1 かたつむりの会 2

少女というか、女性というか、その上下ジャージのクライアントは寝癖の頭をポリポリと掻きながら僕の質問に答えている。
スイツラー病はドイツの医師「スイツラー」がこの病気を発見した為、彼の名前がつけられた。世界的に流行している病気。胎児の段階で感染して、性別が女なら発病しない。男の場合、生まれた段階では何も兆候が見られない。思春期が近付くに連れて、それまで男性だった身体が突然女性化し始めて3ヶ月足らずで子宮などの子供を生むための部分を除いて女性化してしまう。
子供を産めない女性である為、一説によれば「人類の人口調整」とも言われている。
スイツラー病はXX病とも呼ばれる。
染色体がXXで男性として生まれてきた人が、思春期になると女性化するという別の病気にちなんで。ちなんで、という話だと、「かたつむり病」とも呼ばれたりもする。かたつむりはオス・メスの区別がないからだろう。
ちなみに、僕は日本のXX病に感染した男性を支援するNPO団体「かたつむりの会」の代表である。かたつむりの会は妻がつけた名前だが「かたつむり」にオス・メスの区別が無いという事を知ったのは名前をつけたからしばらくしてからの話である。
「ん〜」
「?」
「君、年齢はいくつ?」
「18…」
「18か」
「何かまずいんです?」
「施設へ入れるのは17歳以下。君の場合、政府からの援助が得られないので一人暮らしをしなければならない」
「そう…ですか」
「母親の捜索願を出すかい?」
「いえ。自分の意思で出て行ったので」
「じゃあ、探偵に頼んでみる?」
「結構です」
今までどもるような声だったのに、突然はきはきと話始める。
「母親と会いたくないの?」
「自分を捨てた奴と会いたいと思いますか?」
「それなりに事情があるじゃないか」
「それは…そうですけど」
「息子が娘に変わったら誰だって驚くさ」
「でも…もういいんです。母親の話はしないでください。ここに来て母親の話をするんだったら、ここにいる意味はないです。俺にとって」
何とも新鮮だ。美少女の一人称が『俺』とは。
「じゃあ、君はここに来て一人暮らしを始めるに当たってのサポートを願ってたわけか」
「施設がダメっていうのなら、そうですね」
「高校は?もう卒業してる?」
「はい」
「よし。それじゃあ、働く場所と住む場所を探しておきましょう」
「いいんですか?」
「支援団体だからね。君が困っているなら助ける、それが僕の仕事ですよ」
「ありがとう、ございます…」
「それよりもまずはその格好だな。男モノのジャージ上下に寝癖でぐしゃぐしゃの髪。せっかくの美少女が台無しだな。それでここまで歩いてきたのだから、キモッ玉は座ってるみたいだね」
「やっぱり女モノの服着ないとダメですか」
「郷に入ってはなんとやら。住めばなんとやら。大丈夫、慣れるさ」