな。案の定、向かった先には立川、穂坂、そして片山と他の女子が待っていた。しかしまぁ、よく片山(俺)は女子達と行動を共に出来るなぁ。高校生の時は話すことすら出来なかったのに、緊張したりストレスで食べ物が飲み込めなかったりしないのかね。
それから帰るとき、片山と家が同じ方向なので途中からは二人で帰った。なんか、片山は少し沈んだ表情をしてる…。やっぱり女子達と一緒にずっといるのは気を使ってしまって嫌だったのではないか?
「お祭りどうだった?」
とりあえず遠回しに状況を聞いてみる。
「あ、うん、花火が綺麗だったね。まひると一緒に見たかったよ」
「あたしも、同じこと考えてたw」
などと言うも、やっぱり沈んだ表情は変わらず。
「ねぇ、何かあったの?」
「いや…何も」
なんだろう?気になるなぁ…イジメられたとか…ってのは考え辛いか。立川も穂坂もそういうタイプじゃないし。
まひる、浴衣滅茶苦茶可愛いね…ってか、何でか服、少し肌蹴てるよw」
「え?」
あー、クソ。団員達が揉みくちゃにしやがったんだ。ずっとこういう状態だったのか…。胸の谷間見えてるしブラ紐も少し見えてた。なんというセクシーな格好なんだよ…。
「もう…お祭りの人混みは嫌い。服が滅茶苦茶…」
俺がそれを正そうとすると、
「いや、そのままwいいよ、凄い可愛い」
片山が俺の手をとって近くに抱き寄せる。片山の手が汗まみれの俺の浴衣に伸びてきて、そっと撫でる。ごくり、と生唾飲み込んだのは俺。その手を俺はとって、またいつもみたいに胸に押し当てる。けど、ブラ&浴衣の生地で胸に直接感触が伝わってこない。温度だけは伝わってくる。片山のほうにも柔らかい感触は伝わって来ないだろうなぁ。そして、周りに人がいないことを確認してから片山の肩に手をまわして抱きついた。ちゅっちゅ、と俺と片山はお互いの唇の柔らかい感触を楽しむ。口を離すと、涎が糸を引いてしまったので再びキスしてそれを舐めて綺麗にする。
まひる、もしかしてお酒飲んだ?」
「え?わかった?w」
「ちょっとお酒の味が…」
「そっかw」
「凄いな、普通、女の子ってお酒あんまし飲めないよ」
「まぁ…そうだね」
そういえば男の時はジュースみたいなものだったけど、今日もビール飲んだだけで酔っ払ったしなぁ。やっぱり女の身体はお酒には弱いのかな?
しばらくすると背後から人の声が聞こえた。誰か家族で家まで帰る途中なのだろう。そこでちゅっちゅし合うのは中断、で再び岐路に着く二人。やっぱりさっきの片山の台詞は気になる。何があったんだろ?
「ねぇ、あっくん。あたしにはほんとの事言ってよ。誰にも言わないから」
「ん〜…誰にも言わないでって言われたんだ」
「誰に?」
「その…穂坂とか立川と今後も仲良くしてくれるって言うなら」
え?何それ?
「う、うん…別に今でも仲は悪くはないけど…」
「実はさっき、穂坂に告白されたんだ」
「へ?」
「俺とまひるが付き合ってることは知ってるけど、気持ちだけは打ち明けたいって言われてさ。もちろん断ったよw俺はまひるの事が好きだから」
なんだろう、この気持ち。俺は記憶の中から、得に中学の頃からの記憶を全部洗い出していた。その中にある穂坂との記憶を。どこで俺と接点があるのか。でも穂坂は中学時代からどっちかっていうとクラスの目立つほうに居たから、俺なんか相手にもされてなかったと思ったのに。
「中学の頃から、ずっと俺の事好きだったらしい…けど、自分はデブだから相手にされないだろうって思ってて、それでもダイエットしていつか告白しようと思ってたみたいだよ。別に俺はそういうの悪いとは思わないんだけどさ、俺にはまひるが居るし」
いつか告白しようと思ってた?じゃあなんで30歳の俺の記憶には穂坂に告白されたストーリーが存在しないんだ?告白しようとして前回は何もしてねーじゃねーかよ…。俺はクラスの誰とも話しないし、恋人だって居ないのわかってるクセに、なんで告白出来なかったんだ?そして俺はこの台詞はあまり言いたくなかったのだが、片山の意見が聞きたいから言ってみた。30年、恋人も友達も居なかった俺でしか言えない台詞。
「どうして、告白したのかな?あたしとあっくんが付き合ってるの知ってて」
そう、前の俺の人生の中では告白はおろか、話しかけてくることさえなかった。なのに何で恋人がいる今回の片山の人生の中では告白するんだ?ほんとうに片山の事が好きなのか?単に恋路の邪魔をしたいだけじゃないのか?わからない、全然わからない。
「わかんないよ、でも、罰ゲームでもないみたいだし、冗談でもないみたいだった。本気だったよ」
「断ったら何て言ってた?」
片山はその俺の質問に即答はせず、少しためらってから、
「泣いてた」
泣いてた?泣いてたって?泣きたいのはこっちのほうだよ。穂坂が告白できてたら前回の人生では俺と穂坂がめでたくカップルになって童貞で30歳迎えることなんて無かったじゃないか!そりゃ確かに穂坂は今の俺に比べれば全然顔は普通だけど、スタイルだって…まぁ普通の女子高生って感じだけど、それでも友達も彼女もいない人生を歩んでた事は完全に改善されるじゃねーか。それに、30才で童貞じゃなけりゃ今みたいな事にもならなかったし…。
今みたいな事?もしかして、俺がいるから告白したのか?何で?
うつむいて考えてる俺を見て、心配になったのか片山は、
「穂坂を攻めないで、あいつ本気だったみたいだし、それに十分傷ついてるから」
十分傷ついたよ…俺も。
帰る途中、何度も考えてはみたけど穂坂が考えてる事なんてわからない。女の気持ちは男には理解できないだろうし、それに感情で物事を考えるのが女だから理論的に説明しようにも出来ないだろう。いつしか考えてもわからないから、考えるのを止めた。