5 あなたの街のよろずやさん

今日は久しぶりに日雇いのお仕事をして、お仕事をした後のラーメンは美味しいなぁとか思いながら屋台のとんこつラーメンに舌を躍らせて、程よく心地いい疲れを身体に充満させながらボロアパートに戻ってきたんだよ。
そしたら相変わらず夜もクリさんの部屋のドアは開いていて、中からアニメっぽいキャラの声が聞こえたんだ。たぶんぶーちゃんが居るんだろうと思って僕は部屋を覗いてみる事にした。そしたら確かにそこにはぶーちゃんがいて、いつもみたいに今日の夕方に録画してたアニメを見てるんだよね。ちょうどご飯の時間なのか、クリさんは台所で何かを作ってるみたい。
なんかそういう時は少し嫌な気分になる。
自分は屋台でとんこつラーメンでも食べて満足なんだけど、家に帰ってみると誰かがみすぼらしい料理を作っているという事がね。他人の家にあがりこんで料理をしてるのを見て、勝手に「みすぼらしい」なんて言うなんて最悪だなんて思われるかもしれないけど、本当にクリさんの料理はみすぼらしくて、ただ、栄養がある何かをまるで電池でも交換するみたいに淡々と口に放り込むんだよ。味なんてあったもんじゃあないしさ。
ただ、お金があるのなら出前でも弁当でも、外食するんだっていいし、料理が出来ないのならそれぐらいしてもいいんじゃないかって思うんだよね。
「こんばんは〜クリさんは夕ご飯作ってるの?」
と、とりあえず聞いてみると。
「ああ。作っている。今日はそうめんだ」
「え?またそうめん…?」
「まだそうめんが残っているんでな」
「毎日そうめんで飽きないの?」
「金がない」
うあぁ…よく見ると、そうめんの汁がどこにもないんだよね。また水とそうめんだけを食べるのか…。食べるっていう言い方が悪いのかな。体内に取り込む、って言うほうがしっくりくるかも?それにしても、ちょっと前に大金が入ったと思ってたんだけど、もう無くなっちゃったのかな。
「クリさん、ちょっと前に100万ぐらいあったじゃん。あれどうしたの?」
「使った」
「何買ったの?」
クリさんは黙って部屋の隅に置いてある黒の四角い箱を指差した。あぁ、量子計算をする機械かぁ。いったい何台買えば目的が果たせるのかな…。何の目的かは知らないけど。
「そろそろ金を稼がないとな」
「え〜…また泥棒とかするの?」
「それが一番手っ取り早い」
「そんな事したら警察に捕まるよ?」
「犯罪をしたら警察に捕まるというのは、道路を歩いていたら車に轢かれると同じ事だ。轢かれるからといって歩かなければ目的も達成できない」
「いや、真面目に働こうよ…」
「働く?」
「クリさんの技術や役に立つと思うけどなぁ〜」
「ふむ。しかし、私は事情があって堂々と名乗って雇われるわけにはいかないのだよ」
まぁそりゃ、色々と悪い事をしてるんだろうしね…。
「じゃあさ、お店を開くとかは?」
「店?店は開いた事はないが、データなら売り歩いているぞ。高い金になる」
「それ売ったらダメなデータじゃん…。もっとさ、警察とかにお世話にならないような、健全な仕事だよ。誰かが喜んでくれるような、健全な仕事。う〜ん…そうだなぁ、何でも屋さんとか?」
「何でも屋?何でも売るほど仕入れていないが」
「いや、お客さんから依頼があったら、お手伝いをして報酬を貰うんだよ」
「ほう」
「面白そうでしょ?」
「ふむ。興味深いな。やってみるか」
こうしてクリさんの何でも屋、よろずやクリさんのお店が開店となった。今まで甘い蜜を沢山吸ってきたクリさんからしてみたら、報酬は…どうだろう。微々たるものかも知れないけど、健全にお金を稼ぐ事が出来るのなら、その経験を積むのも悪くないんじゃないかな?そもそも、そうめんを毎日毎日、汁なしで食べてる人だから、なんとなくだけど、甘い蜜ってのも判ってないような気がしたんだよね。
クリさんが開いたよろずやってのは探偵だとか飼い猫を探したりだとか掃除のお手伝いをしたりとかいうよろずやとは違って、コンピュータだとかネット関係のよろずやね。部屋から外に出歩く事が頻繁にはないクリさんには向いてると思ったんだよ。
ちなみに、よろずやなんてのが頭に浮かんだのは、僕が以前そんな感じの仕事をしてた事があるからなのだ。前にも話したけどコンピュータ技術者の免許を持ってるので、依頼されたソフトを作ったりだとか、どっかの会社が作ってほうったらかしにしたシステムの保守だとか、時にはウイルスに感染されたデータの復旧とかワクチンの開発だとか。個人で請け負ってるから儲けは結構出るんだよね。けど、喜んで仕事を沢山請けちゃうと自分の時間が無くなっちゃうからその辺りは難しいんだけどね。

それから数日後、その日もいつものようにクリさんの部屋に行ったわけだけど、そこでは珍しくクリさんが出かける準備をしているのを見た。
「どっかいくの?」
「何でも屋の仕事が入った」
「おぉ〜」
僕は少し興味本位で、クリさんとお仕事に出かける事にしたのだ。例えば少し手伝える事があるのなら、お力になろうかと思ったりもして。言いだしっぺは僕だしね。
電気街の喫茶店でクリさんとテーブル席にどっかりと座ってお客さんを待つ。でも何でも屋っていうのはクリさんの家が事務所なんだから、どうして外で待ち合わせになったのか気になるなぁ。
「今日来る人ってどんな人?」
「知らん」
「ネットから予約が入ったの?」
「私の商売仲間から紹介された。私の腕を見込んで頼みたい事があるそうだ」
「へぇ〜…」
しばらく待っていると男が店内に入ってきた。
その男っていうのが明らかに普通と違っていて、ほぼ全身に汗をかいていて、目の周りにはクマが出来てる。そんでいて、顔は痩せこけていて、歯がガタガタ?ボロボロ?とにかく、なんか不健康そうで何かの病気?って思ったほどだ。その男、クリさんの顔を見ると近寄ってきてさ、テーブルに座るんだよ。これがお客さん?キモいなぁ…。
「クマ夫さんかな?」
クリさんが、その男に向かってそう言った。何、クマ夫さんって?明らかに身体中から脂肪らしきものがないし、筋肉もついてないし、クマ夫っていう名前は不釣合いなんだけど…。いや、名前の事は別にしても、なんでクマ夫って呼んでるの?
「ああ。ああ、ああ、アンタがく、クリトさんか?」
「ああ。そうだ」
いや、クリトって、ヤバイから…。なんでそっちの方面の名前に変わってるのかな。
「あああ、ああ、アンタしか頼れそうな、ひ、ひと、人がいなくてさ」
なんかぶーちゃんみたいな話し方をする人だなぁ。でもぶーちゃんは台詞だけがどもるのに対して、この人は身体が不規則にぶるぶる震えてる。よっぽど怖い事があったのかな?
「で、用件とは?」
「あああ、ああああ、預かって欲しいものがあってさ、こ、ここ、これだよ」
それからカタカタカタカタカタって音がしてその男がテーブルの上に置いたのは一枚のデータディスク。結構使い古されてて、規格も古いものだったと思う。10年ぐらい前の規格のデータディスクかなぁ。ラベルが貼ってあって、そこにマジックで何か書いてあるんだけど、色褪せてるし、字も汚くて、読みづらいなぁ。なんて書いてあるんだ?顧客データ?
「で、これをこちらが持っておくだけでいいのか?」
「ああ。も、ももも持っておくだけ。た、ただし、他のだだだだ誰にもわ渡さないでくれ。た、たたた、た大切なデータなんだ」
「それで、いつまで持っておけばいい?」
「そ、そ、そうだな…1週間。1週間だ。1週間後に、と、と、取りにいくからさ」
「わかった。それで…料金なんだが、」
と、クリさんは僕にみみうちして、「いったいいくらぐらいがいいのか?」なんて聞くんだよ。ただデータディスクを持ってればいいって、なんて簡単な仕事なんだ。これでお金を沢山とるのは気が引けるなぁ。こういう預け物とかはデパートだと無料で預かってくれるし、それにロッカーに預けたとしてもせいぜい高くても300円ぐらいだし。いくら取るべきなのかな。
ん〜…そうだなぁ。
「1000円ぐらい?」
「うむ。1000円か。では1000円頂こう。先払いだ」
「せ、せ、せ、1000円?いいのか?す、すまんな」
男は財布から1000円を出してから、そのデータディスクをカタカタカタカタカタカタカタカタと震える手で僕達に手渡した。そしてその男はふらふらとした足取りで喫茶店を出て行ったんだよ。途中で扱けそうになったから、危なかしくてみていられないほどにだよ。ほんと、彼はどっかで酒でも飲んでからこっちに来たのかな?
それから僕とクリさんは家に帰ってから、かねてから気になっていたデータディスクの中身を確認してみることにしたんだ。預かってくれっていうぐらいだから、人に見られてはならないデータでも入っているのかと思ったよ。本当は僕もクリさんも商売でやってるんだから、お客さんの持ち物の中身を確認するなんてしちゃいけない事なんだけど、クリさんはともかくとして、僕もそれを止めなかった。
でも期待して損しちゃったよ。
顧客データだとかのラベルが貼ってあったから、まさか顧客データじゃないよね?って一番つまんない想像をしてたんだけどさ、やっぱり顧客データだった。名前やら住所やらが記載されてて、その隣には数値が並んでいる。何コレつまんないの。もっとえぐいものが入っているのかと思ったよ。例えば人が処刑されるシーンとか、幽霊が映ってる映像だとか…。
「ふむ。顧客データが記述してあるが…これは特徴がある顧客データだな」
「特徴?」
「見覚えがある名前ばかりじゃないか?」
「ん〜…」
ディスプレに写しだされた名前を見ていて、なんとなくだけどどっかで見た事のある名前が並んでいるような気がする。これって、もしかして…?芸能人の本名?
「もしかして、芸能人の、」
「そうだな。芸能人の本名が並んでいる。あと、これは警視総監だな」
「へぇ〜。クリさんよく知ってるね。ねえ、これってさ。顧客リストだよね。何の顧客リストかな?」
「何の顧客リストなのか判らないようにしてあるな。この数字だとかは普通にみても意味がわからない羅列だが、例えばこの真ん中の列の数値をグラムとして、隣の数値に一万を掛けると…」
「1グラムで10万?高いなぁ…宝石か何かかな?」
「わからんな。これだけの有名人が揃いも揃って買っているものだ。宝石だとしたら趣味が別れるだろうから、違うだろうな。誰でも楽しめるものだろう」
「誰でも楽しめるもの、ねぇ…」
そんなよくわかんない数値の羅列を見てても眠くなるだけでさ、結局その日は、たまたま来てたぶーちゃんが見てたアニメをみんなで揃ってみて終わった。

そんな日の後、数日過ぎてから僕はとんでもない事を経験したんだよ。その日も昼頃に起きてさ、ベッドの中で柔らかい布団の感触を楽しんでいたんだけどね、ちょっとテレビでも見てみようと思ってさ、電脳からテレビにアクセスしてさ、その時に最初に映ってたのは、多分ニュース番組だったと思う。そこに映ってた顔やら映像にびっくりしたんだよ。
そう、あの日、僕とクリさんが喫茶店で会った男がニュースに映ってた。アパートで自殺。数日間死体は放置された。って。どういう事?どういう事なの?その人はさ、僕とクリさんに『依頼』をしたんだよ。依頼はまだ終わってないのに、自殺?どういう事なの?
僕はパジャマのまま、クリさんの部屋に向かった。
「クリさん、クリさん!ニュース見てる?」
「ああ」
「どういう事なのかな?全然わかんないよ」
「ふむ」
クリさんは数日前もそうしてたように、例の顧客リストを眺めていた。そこに並んでいる芸能人やら警察関係者、仲には軍の関係者もいるけど、それらを何か別のものと見比べながら。
「あれから顧客リストとネットに転がっている噂をマッチングしてみたんだが、どうも麻薬がらみの噂とあの顧客リストが9割一致している」
「え?!」
「あくまで推測だが、あの顧客リストは麻薬の売買に使われていた可能性が高いな」
「ヤバイじゃん!警察に行こうよ!」
「警察?それはお勧めできないな。リストの中に警察関係者の名前もある」
「えと、つまり?」
「このリストの存在を知ったものは消される。特に警察にな」
何?何がなんだかわかんないよ!!警察に消される?何も悪い事してないよ?ってか警察は逮捕するもので消したりはしないし。意味わかんないよ。とにかく、僕は前に喫茶店であった男がガタガタガタガタガタガタガタガタと震えていた理由がわかった気がした。一つは麻薬の作用。もう一つは…殺されるって恐怖から?ヤバイじゃん!
「このリストは、凄まじい価値を産み出しそうだな」
「いや、死ぬよ!こんなの持ってたら」
「人はいつかは死ぬ」
「いや、そんな哲学的な事言われたって」
「どうやって死ぬかじゃなく、死ぬまでのどれだけの満足いくことをしたかだ」
「いや、だから…」
「ナオも私もそうだが、気付かないだけで死を回避する能力を身に着けているのだ。どんと構えていればいい。なにより、このリストの持ち主は死んだ。そしてこのリストの価値を我々は知っている。あとはほんの少しの欲求と勇気があれば、自らの心が道を拓いてくれる」
「聞いちゃいないな」
警察がヤバイんだったら誰なら助けてくれるのかな?警察よりも権力が強いって言ったら、軍だけど…たしか軍の関係者もこのリストに入ってるんだよね。でもなんでリストに入ってるのは有名な人とかばかりなのかな?麻薬をやってるのって別にそういう人達ばかりじゃないはずなのに。
そうこうしてる間にもクリさんは考えたり頷いたりしてリストを眺めている。
「どうすれば助かるか判った?」
「ん?いや、どうすれば儲かるかを考えてた」
「…」
「このリストの中で一番強いのは誰かわかるか?」
「ん〜…警察、それから軍かな」
「では、それらに対抗できる権力を持っているのは誰か判るか?」
「え?それよりも権力が上?え〜っと…なぞなぞなの?それじゃあ…総理大臣」
「正解は『国民』だ。総理大臣というのもあながち間違ってはいないが、今の日本では総理大臣は国民の言葉を代弁するだけの存在だからな」
「これをネットにばら撒いたりとか、マスコミに出すとかすると、私達が助かるって事?」
「そうだな。リストが様々な人々の目にとまれば、それはリストを隠し通そうとする彼らの負けを意味する。しかし、ばら撒いてしまう事で重要な問題が起きる」
「な、何?」
「金が手に入らない」
「え〜…そこなの?」
「金を手に入れるには、このリスト内にいる金を持ってそうな奴にコンタクトを取り、リストと交換条件で金を手に入れる。しかし奴等も強請(ゆすり)・集り(たかり)には腹を立てるだろうし、秘密を知る我々を生かしては置かないだろう。例の依頼者の如く、自殺した事にされて殺される」
「じゃあ、ダメじゃん」
「取引はリモート制御のサイボーグで行おう。サイボーグを数体私が用意できる。武装付きでな。私もナオもリモート制御するなど造作も無いだろう?」
「そりゃまぁ…。ってか、サイボーグなんて準備できるの?クリさんって一体何者なの?」
「人は自分が何者かなぞ、わからないまま死んで行くものだ」
「いや…そういう事じゃなくて。てかさ、お金を手に入れたとしても、そこから足がつくんじゃないの?銀行に振り込んだら警察なら簡単に個人を特定できるしさ」
「海外の口座に送ってもらう。そこからマネーロンダリングして、足がつかないよう綺麗なお金に変えるのだ。時間を掛けてゆっくり、少しずつ」
うわぁ…。なんて悪い人なんだ。
というわけで…なんか大変な事に巻き込まれちゃった。クリさんの周りにはなんでこんな危険な事が集まってくるのかね。何でも屋なんて勧めたのは悪かったかも。いつしか殺しの依頼とかもきそうじゃん…。

それから数日間、僕がクリさんから声を掛けられるまでの間はいてもたってもいられない、まさに不安の日々を過ごしたよ。
まず家の周りを気にするようになったし。例えば刑事ドラマとかで家の周りに張り込みっているじゃん?あんな感じの車があって、それで中にはコーヒーとかサンドウィッチを買い込んでたりしないかとかさ。車は無かったけどね。網本が時々、車庫にいれずに路上駐車したりするぐらいでさ。
それから一番びっくりしたのは、例のお客さんと会った喫茶店に行ってみたんだけど、なんか刑事っぽい格好の奴が店長らしき人と話をしてから奥の部屋に消えたんだ。慌てて僕はクリさんに連絡したよ。刑事っぽい格好の奴が監視カメラに映っている映像を確認して、僕とクリさんが例の男と会っている事がバレるかもしれない!ってさ。そしたらクリさん「監視カメラの映像なら最初から録画してないように細工した」とか…。アンタ、凄いよ…。
まぁ、それで僕はようやくその不安から開放される時がきたわけなんだけど。クリさんが僕の部屋に来て、サイボーグの準備が出来たから、と言ってきたのだ。
部屋には2体の女性のサイボーグが素っ裸で置いてあった。身体は僕とクリさんの実際の身体よりも大きめ。150センチぐらい?それらの服を着せて、必要になる時があるかもしれないからと、太ももにはアーミーナイフ、ふところにはハンドガンを忍ばせた。
「今から数日間、私とナオが取引を無事終えるまでの間はこのサイボーグをリモートで制御して過ごす。ホテルは街中のビジネスホテルだ」
「それで、えと…取引相手って誰?」
「鳩羽重機の鳩羽直秀社長だよ」
「誰それ?」
「どっかの金持ちだ」
「あ〜…リストの中で一番お金を持ってそうな人を狙っただけか」
「うむ。では早速、行動に移るとしようか」
僕とクリさんは部屋にそのまま残り、リモート制御されたサイボーグはクリさんの部屋から出て行く。そこから意識は全てリモート制御のサイボーグ下にある。
僕とクリさんはそのまま都心にある喫茶店へと向かった。3時間掛けて。実はこの喫茶店を選んだのも理由がある。鳩羽社長が10分以内に来れる場所なんだよね。警察よりも到着が早い、ってのを見込んでる。
普通に歩いている時もやっぱり何か今日は雰囲気が違うっていうか、リモート制御のサイボーグだからなのかな?隣には知らない女性(同じくリモート制御のクリさんのサイボーグ)がいるからかも。二人は普通にスーツを着てて、顔が判らないようにとサングラスをしてる。ちなみに、さっきサイボーグの電脳に市街戦闘(銃撃戦)のプログラムをインストールしてるし、もしもの時の為だとかクリさんは言ってるけど、僕は警察と銃撃戦になるのは嫌なんだからね。
テーブルについてからすぐにクリさんは電話を掛けた。
「鳩羽社長はいるか?」
「アポイントメント?すぐに出せ。クスリの件で話があると言え」
なんか秘書らしき人が出たのかな、アポ無しで断られてるみたい。それでしばらくは間があって、今度は秘書じゃなくて社長が出たみたい。
「用件を言おう。アンタや他の顧客が載ってるリストを預かってる。1億用意して10分後に『アズー』という喫茶店へ持ってこい。1分でも遅れたらコピーしてあるリストを警察と麻取りとマスコミにばら撒くぞ。それと警察が店の周辺に現れても同様だ」
言いたい事だけ言うと、相手の反応を待たずに電話を切ったクリさん。これも相手に考えたり他の人と相談する時間を与えない為の作戦らしい…。実際に『10分』っていうのは鳩羽社長が1億を用意して走って喫茶店に来てちょうどの時間なんだ。ちなみに、すぐに用意出来るというのが事前に調べてある。びっくりだよね、現ナマのお金を1億ほど持ってるんだもの。そしてそれ自体が怪しかった。悪い事にお金を使うときはなるべく証拠が残らないようにする時に現ナマのお金を使うんだ。
それにしても、本当に例の顧客リストをばら撒く準備が出来てるのかな?そりゃまぁ確かに、僕とクリさんの行動には今のところ何かのリスクがあるわけじゃあない。例えば金が万が一貰えなかったとしても痛くも痒くも無い。そして、それが相手に伝わっていればクリさんが言うように今回の作戦が成功する…らしい。
それから本当に10分してから鳩羽社長らしき人、つまり、急いで走ってきて汗びっしょりで1億円が入ってそうなケースを2、3個持ってるスーツ姿の人が店内に入ってきたんだ。となりには秘書らしき人?いや、弁護士かな。そんなのが一人いる。
クリさんはサングラスを少しずらしてじっと社長を睨み、そして
「時間ぴったりだな。あと少しでリストをばら撒いてやるところだったのに残念だ。私は貴様にとっては悪党かもしれんが、約束は守る切実な悪党だ」
その社長さんはご老体にムチを打って、ぜぇぜぇと言いながらテーブルになだれ込むように座って、クリさんと同じく睨んできた。
「はぁ、はぁ…リストを見せてくれ」
「どうぞ」
社長さんは震える手でデータディスクを受け取ると、弁護士さんが持ってたPADに接続し中身を見た。それから明らかに顔が赤くなって、多分怒ってたんだと思うけど、
「クソッ…やはり他に渡ってたのか!!誰から手に入れた?」
と怒鳴った。
「それは貴方がよく知る人物では?」
「さっきコピーしたと言っていたが、約束を守ってくれるんだろうな?1億だぞ、1億払ってる!」
「何度も言わせるな。切実がとりえなんだ」
それからクリさんは目で「そろそろ行く」と合図して、僕とクリさんは喫茶店を出た。1億がなんでこうもあっさり手に入るのか、よくわかんない世の中だ。でもこれからが大変なんだ。それは僕とクリさんが席を立つ時に社長さんがボソっと言った言葉が物語っていた。そう、小さく「お前ら消されるぞ」と言ったんだ。ゾクッとしたね。リモート制御のサイボーグでも背筋がゾクゾクするもんなんだよね。1億円払った人が言う言葉は重い。滅茶苦茶重い。
「ナオ、わかっているな?これからが山場だ」
「うん、このお金を分割して銀行に送金するんだよね」

その日、銀行が営業している時間をフルにつかってお金をどんどん送金していった。1億円を細かく、それこそ10万円ぐらいの単位で海外の銀行へと送金していく。色んな銀行を回って、そこからさらに海外の色んな銀行へと送金していく。送金の手続きはネット上のAIがやってくれるんだけど、実際にお金を入れるのは僕とクリさんが手でやってたんだ。
ずっとやってた気がするけど、まだ半分にも満たしてない。
どこの銀行も夕方には閉まって、後はビジネスホテルへと向かった。僕とクリさんは夕食を終えてから(遠隔操作のサイボーグでもいちおう夕食は採ってる。そのほうが自然だからね)部屋で二人でテレビでも見てたんだ。一応ニュースで僕たちの事をやってないかとか色々と。でもね、不気味なほどに何もなかったよ。絶対にいま警察だとかフル稼働で動いているんだよ。秘密を握る僕とクリさんはどこだ!って感じにね。
「連中はリストが発覚した事で動き回ってるだろう」
「僕とクリさんを探し回ってるの?」
「それもあるが、証拠隠しをしてる。クスリのな」
「えと、つまり…証拠隠しが終われば、仮にあのリストが公表されて警察が捜査したとしても何も出てこないって事?」
「そういう事になるな」
「あの社長さんは1億円を持ってくるまでに証拠隠しが出来ないって判断したんだね」
「時間の猶予は与えなかったし、考える余地も無かったしな。だが、証拠隠しが終わってからが大変だ。連中はその証拠隠しの一つとして、我々を消すだろう」
「え!ヤバイじゃん!」
「我々が出来る事は、それまでの間にどれだけ多くの金を海外へと送金できるかだ」
「いや、金とか言ってる場合じゃないじゃん!」
「その為のリモート制御のサイボーグだ」
あ、そうか…。
それから、僕とクリさんは眠りについた。一旦リモート接続を解除して休憩してるだけなんだけどね。と、その時。クリさんが再びリモート接続をしたんだ。「来客だ」って言ってね。来客?
僕とクリさんがホテルのベッドから起き上がると、部屋の扉をコンコンと強めに叩く音が聞こえるんだ。どう考えてもホテルの従業員じゃない。しかも深夜0時過ぎてたし。で、クリさんが用心にと外に設置した監視カメラ(超小型の目立たない奴ね)の映像を見たんだ。ガラが悪そうなスーツの男が3人。で、映像を拡大するとふところにハンドガンが…。超ヤバイ、空気が張り詰める。
「こういう時は先手必勝だな」
「は?何をす、」
クリさんはドア目掛けてハンドガンを連射した。サイレンサー付きのハンドガンからプスップスッって音がして、ドアに穴が開いた。監視カメラのモニターに映るのは3人の男が血を撒き散らしながら倒れる様子。
「マジで?!」
と僕は怒鳴った。そりゃそうだよ、いきなり先制攻撃だし。
「大マジだ」
「人殺しちゃダメじゃん!」
「ガラが悪そうだし、頭も悪そうだったしな。それに銃も持ってる」
「いや、理由が弱すぎるよ!」
「こいつらは多分、ヤクザか何かだろう。ホテルの外にもいるぞ」
「え?どういう?」
「襲撃だ。もうヤクの始末をつけたんだ。我々を殺しに来たらしい」
「げげ〜ッ…」
クリさんがさっき言ったのはホテルの外に仲間がいる、って事だけど、まさかもう廊下にその仲間が現れるとは思わなかった。クリさんが殺した3人の仲間らしきのがエレベータの到着する音と共に廊下に出てきた。そして彼らの仲間が3人分の死体になってるのを見て、今度は明らかに銃器って思えるマシンガンを取り出して撃ちまくってきた!
とっさに壁に寄って銃撃をかわすクリさん、そして僕のほうは部屋のほうに避けた。こうなりゃしょうがない、応戦するしかないや。僕の放った銃弾がガタイのデカイ男の頭を撃ちぬいた。さすがは戦闘プログラムをインストールしただけはあるよ、命中率抜群。クリさんは隣でマシンガンを撃ちまくってた小柄な男が、マガジンを交換するためにいったん銃撃を止めた時に蜂の巣にした。
「警察の無線を傍受した。1分後にホテル前に来るぞ」
「早いね、やっぱり警察もグルなんだね」
「よし、こいつらの車で逃げよう」
現金の入ったケースを僕が、そしてクリさんはどこから持ってきたのか部屋のクロークの中からチェインガンともう一つは…なんか筒状の何かを取り出してきた。
「何それ、戦争でも始めるの?」
「警察相手ではこれぐらいの火力が無ければな」
エレベーターで地下駐車場へと出た僕とクリさんは、そこにまだ警察が来ていない事を確認してヤクザの乗ってきてた車を拝借した。僕が運転席へ、クリさんは助手席。免許は持ってるのかって?戦闘プログラムの中に運転技術も入ってた。んで、駐車場から猛スピードで出る僕たちが乗る車。見れば、ホテル前にパトカーが5、6台停まっている。
「ふむ。無線をまた傍受した。どうも奇襲が失敗した場合はヤクザの闘争という事で片付けるようだな。我々は今ヤクザという事になっている」
「むぅぅ…」
結局、殺す為の理由をどんどん付け足してるだけのような気がした。あの追い掛け回してくるパトカーに乗ってる人は自分達が何を追いかけてるのか知ってるのかな?一般市民だよ、『いっぱんしみん』!なんていう権力の横暴なんだよ!もう怒ったぞ。
僕は凄まじい(といっても戦闘プログラムに入ってる)ドライビングテクニックで深夜の首都高を爆走した。クリさんは助手席を後に倒して振り返ると、さっき持ってきてたチェーンガンをパトカーに向かって撃ちまくってる。後部の窓ガラスは割れて吹き飛んで、その向こうからは蜂の巣状態になったパトカーが見える。一回転して停まるパトカー。それらを避けようとして反対車線に飛び出すパトカー。まさにパトカーのサーカス。
向こうも反撃をしないわけじゃあない。ハンドガンで応戦してくるんだけど、当たるわけないじゃんか。って思ってたらバンッという音と共に天井に穴が開いた。ハンドガンの銃痕じゃない。おもいっきし対戦車ライフルの穴だよ。クリさんが大股開いてチェインガン撃ちまくってた、ちょうど股のところに大きな穴が出来て、地面が見える。
「クリさん!攻撃されてるよ!」
「ヘリから撃たれた」
そう言う先からチェインガンを投げ捨てて、筒状の武器を空に向けて狙いを定める。それって、ミサイル?一瞬、車の中が真っ赤に光ってそれから煙が充満してくる。天窓も後部も開きっぱなしだからその煙はすぐになくなったけど、ミラーで後方を確認してみたら、赤い光が一直線に夜空に向かってあがっていく。綺麗な花火だなぁーって思ってたら、ボンッって音と共に一瞬鼓膜に空気が凄い圧力で流れ込んでくる。もしサイボーグじゃなかったら鼓膜破れてるって、そんな感じで。しかも車のガラスに一気に白く破片が降り注ぐんだよ。しばらくしてからヘリがゆっくりと首都高よりも低い位置まで下りてきて中央分離帯に足から突っ込んでいった。ヘリの反重力コイルが見えたから、どう考えても綺麗に空を飛んでいる姿勢じゃない。姿勢制御できなくてもう脱出しなきゃダメ状態だよ。
「うるさいハエは撃ち落した」
「クリさん!どこへ向かえばいいの?」
「いま地図を送る」
クリさんが電脳通信で目的地周辺のマップを送った。そこは港の倉庫の一つ。でもこいつらを振り切らないと。倉庫前まで引き連れてしまう事になっちゃう。

結局、僕とクリさんはそのまましつこく追い続ける警察の車を振り切る事が出来ず、弾も尽きて、目的地の倉庫前に到着した。何台かは始末したけど…。なんでか次から次へと来るんだよね。何を必死に追ってきてるのやら。君達には本当の敵が何かわかってないよ!
倉庫についてからすぐに警察がマイクで「投降しなさい!」「君達は包囲されている!」って叫んでいやがる。クリさんは時々窓から顔を出しては、空で激しく音を立ててるヘリに向かって中指を立てたり、舌を出したりして挑発してる。そしたらまたあの「バンッ!」って音と共に屋根に穴が開いて、クリさんの傍に大きな穴が開いたんだよ。また怒らせちゃうぞ、クリさんを。すぐさま例のミサイルランチャーを空に向けると、ミサイルを発射。今度は避けようとヘリは宙を泳ぐけど、避けれるはずないでしょ。完全追尾型なんだから。一瞬、空が真っ赤になったかと思うと、爆風で倉庫がガタガタと揺れた。海に向かって墜落していくヘリ。ったく、学習能力がないなぁ。
僕も負けじと機関砲で応戦した。パトカーは柔らかいから紙みたいに壊してやったんだけど、装甲車・多脚戦車まで出てくると、装甲が分厚いので機関砲が効かなくなった。
「クリさん!ヤバイのがいっぱい来たよ!」
「ふむ。軍にまで支援を出しているとは想定外だな」
「どうする?」
「一応、自爆用のTNT火薬をセットしてる」
「え、じゃあ、そろそろ自爆するの?」
「いや、一応弾切れまで応戦しようかと」
「でも、あの多脚戦車、全然弾が通らないよ」
「ふむ」
って、クリさんが言った瞬間。僕の胸あたりに衝撃が走った。
ヤバイ、撃たれた!って思ったら、部屋、つまりはボロアパートのクリさんの部屋でベッドから起き上がる僕。ディスプレイからはニュースキャスターっぽい声で「今一人撃たれました!テロリストが一人撃たれました!」って声が。テロリストかよ!
ぶーちゃんは普段ならこの時間はテレビを見てるんだけど、珍しくニュースを見てた。映像に映ってるのは、やっぱし僕とクリさんが銃撃戦してた例の倉庫なんだよ。
「す、す、すごいね。テロだってさ」
ぶーちゃんは手に持ったポテトチップスを反対側の油まみれの手で掴んでは口にポイポイと放り込んで、その行為の最中でもニュース映像が出てる画面からは目を離さずに言った。
「テロかぁ…物騒な世の中になったもんだねぇ」
なんて誤魔化しながら、となりでまだ寝てる(リモート接続してる)クリさんを見た。
すやすやと寝てるみたいだ。
「おい!軍がクーデター起こしたそうじゃないか!」
部屋にドカドカと入ってくるのは網本。なんで話をどんどん大きくするかなぁ…。そしてぶーちゃんの横に座って、ぶーちゃんが食べてるポテトの袋に手を突っ込んで奪い取りながら、
「ハハッ!見ろよあのサツの顔!恐怖に怯えて泣きそうな顔してやがる!」
とか言って腹を抱えて笑ってる。
ニュースの映像は倉庫を映している。相変わらず倉庫からはテロリスト、じゃなかった、リモート接続したサイボーグのクリさんがガンガン機関砲を撃ちまくってる。装甲の厚い装甲車や多脚戦車は狙わずに警察関係者の車だけを集中的に狙ってる。そしてニュースキャスターは話を続ける。
「現在、軍と警察が犯人に向けて応戦中です。あ!今、続報が入りました!犯人です!犯人からマスコミに向けてメッセージが出ています!」
め、メッセージぃ?!
「え〜ッ、読み上げます!『今何時だと思ってるんだ?』『テレビを見てないで早く寝ろ』だそうです!な、なんなんでしょうか?これは…」
隣に座ってると思われるコメンテーターが淡々とコメントを吐く。
「まぁ、今既に深夜の2時ですからねぇ…」
そりゃそうだ…。
「ハハハハッ!こいつ、超オモシレェ!」
隣で網本が大笑い。それからまたニュースキャスターが、
「またメッセージが入りました。テロリストからのメッセージです!えっと、読み上げます『熱烈、列島クイズ横断3を再販しろ』です。なんでしょう?」
「ゲームですね」
「これは犯人からの要求と受け取ってもよろしいのでしょうか?」
「ん〜…どうなんでしょう」
なんかクリさんが滅茶苦茶な物言いしてるのに真面目に考えてるキャスターとコメンテーター。それ凄い電波な台詞ですから。無視してもいいよ。
「あ、あ、あれは、め、名作だよね。ま、ま、マニアックだけど」
ぶーちゃんも…。
テレビの映像は、さっきまでガンガン撃ちまくってたクリさんが銃撃を止めたところを映していた。どうやら弾切れみたいだ。ってところで、多脚戦車が突入していく。クリさん、自爆するのかな?って思った瞬間、画面が一瞬明るくなる。いや、明るくなるってレベルじゃない。電波障害みたいなのが出て、それから真っ暗になった。
「えと…何が起きたのでしょう?現場のヘリから通信が途絶えました」
「爆発…したような感じでしたよね?」
キャスターとコメンテーターがおろおろしている。その背後、つまりは、スタッフ側からはなにやら叫んでる声が聞こえたりしちゃうんだよ。クリさん…火力強すぎるんじゃないの…?マスコミのヘリまで巻き込まれてる感じじゃん…。
背後のベッドから音が聞こえた。クリさんが起きたみたいだ。いや、正確には起きたんじゃなくてリモート接続が切れたのか。それを見て網本が言う。
「なんだぁ、クリちゃん。寝てたのか?いま面白いニュースやってたのによ」
「ほう」
「テロリストが大暴れしてやがってよ!ウケたぜ!」
「奇遇だな。私も夢のなかで巨大権力を相手に戦っていた」
なんか相変わらずだけど…。僕はクリさんに電脳通信で、
『ねぇ、滅茶苦茶火力強くない?マスコミのヘリまで巻き添えになってたよ』
『格闘技の試合の時は最前列の客は怪我を負っても運用側は責任に問われないらしいからな。つまりそういう事だ。それに、焼き痕すら残さないぐらいの火力にしないと証拠が残るからな』
『…』

それからどうなったって?
どうにもなってないなぁ。クリさんにも僕にも報酬として海外の口座からロンダリングされたお金が少しずつはいるのが、唯一の僕とクリさんがやった仕事の証明になってるだけで。あ、そういえば…。そうそう、警視総監が逮捕されたよね。麻薬がらみで。
麻薬取締り局は、ネットに公開されたあのリストの情報を元に捜査をしてたみたいだけど、殆どが煙に巻かれたって感じになっちゃった。クリさんの言うとおり、証拠は殆ど消されたんだ。で、証拠を必死に消そうとした時に尻尾を出しちゃった警視総監が逮捕されたわけだね。
気に入らないのは、あの僕とクリさんの銃撃戦をマスコミも警察も『テロ』だって言った事だよ。テロなら声明が出るのが普通だけどどこからもでない。ヤクザが死んだ事も隠蔽されてる。まったく、クリさんが大暴れする意味もわかる気がするね。