7 金剛山再び

俺は再び金剛山の登山口へ来ていた。
あの日、最後に宮元と会った場所で、今はその宮元以外の大学時代の仲間がいる。ただし守山を除く。あいつは仕事の都合でこれないとか言っていたが、まぁ、これから登山をするのだからあの体格では問題があるのだろう。幽霊云々の話じゃなく別の理由で死にそうだからな。
ただ、不思議な感覚だった。まるで弔いのような気持ちで登山口を見つめていた。
「ついに来たわね」と春日が言う。まさにそういう気持ちである。俺達のやり方で調べると言ったあの日に、既にこの村に足を運ぶという事は想像出来ていたのだ。だから「ついに」だった。
夏は既に終わりを告げていた。
セミの鳴き声が聞こえなくなった、あの日とは違う登山道を俺達は進んでいった。それぞれがデジカメを持って。小林はハンディタイプのGPSを持っている。地図が画面に表示される奴だ。地図には一之瀬村は表示されないが、それが存在するであろう場所に印はついてある。そこは地図上では細い河が流れているように見えた。
夏の間に生い茂っていた背の高い草は、登山者の為にとこの山を管理する誰かによって刈られていた。それが俺達以外に人が居るという安心感として心にあった。ただ、俺達がこれから行こうとしている場所へ続く道までも雑草が刈りとられているかと言われれば、そうではないのだろう。
だんだん記憶は戻ってきていた。さすがにまだ2回目なので「手に取るように」とまでは行かないが、あの日宮元と一緒に来た山道のそれぞれのイメージは、俺の頭の中にある記憶とマッチングする度に、再び色や音や香りまでもが蘇ってくる。
「この辺りだな」
小林が言う。
不気味だった。
そこは宮元と別れた場所から更に奥へと進んだところなのだが、山道沿いの雑草は刈り取らなければ歩く際に障害になるほど伸びるのに、その一之瀬村へと続く細い道には背の高い雑草が殆ど生えないのだ。これをオカルトだとか言うことも出来る。別の知見から言うのなら「過去、生活道として使われていたから雑草が生えなくなった」という事だろうか。
ここへ来る前、夏が終わりとなるから草木は生い茂っている、だから雑草を掻き分ける事を想像してた俺達は予想よりもすんなりとその道を進む事が出来た。ただ、別の知見から言うのなら「まるで誘われるように」一之瀬村へと導かれていった。とでも言うべきだろうか。
「なんだか寒気がするね」
みのりがそう言ってノースリーブの腕を抱きかかえるようにさすった。確かに冷たい空気が山道を流れてくる。でもこの冷たい空気は本当に冷たい空気であって、体内から発生するような独特の寒気とは違う。本当に寒いという感じだな。
「ねぇ、水の流れる音がしない?」
そういえばそうだ。俺は小林のGPSマップで現在位置を確認すると、やはり、そろそろ河が現れる頃だった。さっきから冷たい空気が流れ込んでくるのは河が近くにあるからだったのか。
俺達は足が自然と早くなる。音の正体を確認したかったからだ。
目の前に木々が生い茂った小高い場所があり、その奥から音が聞こえるのだ。春日は草木を掻き分けてその先へと進んでいく。俺達もその後に続く。そして、春日は「うわッ!」と驚いて足を止めたのだ。いや、足を止めたというより、身体全体が硬直したように見えた。周囲の木々を強く掴んで、その位置から動かないようにしているみたいだ。
「どうした?」
と俺が春日に近付くと、
「押さないで!」
と言った。悲鳴にも近い声。
俺は別の位置から、春日が見えていたものを見た。なるほど、これは驚かすには十分だ。目の前の木々を分けて進んだすぐ先は突然地面が消えている。その下、3メートルほどの場所に河が流れているのだ。何も知らずに進んでいけば岩ばかりの細い河へとダイブする事になっていただろう。
「びっくりした…」
春日は腰が抜けたようにその場で座り込む。俺はそのまま下へと落ちるようなイメージが頭にあったから、「そこに座ってると緩んだ地盤だったら川へ真っ逆さまだぞ」と脅すように言った。イタズラに恐怖心を煽るだけのつもりじゃあない。確かに危ないのだ。
春日は震える足でその場を離れた。
一之瀬村へと続く山道を進んでいくと必然的にこの河沿いを歩く事になるようだ。先程は3メートル下に河が流れていたが今は目の前にある。俺達は河の石を道にしながら渡り向こう岸へと進んだ。上流になれば川幅は必然的に狭くなるという俺の認識は覆されていった。いや、先程3メートルも水が掘り起こした地形を見て気付くべきだったかも知れない。川幅は次第に広くなり、そして突然、開けた場所へと出たのだ。
「村よ!」
俺達はようやく、市ノ瀬村へとたどり着いた。