28 守るべき人がいたから、くじけなかった

懐かしいな。
社会人になってから、自分の家に帰ったのは親父の葬式の時だけだった。その時は、誰も俺には言わなかったが、多分「お前は親父の葬式の時ぐらいしか家に帰らないんだな」って言おうと思ってたんじゃないかな。でもそれをもし誰かが俺に言ったのなら、言い返してやりたいよ。「家には俺の居場所なんてなかったんだ」って。居場所が無いなら居る必要なんてないだろ。
だから親父が死んでからはなおさら家には戻らなくなったな。お袋も妹も、俺を嫌ってた。俺もあいつらが嫌いだった。いや、俺のほうが先に嫌い始めてたのかな。お袋は親父をいつも金を稼ぐ道具としか思っていなかっただろうし、妹だって同じだ。まぁアイツは途中から馬鹿になって、色んな男と付き合ってたみたいだけど。今日、妹は『友達』の家に泊まりにいくだとか言ってるけどさ、本当は『彼氏』の家に泊まりにいくんだろ?判ってないと思ってるのかよ。
その頃は親父はまだ元気で、家の庭弄りなんてのを時々やっていた。それで綺麗に整備されてる、まぁ普通に小さな庭を横切って玄関に行く。普段は勝手口から入るんだけど、流石にこの家に来るのが始めての人が勝手口から入るわけにはいかないだろう。
そして玄関前で俺がチャイムを押そうとした時だった。
庭のほうからザッザッと音が聞こえた。片山が居たのかと思ったんだが、もしそうじゃなかったら?って凄い焦る。親父?親父なんでここにいるんだ?旅行じゃないのか?
「おと…」
一瞬、危うく『お父さん』って言いそうになった。まだ顔すら見た事の無いっていう設定の中でいきなり『お父さん』は無いだろうが。まるで結婚の話をしにきた男が初対面の彼女の父に対して『お父さん』って言うような感じじゃないか。ってか、旅行に言ってるんじゃなかったのかよ、片山〜!!と、俺は記憶の中をよびおこしてみると、そういや途中で忘れ物を取りに親父が戻ってくるんだった…。色々頭の中がごちゃごちゃで忘れてた。
「こんにちは…」
とりあえず挨拶すると、親父は、
「ああ、こんにちは、夏樹の友達?」
夏樹こと、片山夏樹は俺の妹だ。やはり片山亮の友達って事は頭に思い浮かばなかったか。そりゃそうだよな。普段は家でじっとしてる奴に彼女なんているとは思わないだろう。ってか、あのアニオタ部屋を見たら彼女は2次元の世界にいるって普通は思うだろうよ。でもここで「そうです。夏樹の友達です」って言ったら話がごちゃごちゃになるから、俺は堂々と
「亮君の友達です」
と言ってやった。
親父は一瞬驚いていた。それから少し顔がほころんで、「亮なら家にいるよ」と言った。こんな表情を見せるのか。俺も親父も、家じゃあずっとブスっとした表情なんだけどな。
親父は急いでるのか、そのまま庭を横切って道路のほうへと向かった。そういや家の少し離れた所にタクシーが停まってた気がする。忘れ物を取りに帰ってたのをそこで気付けば、ばったり出会わなくてもよかったのにな。でもまぁ、久しぶりに生きてる時の親父の顔を見れたのは嬉しかった。
片山は家にいるか。んじゃ、お構いなくチャイムを押してしまおう。ぴんぽーん。しばらくして足音が玄関に近づいてくる。いや、この足音、片山亮じゃないぞ。こんな軽い足音じゃあない。なんだよ、俺は自己紹介をしに家に着たんじゃないぞ。今度は妹じゃねぇか。
「はーい」
と言って、玄関の扉が開くと、中から出てきたのは妹。クソ憎たらしい妹である。アニメの世界では妹っていうとセックスをする対象の一つになっているのはいわずもがな、ただ、それはあくまで2次元の世界の話。実際に妹ってのは顔は見飽きてるし、セクシーだと目に映ったとしても欲求は沸かない。むしろ怒りすら覚えるはずだ。だから家に妹か姉が居ない男ってのは女にのめり込み安いし、騙されやすいのだ。
妹はかなり驚いていた。俺は片山亮の友達なんて一言も言ってない。だが、おそらく妹の高速な思考回路で『自分の友達ではない』=『勧誘の人でもない』=『お兄ちゃんの友達?』=『彼女』って高速変換されたのだと思う。そして驚いているところでさらに追い討ちをかけて言ってやるのだ。
「亮くんいますか?」
「あ、はい!」
妹が驚いてるのをみるのは爽快だった。けど、嫌な意味での驚きじゃなかったのが疑問に残る。まるですごく嬉しそうに驚いているのだ。俺は妹は嫌いだったし、向こうも俺の事を嫌っていた。嫌っている奴が彼女が出来ているのが判って嬉しいのだろうか?
俺なら嬉しくないね。妹に彼氏が出来た事にも、単純には喜べなかった。別に妹に嫉妬したわけじゃあないんだが…。まぁ正直言うと嫉妬してたのかな。昔は妹とはよく遊んでたのは話したけど、親戚の家に言って親が酒のんだりしてる間に妹と俺、それから親戚のガキ連中と遊ぶのが楽しかった。だから、そんな思いでも含めて、妹がどっかに行ってしまうって心のどこかで思ってたんだろうな。
妹が片山亮を呼びに言って、それからしばらくして片山がもうしわけなさそうに出てきた。何を考えてるのか判るよ。
「ごめん、妹、まだ友達の家に行ってなかったんだ、電話で知らせときゃよかった…」
妹と俺を会わせてしまった事について、申し訳ないって言ってるんだろう。そりゃ気分が悪くなるよな。どうせまた、妹は「オマエの友達が来てるよ!」って兄貴に向かって言ったんだろうし、そうなりゃほんとに申し訳ないってのは俺からも思うよ。
どうやらリビングの大画面テレビのほうからゲーム音がしてるから、もうやりこんでるんだろう。妹は妹で忙しそうに化粧をしている。そりゃ彼氏の家にお泊りだからさ、化粧もするわな。あからさまに怪しいじゃないか。
「んーん、別に気にしないで」
「えと、じゃあ、上がって。今ゲームやってるとこだから」
俺はリビングに案内されて、そこのソファにちょこんと座った。俺は久しぶりに来る家の内装、およそ10年前の家の内装などを拝見しながら、その視界の隅に妹を置いた。そのクソむかつく奴を見ていたかったわけじゃあない。ただ、妹が俺の事をちらちらと見るんだよな。興味深々の目でさ。思いっきり妹前でキスやらセックスやらをしてやろうかと思ったよ。
そしたらびっくりした事が起きた。妹の奴が今まで家に来たお客にお茶なんて出した事なかったのに、今そのクソ野郎は、人生で最初のお客へのお茶だしをしてやがるんだよ。クソ忌々しい奴。なんで猫かぶるんだ、こういう時に限って。なんか腹立ってきたぞ。
「どうぞ」
とお茶を出す妹。片山が驚いている。そう、言ってやれ、そこで一言、
「何オマエ猫かぶってるんだよw」
言った!ww言ったぞ!ザマァwww
「るせーな!かぶってねーよ!」
といつもの妹の口調に戻る。バレバレだってのw
「あ、まひる、こいつ、こういう奴なんでw」
「あ、どうも…ありがとう」
よし、『ドン引きした表情』で俺も言ってやったぜ。
猫かぶってるのがばれた妹は顔を赤くしながら退場。そして彼氏の家に泊まりにいく準備を続行し始める。なんかこういう気まずい表情になってる妹を見るのも楽しいな。普段の復讐みたいでさ。それで復讐ついでに俺はトイレに向かおうと思ったのだ。妹が俺(片山の彼女)とサシで居るときにどんな事を言うのか。どうせ兄貴の悪口でも言うんだろうさ。あんな奴の彼女にならないでとか、アニメばっかり見てるオタク野郎だとか、兄貴の部屋見る?ドン引きするよ!とかさ。
「ちょっと、おトイレ」
「あ、うん。ここでてから廊下突き当たりだよ」
「うん(知ってる)」
俺が廊下に出ると案の定、妹とばったりと会うことになった。さて、なんて言うか。
「あ」
妹の第一声。それから、
「あの」
ん?なんだこの緊張した声は?
「兄貴をよろしくお願いします!」
「え?」
俺はついつい「え?」って声に出して言ってしまった。あまりにも予想外の事を妹がいうもんだからだ。おいおい、猫かぶってるのは判ってるんだよ、何、いい妹ぶろうとしてるんだよ…。
「あいつ、キモいし、友達居ないし、アニオタだけど、すっごくいい奴なんです!すごく優しい奴なんです。だからアイツの事捨てないで。絶対、あなたの事、幸せにしてくれますから」
最初はコイツ何言い出すんだろうって思ってた。けれども、本当に妹は真剣な顔をしていた。つくり顔じゃない事は判る。家族の俺が、いつも見ていた妹だから判るんだ。でも…すごくいい奴?俺が?なんで?と、俺が頭に『?』のマークを増やしてたときは既に妹はまた部屋に戻ったり、化粧をしたりする作業に戻っていった。
何なんだ?どうして俺の事をそんなに真剣に考えてるの?馬鹿じゃないのか?オマエはオマエの事をしてりゃいいじゃねーか。何兄貴に気を使ってんだ。いつもは『オマエ』って俺の事を呼ぶくせに。判らない。全然判らない。これが女心って奴か?違うような気がする…。でも俺の心の中にあった妹像がどんどん崩れ去ってしまうのをずっと俺は感じていた。穂坂の時もそうだ。なんでみんな俺が思っていた事と違うんだ?小日向まひること、俺がこの世に来てから違ってきたのだろうか?
クソッ…。俺はずっと自分が嫌われてたと思ってたし、それに満足してた。それがどんどん音を立てて崩壊していく。まるでこれじゃあ、「俺の事を嫌っていた」って思ってた俺が悪いみたいじゃないか。
苛立ちと、それから悔しさ、それから悲しさ。そして少しだけの嬉しさが入り混じって、俺は自分の表情がどんなになってるのか判らなくなっていった。それから俺はリビングのソファに戻って、片山がゲームしてるのを見ていた。自己嫌悪な気分が一番大きかった。なんかソファに座っているのも嫌になった。片山の傍にいって、妹がまだ居るのにくっ付いた。
それは片山に対してじゃなくて、妹に対してのアピールなのかも知れない。特に俺は意識していなかったけど、多分、俺は『片山』と一緒にいるよ、ってのをアピールして妹を安心させてやろうとしたのかも知れない。つくづくクソみたいな妹思いだよな。
それを横目で妹は見て、嬉しそうにしていた。
いつしか、居なくなった。彼氏の家にでも行ったのだろう。
「やっと行ったか、あいつ」
片山が横目で妹が勝手口から出て行くのを見届けて言った。それから、
「さっきあいつ、なんて行ってた?」
「んー…お兄さんをよろしくって」
「え?…ふーん…」
しばらく片山のプレイを見ていた。そしたら突然、言い出す。
「妹の奴は昔はあんなんじゃなかったんだけどさ、中学頃から変わっちゃってさ」
中学頃とか、高校頃とか、人ってのはある節目節目で変わっていくものなのかな。確かに、変わってしまったと言ってしまえば誰しもその話に納得する。良くも悪くも人は変わるものなんだと。そして少し寂しそうに、「変わってしまった」と言ってしまう。そりゃぁ、ドラマなどではそんなシーンが頻繁にあるからそれとイメージを被らせて『人ってのは変わってしまうもの』だと受け入れるんだろう。でも、本当にそうなのか疑問が残っているのだ。変わっていない気がするのだ。ずっと。見た目や態度は変わっていても、本質的な部分はずっと同じなんじゃないのか。
もし、そうだとしたら。俺は30歳になると死んだのだ。その時、誰かが俺の為に泣いてくれたのかな?家族やクラスメートや…誰かが。
今までそんな事は考えた事がなかったなぁ。神様から俺が死んだ事を聞かされても、それ自体には驚いたけど、俺が死んだ事で世の中が変化するなんて無いって思ってたから。むしろ妹なんかは、俺の事をクソにも思ってないだろうからってんで、死んで清々したなんて思ってただろうと。そう俺は思ってたんだが、さっきの妹の態度を見たら…。なんだろう、兄貴が死んだって事を知ったら、『兄貴をお願いします』なんて言ってた妹が、どんな顔をするんだろうと…胸が苦しくなった。
「シュミレーションとかやったことある?大戦略やろうよ」
片山が俺に話し掛けてくる。
「え?うん」
大戦略かぁ。ハマったなぁ。データを裏技で改造してて、もちろん主人公はドイツで友軍のイタリアは日本製の兵器にしてたっけ?もし今でもそれが残ってたのなら、毎日やってたもんだけど、途中で飽きてハードごと捨てたんだっけ。
「俺がドイツで…まひるはイタリアね」
最初っからプレイするつもりらしい。確かに、俺はもし友達が居たとしたら、その友達がとても気の合う友達で大戦略なんかを二人で協力しながらプレイする事をどっかで望んでいたかもしれない。もうそんな僅かな記憶は忘れてしまったが。
1939年のポーランド進行から何故か既にイタリアとドイツは同盟を結んでいて(多分、その辺りもデータを弄ったんだと思う)ドイツの優秀な兵器と1945年製の日本の兵器がポーランドの子供のおもちゃのような兵器を鉄くずに変えていった。
まひる、めちゃくちゃうまいじゃん。シュミレーション」
「そう?」
そりゃそうだ。10年分の年季もあるしさ。
オランダ、デンマーク、それからノルウェー。地図をどんどん塗り替えていった。フランスは史実ではマジノ要塞は避けて進軍したんだが、片山がフランスを攻撃してる間に暇になった俺がマジノ要塞に集中爆撃をした。
「ひでえw」
などと片山が笑う横で、俺はどんどんマップ内からフランス国旗を消していった。一つでも残ってるとそれが目ざわりと言わんばかりに。そして撤退するフランス・イギリス両軍を陸からは片山が追い上げて、海では俺の日本海軍が潰す。逃げる奴を追い掛け回すほど面白い事はない。イギリスの輸送艦やら揚陸艦ドーバー海峡の海の藻屑と消えた。
二人は派手に暴れる時もあれば、したたかに守りにつくときもあった。史実では領地を拡大しすぎて補給が間に合わなくなっていたが、アフリカ戦線は諦めて大戦後半でも邪魔となるイギリスを徹底的に倒す事にした。戦局の最初の分かれ目となるバトルブリテンドーバー海峡の空にはドイツの空軍機と何故か日本の空軍機が飛び交った。まるでお互いの弱点を補強しあうかのような部隊構成。ドイツ空軍による爆撃と日本海軍による艦砲射撃でイギリス本土は焦土と化した。
そして対ソビエト戦が開戦。天候には何度も裏切られながらも着実に進んだ。決して進みすぎず、そして時々後退もしながら、補給路は断たせない。
そして1943年。史実なら同盟国のイタリアはここで裏切る形となる。
でも俺は片山の味方だった。二人はまだ戦っていた。
どんどん歴史を塗り替えていった。
それでも歴史ってのは重く圧し掛かってくるのだ。ノルマンディの戦いではイギリス軍こそいないものの、物量だけは多いアメリカの軍隊が次から次へと陸に上がってくる。経験値を積んでいた日本海軍も撤退と進軍を繰り返した。俺を守るために片山が大事な空軍を決死の戦火の中に送る事もあった。
歴史は俺達二人に、負けろと言っているようだった。
でも俺達二人は負けなかった。
多分、このゲームをプレイしていて後半は精神的に追い詰められていくのだろう。倒しても倒しても無限とも思えるほどに沸いてくる連合軍の部隊がプレーヤーをウンザリさせるのだ。そして途中で「勝てるわけねーだろw」とコントローラを放り投げるか、「飽きた」と言ってリセットボタンを押すかのどっちかなのだ。
それをしないから勝てる。俺達はお互いが苦しさの中で戦っている事でお互いの精神的な部分を克服していたのだろうと思う。一人なら負けていたのだ。けれど、一人じゃあない。お互いが守るべきものであって、それがいるから戦える。
そして大量の犠牲を払いながらも、ノルマンディ上陸作戦を阻止した。
それからは、アメリカ本土攻撃と、アフリカのイギリス残存部隊を徹底的に潰す。ドイツと何故か日本軍兵器で武装したイタリアは世界の覇者となった。
何度もプレイしたゲームだったけど、こんなに楽しかったのは今までに無かった。エンディングを迎えるとなんだか少しだけ感動した。そして悲しくなった。
世界一気のあう二人が、あと少しで離れ離れになる。永遠に。