19 テレビ局がやってきた!

とある正月が過ぎたある日の事。
僕は正月の前後に仕事のスケジュールはいれずにコミケとか電気店街とかばっかりぶーちゃんとウロウロしてたのでいつの間にかお財布の中身はどこかへと抜け出してしまって、ある日財布を空けてみて「これ誰が使ったの?」って思うこともしばしばあったんだよ。
とにかくそういう正月のある日、僕は満足に好きなものも食べれず生活保護チケットからいつものように芋を購入してマッシュポテトを作っていたんだ。
僕のマッシュポテトはクリさん曰く『軍隊風の味付けがされてて軍に居た頃を思い出させる』とか。そんなこと言われても嬉しくない。だから同じマッシュポテトでもちょっと味を改良して、例えばデミグラスソースをつけて食べるとか考えていたんだよ。
そしたら何やら部屋の前がうるさくてね。数名の男の声が聞こえる。網本の声も。あと嫌がってる時のぶーちゃんの声も聞こえる。なんだろう?
僕が窓から顔を覗かせると、そこに居たのはカメラを持ってる男とマイクが先についた棒を持ってる男と、それから網本、ぶーちゃん。あと数名の男。一瞬でそれがテレビ局の人だってわかった。でも一体なぜここに?
「あ、女の子もいますね」
とか、そのスタッフの中の一人が僕を見つけてやってきやがった。
「お。そいつも俺の部下だぜ」
とか網本が言ってる。何なんでしょ?この人たちは。それと部下じゃないぞ。
「ここに住んでいらっしゃる方でしょうか?」
「は、はぁ」
「これは夕ご飯ですか?」(マッシュポテトを指差して)
「え、えぇ」
「生活は苦しいですか?」
「う〜ん…今は(アニメグッズ買いすぎて)苦しいですね」
「やはり、そもそもの原因は難民が大陸から日本へやってきた事なのでしょうか?」
「はぇ?」
「えっと、今の経済格差の原因は中国からの難民が原因とお考えでしょうか?」
「そうなんですか?」
「カット!」
「?!」
突然、カメラの後からサングラスのメガネ面、ベレー帽を被った『いかにも』って感じの監督風の人がカメラと僕の前に割り込んできた。そして何を言い出すかと思ったら「ちゃんと理由言ってくれないとダメじゃないの?」とか言い出すんだよ。何このオッサン。それから別の奴、つまり網本なんだけど、
「お前の中国人や朝鮮人に対する怒りってのをカメラの前でぶちまければいいんだよ!考えることじゃないだろう!」とか言いながら、僕の額をデコピンでねちっこく突いてくる。
「ちゅうごくじんやちょうせんじんにたいするいかり?なにそれ…?(おいしいの?)」
「ったく、どんかんな奴だな。空気読めよ!」
それから今度はベレー帽野郎が、
「君達右翼にとっては中国人や朝鮮人、それこそ日本で働いてる外国人は敵なんでしょ?その敵に対して何か言いたいことはないの?『日本から出て行け寄生虫』とか『お前等臭いんだよ』とか『呪ってやる』とか『死ね』とか、こう、テレビに出るんだからさ、もっと自分をアピールしないと」
「っていうか、そもそも右翼じゃな…痛ッ!」と、僕が最後まで言い切る前に網本のデコピンがまた命中して、僕は勢いで後方2メートルぐらい吹っ飛んだ。
それから僕が次の言葉を発する前に網本が僕の前に立ちふさがって、その監督っぽい人、いやギョウカイでは『ディレクター』って呼ばれるのかな?その人に向かって、
「すまねぇな、こいつ、この前のデモの時に中国人に囲まれてボコボコにされてから頭のネジが外れちゃったみたいなんだよ。ちょっとズレたこと言うのはカンベンしてくれ」
とか言いやがったんだ。ボコボコにされたのは網本でしょうが。
「だ、大丈夫かい?」
倒れた僕を介抱するのはぶーちゃんだった。そして僕は埃を払ってよろよろと立ち上がった。まだご飯食べてないから力が全然入らないんだよね。今デコピンされたらお腹の質量も重さもゼロに近いから紙風船みたいにどこか遠くに吹き飛んでいってしまいそうだよ。
「一体何が起きてるの?網本また何やらかしてるの?」
「そ、それがぼ、僕も突然部屋には、はいってこられて、マジ、カンベン」
「この人達なんなの?」
「あ、網本が自分のう、右翼団体のせ、宣伝にと、テレビ局の申し出を、う、う、受けたんだよね。あ、アレだよ、ぼ、僕とナオちゃんは、あ、網本の部下って事になってるんだ」
「はぁぁぁあ?」
「い、意味わかんないよね…マジで」
「あ!」
僕がさっき手に持ってたボウルが逆さまで地面に転がっている…最悪だ!一生懸命作ってたマッシュポテトが最悪な事態になってしまっている。どうしてくれるんだよ!網本のデコピンのせいだ。いや、テレビ局が来たからだよ。謝罪と賠償を要求したいよほんと。
「ううう…」
僕はそのボウルを取って、まだ地面についていないマッシュポテトに顔を近づけてクンクンとにおいを嗅いだ。デミグラスのいい香りが漂ってくる。いい味してそう。そしてそのまま地面にひっついてる部分を除いて食べてみた。ああ、結構美味しい。地面についたから美味しいってわけじゃなくて、僕のした味付けが良い按配で上手なマッシュポテトを作り出したわけだよ。色々あったけど、これだけはラッキーだったかな。
「って、何カメラにとってるんですか!」
さっきから僕の様子をじっとカメラに収めてるカメラマンを牽制するように、カメラレンズをボウルで叩こうとしたけどかわされた。さっさと網本について他の部屋に行きやがったよ!
「な、ナオちゃん、ぼ、僕の家にうちから送ってきた、お、お米が届いてるから、あとから取りにきなよ。し、新米だから、お、美味しいと思うよ」
「うう…ありがとう」
「そ、そういえば、あ、網本、どこいったのかな」
「階下に行ったね。ユキの部屋に行ったのかな?」
僕とぶーちゃんは階段を下りてユキの部屋へと向かう。
やっぱりユキの部屋の前で網本がチャイムを押そうとしてる。
「あれ?チャイムがならんぞ」と網本。
それから、
「ん?カメラのバッテリー切れかな?映らなくなった」とカメラマン。
そして、
「バッテリー切れとかありえないだろ。壊れたのか?とりあえず代替のカメラよこすように言ってみる。…電脳通信が出来ないぞ?PADも使えないし。電波届いてないのかな?」とディレクター。
なんだか心霊スポットに足を運んだ時みたいに、電子機器に故障が出はじめてる。さすがユキの部屋。寄せ付ける邪悪なものは祓うんじゃなくて、さらに邪悪なものによって淘汰されるような禍々しさを漂わせてるね。ざまぁないよ。
それから「では残りの撮影は後日ということで」とか言ってテレビ局の人達は帰っていくみたい。帰れ帰れ!もう二度とくんなよ!

さっきは居なかったクリさんの部屋でいつものメンバーが集まってた。
「というわけなんだよ」
と網本が話した。何がというわけなのか、ざっと流すと、
まず網本のところにテレビ局が取材をしたいときて、テーマは「日本の右翼」最近の若い人達の間にある右翼って思想を視聴者に解るように説明するという感じのドキュメンタリー番組の制作らしいよ。もちろん網本は自分の団体が世間に広く知れ渡る事を望んでるのでOKを出した。OKじゃないのは僕やぶーちゃん、ユキやクリさんまでもが団員にされてるって事だよ。
「そりゃ人数が足りねーからな」
予想してたとおり、ユキは反発。
「私はお断りよ」
「なんでだよ!」
なんでもなにもそれでOKするなんてクリさんぐらいのものでしょ。
「自分に都合のいい事を都合のいいように編集して感動や驚きを押し付ける事を生業にしてる人間の魂の器は、普通の人間のそれよりも遥かに小さくて薄汚れてるわ。そんな人徳の低い人間と一緒にいるのは肥溜めの中で泳ぐようなものよ」
「ちっ…で、クリちゃんは賛同してくれるよな?」
僕とぶーちゃんは既に賛同してることになってるのね…。
「別に構わないが。信用できるのか、そこのマスコミは?大戦が始まった時、中国や朝鮮が宣戦布告してきても日本のマスコミは揃ってその事実を隠蔽して、のん気にしている様を『危機感のない平和ボケしたマヌケな日本人』と世界中へ垂れ流したんだぞ」
そして戦後に、国家反逆罪で処刑されたね。一部は国外逃亡を続けてるみたいだけど、警察も国民も永遠に追い続けるだろうからまともにお天道様を見ることは出来ないだろうね。
「ん〜。そこは大丈夫と思うんだが。中立な姿勢のところだぜ」
「ならいいのだが」

翌日早朝。僕とぶーちゃんは網本に叩き起こされた。
なんだかよくわかんないんだけど、クソ寒い中をガタガタ身体を震わせながらボロアパートを出るとワゴンが待機しててさ、たぶん、これがテレビ局のワゴンだと思う。網本とつるんでるいつもの右翼な人達も既に乗り込んでてなにやら議論を交わしてる。その熱い議論の為か車の中はとても暖かくて、僕もぶーちゃんも目的地(と言ってもどこにいくのかは知らない)につくまでの間、たっぷり眠らせて貰ったよ。でも目的地についてからまた寒いのなんのって…。
まだ朝の商店街で、正月明けてしばらくしての事だからかとても閑散としててさ、どこからともなく枯葉がカサカサと音を立てて飛んできたり、時々雪っぽいのが降りてきたり、こんなところで一体何をしようっていうんだよ。まったく。
「よし、到着だ」
網本が到着と言ったのはどこにでもある雑居ビルの入り口だった。でもこういうどこにでもあるような雑居ビルに右翼だとか左翼だとかの事務所があったりするんだよね。
さっそくテレビ局のスタッフさんたちが準備をして、撮影開始。網本にカメラとマイクが近付く。
「ここには何があるんですか?」
「『在権会』、つまり、在日外国人の権利を守る会の事務所がある。と言っても構成されてるのは在日朝鮮人帰化した連中だけどな。ちょっと前に生活保護チケットを金に買えて国外へ送金しようとしてた連中。違法行為をしておきながら、訴えられたら人権がどうの差別がどうので裁判所に文句を言ってるクソ野郎どもだ。そして表には出てないがそれをサポートしてるのが日本の左翼団体だ」
その説明などをカメラの前でやってる網本の背後ではその部下さんたちがせっせと拡声器やら看板やらを並べてる。いつもの平和な右翼の活動風景がカメラに写されてますよ。カメラを前に普段とはちょっとハリキリ度合いが違う網本が拡声器で事務所に向かって叫ぶ。
「あけましておめでとうございます!生活保護に群がる屑ども!」
すぐさま窓が開いて顔が四角な男の人が網本を睨みつける。そして片言の日本語で怒鳴りつけてる。そんなに早口で言ったらわかんないって。
「マタオ前達カー!帰レ!バカヤロウ!(早口)」
「あぁ?何言ってる?日本語でOK!」
「バカヤロウ!クタバレ!殺スゾ!コノヤロウ!(早口)」
クソ寒い中在日朝鮮人の人もご苦労な事です。吐く息を真っ白にしながら、双方は延々と正月明けの商店街でガラスにヒビが入るような大音響を響かせながら罵声を浴びせていたんだ。通り過ぎる人達は僕達を迷惑そうに見てたり、面白そうに見てたり、それから哀れんでいるようなまなざしで見てたりしてた。すいません、うちのバカが朝っぱらからうるさくて。
その通り過ぎる人達の中で雑居ビルに向かって足早に歩いていく人もいる。もしかしたらこの左翼の事務所に向かう人なの?突然網本は大型拡声器の向けた先をその通行人に向けて声を張り上げた。一瞬、その通行人の女性の髪が大音量で跳ね上がった。どうやら関係者みたいなんだ。
「あけましておめでとうございます!神原千早様!日本人の血税を海外へ売り飛ばして得た金で正月は裕福に過ごせましたでしょうか?」
神原と呼ばれた女性は網本の話を立ち止まって聞くわけでもなく、両耳を手で塞いで足早に事務所の中に入っていった。よく見ると通行人は立ち止まって神原って人を見ている。これが網本の狙いかぁ。何人かは事務所の窓から顔を出している朝鮮人も見ている。「見ルナ!立チ去レ!」とか吠えてるけど人はギャラリーは増える一方だ。
「網本さん」とスタッフの一人がちょっと興奮した顔で、
「どうですか?この事務所に入っていく関係者を一人捕まえて恫喝してみては」
「恫喝?」
「左翼側の反応が見たいんですよ」
「それは犯罪だろう。訴えられちまうぞ」
「大丈夫じゃないですか?訴えられても勝訴できると思いますよ」
「勝訴できるかできないかじゃなくて、訴えられるような事があったら次から俺達の活動が制限されるんだよ。それが一番痛い」
それを狙ってなのかな。さっきからあの朝鮮人が吠えてるのは。いわゆる挑発って奴で、網本が暴力を振るってくるのを待ってるのかなぁ。
でもさっきの神原って女性が事務所に入った後には、あの朝鮮人は何か言われてしぶしぶ奥のほうへ頭を引っ込めてしまった。後は窓がピシャっとしまった。
それから1時間に渡って網本の大型拡声器は左翼事務所の窓を揺らしまくったけど、もう一回窓が開くことはなく電気すらも消されてた。誰も居ない場所に向かって叫ぶような虚しさが現場を漂い始めた頃に「そろそろ次の場所に行きますか」とかスタッフの人が網本に言う。
「え?もういくの?」
とか…。どんだけやるつもりだったんだよ、このクソ寒い中でさ。

場所は移動して、人が沢山集まる電気店街。
今度はここでビラ配りをするみたい。昼になるとちょっとだけ温かくなったけど、これだけ人は居ても冷たい風が体温をどんどん奪う。僕はワゴンから出てから3分立たないうちにがたがたと震え始めてしまったよ。
既に他の右翼な人達もビラを配っている。そう、ビラ配りで地道な活動をしてるのは小酒井さんだ。電気店街ってのは結構アニオタも集まるところで、それを狙ってかピコニャンってどこかのアニメに出てくるキャラの着ぐるみを着た人が2名ほどビラを配ってる。でもピコニャンって子供向けのアニメだからアニオタ達はそんなのは見ないんだよ。外してるなぁ。でも凄い温かそうだ!あの着ぐるみ。
「おい、網本。なんだそいつらは?」
小酒井さんが網本が連れてるテレビ局のスタッフ連中を指差して言う。
「俺達右翼の活動を取材したいってさ!有名になったもんだぜ、俺も!」
「マスコミに頼って宣伝活動してもしょうがないだろう。自分の頭で考えない馬鹿が集まってくるだけだ。そういう連中ってのはすぐに他所へ流れていくぞ。お前はそんな連中の票が欲しいのか?」
「そういう奴等の中から真剣に考える連中が出てくるかも知れないだろ?」
「まぁ、それはあるかもしれんが。それより信用できるのか?」
「ん?ああ。大丈夫じゃないの?」
そこでディレクターが撮影を始めるから、と二人の話を中断させた。
僕やぶーちゃんがビラを配り始めてからすぐ、中年のオバサンが自分から貰いにきた。それを渡すとそそくさとどこかへと消えていった。なんだったんだろ?
その中年のオバサンがどっかに消えてからはビラを貰いにくる人なんて居なかったよ。こちらから渡す事はあってもね。みんな渋々バッグの中やらポケットの中にビラという名の紙切れを突っ込んでた。さすがに目の前で捨てていく人は居なかったけど。これはお店の入り口に待機してるちょっとエロい美人なアンドロイドがティッシュと一緒に宣伝紙を巻いたりしてるのと同じことだよね。それが人になっているだけで。
小酒井さんのほうではあの着ぐるみが功を成してか、子供連れの人達が寄ってきてた。でもピコニャンから渡されたビラが右翼系情報誌だっていうのはある意味、インパクトあるなぁ。あれはどうみてもピコニャンのアニメの宣伝をしてるように見えるからさ。っていうか、許可取ってるのかな?
それにしても、ビラ配りをしてて人が集まってきてるのは僕たちのほうじゃなくてピコニャンがいる小酒井さんのほうなのに、なんでカメラマンはそっちのほうを映さないのかな?ビラ配りってシーンを撮りたいはずなのにね。聞いてみよう。
「あっちのほうは映さないんですか?」
「ああ。許可を貰ってないからね」
「あたしが許可を貰ってきましょうか?」
「いや、いいよ。このドキュメンタリーは網本さんの団体オンリーでいきたいんだ」
「そうですか…」
結局、それから1時間ほどビラ配りをしてたけど、最初にビラを無言で取りにきた中年のオバサン以外、誰もすすんで受け取る人は居なかった。この電気店街の至る所に僕たちの巻いたビラが捨てられてるんだろうなぁ…。

それから僕達は次の場所に移動する為に、何故か空港に向かってる。
唯一僕が嬉しかったことはお弁当が出たことだよ。最近マッシュポテトばっかり食べてたから飽きてきてたんだ。他に食べ物がないからしょうがないんだけどね。
「お、おいしいね」
とかぶーちゃんが言ってる。
「うん。おひしひよぉー」
と涙が流れそうになるのをこらえながら僕は弁当のおかず一つ一つを味わいながら口に入れてた。ってシーンを何でカメラに収めるのかなぁ?
「ちょっ、なんで映すんですか?」
「いや、右翼団体の貧しい生活というものをカメラに収めたくてね」
「そりゃあ今は貧しいですけど…」
「やはりこれも中国人や朝鮮人移民によるものなのですよね」
「いえ、ただ単にアニメグッズを買いすぎただけなんですよ」
と僕が言っている最中に「アニメ」って単語が出た瞬間にカメラの電源を切りやがった。
そんなやりとりを僕たちがしてる間に、どうやら網本と運転手でありディレクターの人が言い争いをしてるみたいだ。なんだろう?聞き耳を立ててみると、
「皇居?」
「ええ」
「そこで一体何をするんだ?」
「何をって、国旗を振ったり拝んだり」
「いつの時代の右翼だよ」
「やらないんですか?」
「ってか、そんなのやってるのは朝鮮人の偽右翼だけだろうが。あいつらがそんなバカみたいなことやるから右翼の評判はいつも一定以上には上がらないんだよ。つか、だいたい、それらが偽右翼だって事は国民はもう周知だがな。あいつ等は日本語わからんのかそれでもやめないし」
「ですが、絵的には良いんですけどね」
天皇崇拝なんて今の時代ありえん。天皇なんてのは日本で一番親しまれてる有名人だのタレントだのと同じ位置づけだ。俺達はアイドルの『追っかけ』をやってんじゃねーよ!」
「そうですか」
それから空港へ行き東京まで行くって話しは無しになったみたいだ。でももし皇居に行くのなら、帰りに秋葉原寄ってきたかったかも。
「で、次はどこに行くんだ?」
「南山市の中華街ですよ」
「中華街?メシ食いに?」
「いえいえいえ。不法に土地を占拠している奴等を追い出しに行くんですよ」
「そんな奴等いるの?」
「いると思うんですが」
「噂も証拠も無いのにそんなには動けんな」
「とりあえず近いので行ってみてくださいよ」

南山市の中華街は戦後、中国からの避難民の受け入れ場所になった。一時的にだけど。元々ここには中国系の人達が日本人相手の商売をする為に集めってきていた。
中国の電化メーカーの品や料理店、色々な部族の民族衣装だとか、ゲートを越えた先は小さな中国という感じなんだ。ただし本国や台湾にあるような怪しげな店は警察によって厳しく取り締まれてしまうので存在しない。もちろん風俗関係の店もだよ。
こういうタイプの街は日本にはいくつかあるけども、政府、つまり国民総意見では右と左に真っ二つに割れて、ある程度なら受け入れるけど上限を取り決めて、それ以上拡大するようなら近隣住民の治安が云々という話を作って取り締まるようにしてる。
「南山中華街」ってアーチは表向きはここから先が中華街ですよ、って案内。どこにでもあるようなね。だけれど、見えない線がアーチ越しにあって、その線はこちらと向こう側では法律や常識や習慣なども異なる事を意味してるんだ。
南山市の繁華街を歩いてしばらくするとそのアーチが現れて、僕達はそこを潜る。そうすると周囲の雰囲気がガラリと変わる。例えば身体に当たる熱気だとか鼻に香ってくる香辛料の匂いだとか、歩いてる人(観光客・中国人)だとか、ちょっと適当に作ってあるボロイ屋台だとか。別に中国の、ってところにこだわる必要はないと思うけど、こんな感じに色々とひしめき合っているのが好きな人にとってはここは心地いいだろうね。
網本を先頭にカメラやらマイクなどを持って通りを闊歩する僕達。カメラは既に回ってるみたいで網本の背中を追いかけてる。でも、
「よ!」
と網本が挨拶した人が、これがまた貧相な服を着てる人、日本人とはちょっと違うなって見た目だけで判断できる人がいてさ、「アー、コンニチワ」と片言の日本語で反応してる。
そこでカメラを止めたんだ。
「今のは誰ですか?」とディレクター。怪訝な顔をしてる。
「誰って?友達だよ」
「友達?彼は日本人じゃないんですよね?」
「ああ、それがどうかしたのか?」
「いや、おかしいじゃないですか。網本さん。あなたは右翼なんでしょ?なんで外国人と仲がいいんですか?」と、なんだかとても息を荒くして言うディレクターさん。
「じゃあ何か、右翼ってのは海外旅行とかもしないのか?ネットで知り合った外国人と話をする事もないのか?いつも皇居の前で国旗を振ってたり拝んでたり、外国人を見かけると手当たり次第に襲い掛かるのがアンタの言う右翼なのか?馬鹿馬鹿しい、そんなキチガイどこにもいないぜ。本気でそんなことしてるのは右翼の評判を落とそうとしてる偽右翼だけだ」
網本も普段左翼の人達に怒鳴るような勢いでディレクターに噛み付いている。それでも怯まないディレクターさんはこういう輩を沢山相手してきたのかな。「やれやれ…」とでも言いたそうな顔で首を横に振ると、
「どうやら私達が撮りたかったものはあまりないようですね」
とか捨て台詞を吐いて中華街をアーチのほうへ向かって歩き出した。
どうやら撤収みたいだ。
その日、ちょうど夕方で時間もいい感じだったので、網本が紹介した中華街にある中華料理店で料理を頂いて帰ったんだ。あの網本が奢ってくれるなんて年に1回あるかどうかわかんない。さすがのぶーちゃんも遠慮なく食べたら後で何されるかわからないと言って遠慮しながら食べてたよ。それでも僕が食べる量よりも3倍ぐらい多かったけど。

ボロアパートに帰宅したのは既に深夜になってた。
網本の部屋の前で電話が鳴ってるのが聞こえたんだ。
「お?」
普通親しい仲なら電話じゃなくて電脳通信とかで連絡をよこすはずだよ。それが電話を使うってのは古風な人なのか、それとも電脳化をしていない人なのか。とにかく、網本は急いで部屋に入って電話に出たんだ。
「マジでか!」
と突然網本が叫んだ。
気になって僕もぶーちゃんも中を覗いたんだ。どうやら電話の相手からの話に驚いただけみたい。でも頭を掻き毟ったりその場をぐるぐると回ったり、とても落ち着いて聞いていられるような話じゃあないみたい。
「ああ。もちろん。心当たりはないさ」
「ああ。わかった。気をつけてな」
そんな網本の様子にちょっとだけ、ちょっとだけだけど不安になって聞いてみた。
「何かあったの?」
「…ん?いや、なんでもねーよ」
「なんでもないって…今さら隠し事したってしょうがないじゃん」
「…そうだな。いやな、さっき俺達がメシ食った中華料理店でぼや騒ぎがあったらしい。外のゴミ置き場からだ。んで、その後、店の窓ガラスに石が投げ込まれてて、そこに俺の右翼団体の名前が書いてあったんだよ。店の主人が俺の家に電話掛けてきて」
「え?そんな事までしてたの?」
「やってねーよ!俺はお前等と一緒にいただろ」
「でも疑われてるじゃん」
「いや、疑ってねぇ。俺はあの店が出来る前から店の主人にはお世話になってた。っつても、メシを食わせてもらうだけの関係だけどさ。李さんが、いや、あの店の主人の中国人の奴がさ、ぼや起こしたり店に石投げ込んだりして、それを俺達がやったように見せかけようとしてる奴等がいるって、知らせてくれたんだ」
網本はそう言うと、僕やぶーちゃんに自分の表情が見えないように背を向けたんだ。
「覚悟はしてたけど、実際やられるとムカつくよな…こういうのはよ」
「犯人突き止めようよ」
「犯人?犯人はわかってるよ。『証拠を突き止めよう』だろ。でも、こういう卑怯な事をして貶めようとする輩に限ってなかなか証拠を落とさないんだよな」

撮影から数日経ったある日、僕は久しぶりに一仕事して給料を少し貰ってそれでマッシュポテト以外のものを食べれると喜んで帰宅した時の事だよ。
ボロアパートの前に車が止まってて何やら男が数名中から出てきて網元の部屋の前で話をしてるんだ。その話し声は日本語じゃあない。中国語だった。僕は何かいやーな予感がしたので遠巻きにその怪しげな人達が帰るのを見届けようと待っていたんだけどいっこうに帰る気配なしなんですよ。でも後から小酒井さんが何故かやってきたので、安心して僕も何が起きてるのか聞きに行こうと近付いた。
「ああ、ナオ…さんだったかな?」
「はい、網本に何か用事なのかな?」
「今外出してんのかな」
「ん〜そうみたい。部屋にいる時は音楽の音が凄いうるさいから」
「小酒井さん、この中国の人達は?」
「ああ。中国っていうか、台湾から来たテレビ局の人だよ」
「へ〜…そんな遠方からわざわざご苦労だねぇ。っていうか、網本、他のテレビ局の取材も受けるようにしてたの?何やってんだろ、まったく」
「いや、そうじゃなくて」
「ん?」
よく見ると、テレビ局の人達なのにカメラやらマイクを持ち歩いてる気配はない。なんだ。話に来ただけなのか。
「何やってんだよ、俺の家の前で」
と、やっと網本本人登場。
「何やってんだよ、ってのは俺の台詞だ。お前何やってんだ」
「あぁ?」
「ここじゃなんだからどっかで話そうか」
何だかよくわからないけど、台湾人数名と網本と小酒井さん、それから何故か僕まで一緒に近所にあるファミレスまで行く事になった。

ファミレスの4つ角にある10人ぐらい座れる席に僕達は腰を降ろした。
「んで、なんなんだよ、この怪しげな連中は」
網本は失礼にもその台湾人を指差して言った。「なんだぁ?」とは言わないものの、そんな表情で網本の顔を見てる台湾人の人達。
「怪しげな連中とは失礼だな。台湾のテレビ局の方々だよ」
「そんなのが何の用事なんだ?俺はもう取材は受けんぞ」
「とにかく、お前ネットは何度か見てるか?」
「あー。いや、今日はまったく」
「見ろよバカ」
「バカとはなんだ、バカとは。バカと蔑む奴が一番バカなんだぞ」
いつの間にかウェイトレスのアンドロイドが僕達のテーブルの横に来ていた。適当に注文していく台湾のマスコミの方々。こういうチェーン店のアンドロイドは全世界の言葉を受け付けるように作られてるみたいだ。
ついでに網本も小酒井さんも注文する。そして僕が注文しようとしたらそそくさと逃げられた。なんだよ!
「お前等の団体が台湾で中国人による大規模デモが行われるってネタを流してるんだよな?根拠は?どっからそんな情報手に入れてる?」
「あぁ?何言ってんの?そんな情報知らん」
「どういう事なんだ?」
「しらねーよ!しらねーものはしらねー」
「お前、ちょっと前にテレビ局と何かやってただろう。あれが関係してるんじゃないのか?そのマスコミとは連絡つかないのか?」
「連中とはドキュメンタリーの方針が合わない。それから連絡がつかなくなったな。それで、この台湾から来てる人達は何をしに来てるんだ?」
話の途中だけど間に割り込んでどんどん注文された品を置いていくアンドロイド。ずっと笑顔なのが不気味だ。そうだ。僕はまだ注文してないんだ。仕事を終えて退却するアンドロイドが逃げないように「待って!」と言って腕を掴もうとしたら、狙いが外れてスカートを掴んでズリ降ろしてしまった…。ピンクのシマシマパンツが丸見えになったアンドロイドはそれでも笑顔で「ご注文は何になさいますか?」とか言ってる。さすがだねぇ。でもそこはキャー!とか言うべきところだよ。たぶん。
僕はパフェを注文した。僕がお金を払うわけじゃないだろうから一番高い奴をね。そしてパンツ丸見えのままアンドロイドは厨房に戻っていった。
「台湾の保守系マスコミと日本の保守系とは仲良しなんだよ。その偽デモ情報が流れてから怪しいと思って調査の為に来てくれたんだよ。で、お前に何か被害がでてないかとか、ほら、あの左翼のババアと一緒にいた女にも話しがあるそうだし」
「えーっと…被害っつても。何も。んで?左翼のババアと一緒にいた女?」
「チェン・シュエリャンを連れてきた女だ。何者だ?」
ああ…クリさんの事ですね。あれ?言ってなかったっけ…。
人民解放軍の退役軍人とパイプがあって、同時に台湾の右翼系マスコミとも繋がってるなんて、戦時中の国家安全保障局の人間でもなけりゃありえんぞ」
諜報員だったかな。クリさんの前のお仕事は。
「ああ。クリちゃんのことか」
「…クリちゃん?」
「俺と同じアパートに住んでる人だよ。何者なのかっていうと…エッチなデータディスクを沢山持ってる女の子だよ。色々とお世話になってる。お前も何か借りていけよ」
いや、クリさんの経歴知ってるでしょ…なんだよエッチなデータディスク沢山持ってる人って。網本の中ではクリさんのイメージって学生時代のエロい先輩レベルなのね。
「う〜ん。まぁとにかく、お前気をつけろよ。なんならこの人達が護衛についてくれるし」
「いらん!むさい男の護衛なんぞいらん!」
「そんな事言ってても、屍になってからじゃ遅いぞ。今日は家まで送っていく」
「ちっ…勝手にしろ」

ファミレスを出てから徒歩で帰るんだけど、網本を中心に前後に例の台湾人さんのマスコミの人達が囲んで歩く。まるでSPに護衛されてる要人のように…。それにしても、ペラペラと中国語で話しまくってる。この人達って本当によく喋るなぁ。
ボロアパートが見えてきた。
「じゃあここで」
と網本が小酒井さんにお別れの意味で手をフリフリする。
「気をつけろよ」
と言う小酒井さん。なんだかんだ言ってお世話を焼く人だなぁ。
とか考えていたら、向こうのほうからエンジン音をブーンと立ててこちらに急接近してくる車。最初は走り屋でも着たのかと思ったけど、こんな細い道路をおかしな話だよ。
「ん?」
と網本が言ってると、例の台湾人の人達、何かを叫びながら網本の袖を引っ張って自分達の置いてる車の後ろに移動。一体何が起きてるのかわからずも、僕も小酒井さんもそれに合わせてアパートの塀のところまで急いで走る。
その急接近してた車はまるで道を塞ぐみたいに斜めになって止めると、僕たちに見えないほうのドアが開いてそこからゾロゾロと人が出てきてる。なんだか嫌な予感がするよ。
「おいおい、冗談じゃないぞ」
小酒井さんがつぶやく。
「何?何だよ!」
突然台湾人に引っ張られて連れてかれて何がなんだかわからないって感じの網本が叫ぶ。と、その時、台湾のマスコミの人達が乗ってきた車の窓ガラスがパンパン音を立てて割れ始めた。
「何なんですか!」
「ナオちゃん、君はアパートのほうに隠れてるんだ」
よく見ると窓ガラスだけじゃなくてフロントも音を立ててる。音を立てて凹んだり歪ませたり。っていうか、穴が開いてる。これは明らかに弾痕だよ!
着弾すると音はするけど発射する時の派手な音がない。たぶんサイレンサーつきのマシンガン。こっちも黙って撃たれてるわけにはいかないとか思ってるのか、台湾人も同じ様なマシンガンこしらえて撃ちまくってる。どっから持ってきたのよソレ。
「クソッ!ふざけんな!俺が何したっていうんだ!」
網本が身を丸めて叫んでる。その上に車のフロントとかのガラスが粉々に吹き飛んできて雨の様に降りかかっている。
道路を挟んで網本に言う。
「何?左翼の人が攻めてきたの?」
「しらん!おい、ナオ!俺の部屋に行って武器とってこい」
「はぇ?武器?」
「エアガンが飾ってあるだろう」
「エアガンで対抗するの?」
「バカか!エアガンの中でやたらとクソ重い奴が本物だ」
マジですか。そういえば網本が退役軍人だって事忘れてた。僕は背を低くしてアパートの階段のところまで行くと、網本の部屋まで走った。
カギ開けっ放しの部屋の中に入るとエアガンが飾ってある奥の部屋に行って一つ一つ片手でちょっと持ち上げて重い奴がどれか探す。「重い奴、重い奴っと…」あった。国旗の横のこの銃か。そういえば他のと違って使われてる感がある。マガジンのほうは棚の中にしまってあるのは知ってる。どうせこれも一番クソ重い奴が本物でしょ。あった。
それを持って網本の部屋を出ると、何故かクリさんがいた。
「なんだ?騒がしいな」
「クリさん!今外に出ないほうがいいよ、弾が飛んでくるから!」
「弾?なんだ、戦争でもしてるのか」
「いや、まぁ、そんな感じ」
「なら私の部屋に仕舞ってあるプラズマライフルでも使えばいいだろう。ほら、前にナオがコミケに持って行った奴だよ。なんとかバスター・キミカとかいう、コスプレの」
「って、やっぱアレって本物だったの?!」
「偽物を持っててもしょうがないだろう」
「えと、じゃあ、クリさん、これ網本に渡しといて」
「わかった」
「気をつけてね」
僕は今度はクリさんの部屋に行って、前にコミケに持って行ったっていうか着て行ったドロイドバスター・キミカのコスプレが仕舞ってあるダンボール箱の中からプラズマライフルを引っ張り出した。
「よし、近所迷惑になるからさっさと片付けるぞ」
それを持って廊下を駆け出してアパート前の路地に行く。
台湾の人が一人倒れて血を流してる。網本が例のマシンガンで応戦。クリさんはその倒れた台湾の人から武器を貰って、応戦してる。でも狙ってるのは相手の連中ではなくて相手の車だ。
「クリさん、何やってるの?銃撃ってる人狙わないと!」
「我々のほうが優勢なので、もし連中が諦めて車で逃げようとした場合に備えて、まずはタイヤを潰して逃げれなくしようと思ってな」
「え?皆殺し?」
「私はゲームをする時も動くものが目の前から無くならないと次のステージには行かない性格なのだ。それに、ここのアパートに攻めに来たんだから死ぬ覚悟で来てもらわないと困る。この私を敵に回すとはそういう事だ」
マジキチ…。
まだ向こうには死傷者は出てないみたいだ。相当なプロだ。そこらのゴロツキって感じじゃない。僕は台湾のマスコミさんが倒れて死んでいるのかと心配したけど、見たらまだ動いているので安心した。
「ナオ、プラズマライフルは車程度の厚さなら貫通する。狙っていけ」
「OK」
まず最初に銃を撃っていない、動かないで隠れてる奴を狙った。弾を込めてる奴だと思ったから。ライフルの弾は音も立てずに車の薄っぺらい装甲を貫通して向こう側にいる奴を射抜いた。
「頭だ、頭を狙え」
「わかったよ、頭ね」
射抜いた奴は倒れて横たわってるから僕も横になってそいつの頭の位置を狙って狙撃。次に銃を撃ってる奴の頭と思われる場所を暗くてわからないけど狙撃。静かになったから多分命中だ。反対の電柱に隠れてる奴も電柱ごと射抜いて狙撃。電柱に横に1線入って綺麗な弾痕が残った後にそいつはパタっと倒れた。
これだけ一気に体制が崩れると向こうは既に逃げる準備をしてる。台湾マスコミの人達が何かを叫びながら一気に突進していく。仲間を撃たれたから怒ってるっぽい。逃げ出そうとしてた残りの奴等をその台湾人達が蜂の巣にしてた。
「あークソッ!ナオ、プラズマライフル持ってるなら俺に貸してくれよ」
「これクリさんのだよ」
「クッソ…一人しか殺れなかった」
棚の後で様子を見てた小酒井さんが出てきて、
「君等は毎回こんなことやってるのか」
と呆れた顔して言う。
「毎回じゃねーよ!」
網本はカラになったマガジンを引っこ抜いて言った。
クリさんは中国語で何か言ってる。台湾のマスコミって言われてる人達はそれを聞いて、2名を残して後は怪我をした人も連れて、自分達の車に乗り込んで発進していった。
「とりあえず警察が来るだろうから逃げてもらった」
「あの人達って何なの?台湾のマスコミって聞かされたけど」
「台湾の保守派マスコミというのは諜報員の事だよ。私が招待した」
「招待…ねぇ…」
「とりあえず二人残ってもらって、このアパートの周囲を警戒してもらおう。撃ち損じた奴がいないか、連中が何者なのか見てこようと思っていたが、もう警察も来てるみたいだし、何か聞かれたら今の銃撃戦は関与していないという事にするんだぞ」
「そりゃOKだけどさ」
そこで一旦は解散になったんだ。
小酒井さんも自分の家に帰るんだとてっきり思ってたけど、どうやら網本の部屋に泊まらせてもらうみたいだ。でも、それは懸命な判断だと思うよ。今の状況だと一人になるほうがヤバイからね。
「しょうがねぇなぁ」とか網本は言ってるけど本気で嫌ってわけじゃないみたいだ。あの二人が戦場で仲間同士だったという話は聞いてないけど、やっぱり同じ右翼だし、普段から色々と意見を交し合ってきたから嫌なんて事はないんだろうね。
アパートの開いてる部屋は鍵が壊れてて、そこに台湾から来た2名のマスコミというか諜報員の方が泊まるという話になった。丁度道路に面してるから監視がしやすいとか。
最初は自分の部屋で寝ようと思ったんだけど、同じアパートでも心細いや。だからと言って網本の部屋で寝るのも嫌だし、ユキの部屋には入りたくないし、ぶーちゃんの部屋に入らせてもらおうと思って行ってみたら、クリさんの部屋で寝るのはどうかって話になってさ、そこで寝る事にしたんだ。

冬の朝は冷え込む。僕の部屋はとても寒いんだ。だから普段はまだ身体も部屋も温かいうちにベッドに入って朝早くに目が覚めてから色々と用事をしてた。
今日はなんだか暑くて起きた。そういえばクリさんの部屋で寝てたんだっけ…。
となりでぶーちゃんが寝てる。だから暑いのか、って思ったらそうじゃない!この部屋、そもそも色んな機器の電源つけっぱなしだから、例えば量子演算機とかがやたらと熱を出すんじゃないのかな!すっごい暖かい。いいなー。南国にいる気分だよ。
「ん?起きたか」
「クリさん、ずっと起きてたの?」
「いや、ちょっと寝たぞ」
「そっか」
「それより、昨日の件、ニュースになってるぞ」
「え?マジで?」
クリさんが見せてくれたのは地方のニュースだった。僕達のボロアパートの付近で銃撃戦が行われたと思われる。死者7名。身元不明。
「面白い事に、これだけ派手な事があっても全国ニュースではどこの局も報じてない」
「う〜ん…変だね」
「報道する権利と報道しない権利、知る権利と知らないでいる権利か。私は運命というものはあまり信じていないが、人というのはまず、知るか知らないかという偶然によってその後の自らの運命を動かしているとは思わんか」
「そりゃ…それはあるね」
「だとしたら、情報というのは金や時間や、それこそ人の命よりも重いものだとは思わんか」
「どうなんだろう。同価値じゃないのかな」
「ふむ。同価値か。そういう見方もあるな」
「どうしたの突然?それって重要な話?」
「いやな、向こうが想定していたか否かは知らんが、死んだ7人の人間の命の価値と同価値の情報を網本が握っていたとして、それを消そうとしたのなら、我々もその情報に見合う本気を出さなければならないという事かと、そう思ったのだよ」
「というより7人殺してまだ本気出してないとか」
その日はとくに何も起きなかった。何か起きたのは、また夜だったよ。そう、ゴールデンタイムに放送された番組の話なんだよ。

『今、若い人達の間で流行している右翼思想。一体何が彼らを突き動かしているのか。番組では、とある右翼団体の一人に密着取材をしました』
あら、放送してんじゃん!
その日の夕方、僕と網本とぶーちゃん、それからクリさんはみんなしてクリさんの部屋に集まってテレビを見てたんだ。ニュースやらの番組が終わったから7時から始まるアニメ専門チャンネルにぶーちゃんが変えようとした瞬間だよ。次の番組の案内がでて、それは以前僕たちが取材を受けた時の映されてる僕達の姿が少しだけ映ったから大騒ぎだよ。
「ななな、なななんなんだよ、ここ、これ」
ぶーちゃんは食べるのをやめてテレビに見入る。
「なんなんだよ、いまの!あたしが一瞬、犬みたいに地面に落ちたもの食べてたよ」
僕も叫ぶ。
「放送しねーんじゃねーのかよ!どうなってるんだ!」
網本が叫ぶ。
「ふむ。面白そうじゃないか」
クリさんがニヤリと笑う。
『『在権会』、つまり、在日外国人の権利を守る会の事務所がある。と言っても構成されてるのは在日朝鮮人帰化した連中だけどな』
『彼は大音量の拡声器を用いて主張する。日本から出て行けと』
「おいこら!俺が悪いような言い方すんな!」
「いや、近所迷惑にはなってると思うよ」
『近所迷惑になっていないのだろうか?我々は近所の住民にインタビューを試みた』
お、近所の住民さんが出てくるかな。
『ええ、凄い迷惑ですね。毎週ですからね』
「誰だよこの野郎は!毎週?前回のは2ヶ月前じゃねーか!」
網本、モニターを指差して怒鳴る。そんなに怒鳴ってもモニターの向こうの人には聞こえてないから。うるさいだけだから。
『石とか投げてましたからね』
「投げてねーよ!証拠だせコラァ!」
「まぁまぁ、落ち着きなよ。モニターの中の人と会話でもするつもりなの」
「コノヤロウがムカつく顔しやがって。どこにでもいるよな。このクソ顔は」
インタビューに答えてる住民はどこにでもいそうな感じの、特に美形でもなければブサイクでもないし、平均的な顔。でもテレビのインタビューなんてどこにでもいるような人が出てるじゃん。
「ふむ。どこにでもいるかどうか、確認してみようか」
クリさんは番組を録画したまま、その画面に映ってるインタビューを受けてる男の人の顔データを取りこんで解析してる。骨格や表情筋の特徴を画像からデータへ変換してから、データベースで検索を掛けるんだ。下手すればその人の個人情報が解るって…解ったし。
そう。画面には結果として、そのインタビュアーの個人情報が表示された。
「劇団、とらの子所属、増田健児」
「はぁぁぁ?劇団員?たまたま劇団員の人が近所の住んでてインタビュー受けたって事か?」
「いや、この経歴を見てみろ。エキストラとして番組に出ているらしいぞ」
「なんだとおおおお!」
網本さらに興奮。
「まぁ落ち着きなって。たまたま劇団員がインタビュー受けてて、たまたまその人がエキストラ経験が多いだけだよ」
「エキストラか。どの番組に出ているか確認してみるか」
クリさんはそう言うと、なにやら画像とそのエキストラさんの顔を比較し始める。超高速でいろんな画像が次から次へと表示されている。
「エキストラってキャストには出ないよ。なんとか劇団の人、とかなら出てくるけどさ」
「誰もキャストを見るとは言ってないぞ。結果が出た」
「んんんん?これは??」
何だが別の番組。いや、これは別のニュース番組だ。別のニュース番組にもインタビューを受ける人として出演してるぞ。じゃあ近所の人ってのも…嘘?
「こんんんんんのヤロウッ!」
「網本!落ち着いて、深呼吸、深呼吸」
「とりあえずこのインタビューは嘘という事か。続きを観ようか。面白くなってきたじゃないか」って感じに、さっきから録画してる番組の続きをクリさんは観始めた。なんだかとても楽しそうなのは気のせいじゃないよね。
画面は変わって、何故か右翼の取材なのに左翼の事務所の中にいるカメラ。どうなってるのよ。電気の消えた事務所の様な場所(たぶん、網本が外で拡声器で叫んでたあの事務所だと思う)で、神原千早って呼ばれてる女性と朝鮮人ぽい顔の四角な男の人が座ってる。
生活保護チケットを換金して国外に送金したというのは本当ですか?』
『嘘ですよ、そんなの。右翼が自分達に都合のいい話を流しているだけです。彼らがよく使う手段なんですよ。ありもしない犯罪をでっち上げるんですよ。マスコミが放送しましたか?彼らがネットでその情報をばら撒いてるだけじゃないですか。そのどこに信憑性があるんですか!』
「放送してねーけど実際捕まってるじゃねーか!お前等の仲間がよ!」
またテレビと会話してる。
「網本、モニターの中には人は居ないよ」
「しっとるわ!」
クリさんがキーボードをカタカタ操作してる。隣の朝鮮人の顔が拡大された。なんだろ?
「こいつ、ちょっと様子がおかしいな。泣いてないか?」
「ん〜そういえば。そうも見えるよね。泣いたあとかな?」
次のシーン。
『何ダ!オ前等!何スルンダ!』
さっきの朝鮮人が暴れてる。なんだろう?なんだか地面に仰向けに転がってて、身体を丸めてるところに蹴りが入れられてる。
「おいおいおい!ちょっと待てよ!俺こんな事してねーよ!」
「これは酷いな。本気の蹴りだ」
「うわぁ…」
「ちょっと待てって!俺じゃねーって!おい、こっち見んな!」
確かにあの後、僕達は一緒に車に乗って移動したんだ。網本がこの朝鮮人に本気の蹴りを入れるような時間は無い。だけど、網本と同じ服(画面に映ってたのはズボンだけど)を着てるってのもあって誰が見てもこの映像の撮り方だと完全に網本が蹴っているようにしか見えないよ。
画面は次のシーンへと映った。
僕たちが住んでるボロアパートだ。
『彼ら右翼の若者達がなぜこの様に怒りを前面に出して、差別や暴力を行使するのだろうか。彼らの普段の生活を我々は見てみる必要があったと感じた』
なんだよそれは…。
『ここに住んでいらっしゃる方でしょうか?』
『は、はぁ』
『これは夕ご飯ですか?』(マッシュポテトを指差して)
『え、えぇ』
『生活は苦しいですか?』
『う〜ん…今は苦しいですね』
それから何故かすぐに画面が切り替わって、僕が犬みたいに地面に落ちてるマッシュポテトを食べてるシーンになったんだ!どういう繋げ方してんだよ!
「はははははッ!犬かよお前は!」
「アンタが落としたんでしょうが!ボクのマッシュポテト!」
このシーンにコメントなし。入れてよコメントを!犬みたいに地面のものを食べてる僕の姿だけただ映しやがって!これじゃ普段からこんな食べ方してるみたいに思われちゃうじゃんか!
『彼らの中にある貧困に対する疑問が、怒りとなって現れているのかもしれない』
「あはははは!コイツは単にアニメグッズ買いすぎなだけだ!」
「ちょっと、さっきからうるさいよ!」
次のシーンは電気店街だった。そうそう、ここでビラ配りをしたんだ。今度は一体どんな方法で貶めようとするんだよ!
「あら?小酒井達も居たのに映ってないなぁ」
「なんか許可を取ってないから映さないとか言ってたよ」
「はぁ?」
小酒井さんやピコニャンの着ぐるみがまったく見えない位置からカメラで撮影だ。まるで商店街の中、僕達だけが寂しくビラ配りをしてるようにしか見えない。
「あ!この人、このおばさん。最初にあたしがビラを渡した人だ」
そう。そうだよ。渡したっていうか急いでビラを貰って人混みに消えた人だ。そのオバサンがインタビューを受けてる。そういう事か。
「クリちゃん!このババアも検索掛けてみてくれ」
「うむ」
しばらくしてからこのオバサンも別の番組に出ている事がわかった。なんだこれ、インタビュー専門の役者さんなの?これが大衆意見としてテレビに出るとか。完全な世論操作じゃないか。これはヤバイぞ…ばれたら国家反逆罪になるよ。
「この局は普段から慢性的にインタビュアーを役者にするという事をやっているようだな。まぁインタビューを喜んで受ける奴はあまりいないからな」
『(ビラを貰って)どう思われましたか?』
『あんな若い人が昼間から何をやってるのかと思いますよ。国家がどうとか、今の時代に。生活保護だけじゃなくてちゃんと自分が働いて、初めて政治に口が出せるんじゃないかと思いますよね』
『左翼と右翼、いつも2手に別れる意見についてどう思われます?』
『私はどちらかと言うと左翼のほうですかねぇ。いいんじゃないですか、移民を受け入れるのも。今の時代に国がどうとか言ってるあの人達よりもまだよく働いてくれると思いますよ(と、僕達のほうを指差して)』
「こんんのクッソババアアアアア!」
「網本、落ち着いて!深呼吸深呼吸。モニターが壊れちゃうよ」
網本はモニターをまるでオバサンの身体を引っつかむみたいに両腕でがっしりと掴んでから上下左右に揺らしている。そうやって彼の家のモニターも壊れたわけなのかぁ。
愛国主義からの解放、そして移民受け入れというグローバリズムへの協調か。このドキュメンタリーは右翼の考えを持つ若い者達を貶めるようなつくりになっているな。網本の様な輩にはまったく効かないが、右か左かどちらでもない層を左よりにする効果はあるな」
「最初っからそれが狙いなのかよ!クソが!殺すぞあのディレクター!」
「でも連絡取れないんでしょ?」
「ああ。だが居場所が解ったら殺す。確実に殺す」
次のシーンになる。
あの皇居へ向かう自動車の中での風景。
結局、皇居どころか東京どころか空港にも行かなかったけどね。
『おひしひよぉー』
「またお前かよ」
「なんだよ!なんでボクの食べてるシーンばっかり映してるの?!」
「まぁ落ち着けよ。深呼吸だ深呼吸」
「こんなくだらない弁当なんかで涙流したりしないよ!」
「流してるじゃないか」
って、あれ?皇居のシーンがあるぞ?行ってないのに?
「あぁぁぁ!?どういう事だ?行ってないぞ」
『若者達を駆り立てるものがここにもある。天皇崇拝。何百年も前に廃れているものだが、今の若者の心の隙間を埋め合わせるものとして現代に復活した』
「復活してねーよ!」
皇居で日本国旗を振り回してたり、皇居に向かって敬礼をしてる奴等。誰なのこの人達。右翼にこんなことするグループなんて居ないよ。
「あ!」
「ん?どうした?」
「クリちゃん!今の画像拡大してくれ!」
「ああ。これか」
「右の男の横顔、もっと拡大して補正できるか?」
「やってみよう」
あれ、どっかでみたような。
「おいいいいい!さっきのエキストラじゃねーか!」
あ、ほんとだ。すっごいマヌケな顔して皇居に敬礼してる。顔見えないから別に強張らさなくてもいいのに。これがプロのプライドって奴なのかな。
まだまだ番組は終わらない。
コマーシャルを挟んで引き続いては中華街のシーンだ。
『南山市中華街。日本に数多くある中華街の一つである。海外からの移民、とくに中国人はこのように住む場所の文化に従うのではなく、自分達の文化をそこへ持ち込む。彼ら右翼にとってそれは、日本の文化を排他してるようにも映っている』
「映ってねーよ。祖国の文化を誇りに思ってない奴なんて俺は信用しない」
『放火や投石。彼らのたまったストレスの捌け口は移民達に向けられる』
って!なに放火してんだよ!
映像ではボカシの入った人物がゴミ箱に火をつけて走って逃げるのをカメラマンが追いかける構図になってる。っていうか、なんでボカシ入れてるの。犯罪者の人権なんてないでしょうに。でもそれだけに終わらなかったんだ。別の奴が店の、つまり僕たちが行ったあの中華料理店なんだけど、そこの窓ガラスに石を投げてるんだ。そこにもボカシあり。
「これじゃ俺達が石投げてるみてーじゃねーか!」
「でもよくこれで警察が来ないね。なんでだろ」
「李さんが、いや、つまりな、あの店の中国人が通報してないんだよ。でもこの番組みた奴等は俺達がやったんだと思って通報するだろう。これ」
『犯人はまだ見つかっていない』
「ふっざけんな!クソが」
さっきにもまして勢いをつけてモニターに飛び掛った網本はそのコードが引っこ抜けるんじゃないかってぐらいの勢いで引っぺがそうとしてる。僕とぶーちゃんが引き離してようやく大人しくなったよ。
その時、玄関からコンコンと音が聞こえた。
「網本、ここにいるのか?」
どうやら外まで網本の怒声が聞こえてたみたい。すぐに位置を特定されたよ。この声は小酒井さん、網本の部屋にいなかったからこっちに来たのか。
開いたドアからは小酒井さんだけじゃなくて、隣に待機してた2名の台湾人のマスコミさんと小酒井さんの部下が来てる。
「網本がテレビ局と何かをするって知ってから念のため仕組んでおいた。日本のマスコミには左翼思想に染まってる輩やそもそも日本人じゃない連中で構成されているからな」
「と言っても、呼んだ人だって台湾のマスコミでしょ…」
「台湾だろうが中国だろうがアメリカだろうが、親日の人間はいる。いや親日という言い方では語弊があるな。日本が保守的な考えでいてもらうほうが国益になると考えている連中だ。特に台湾は大戦時に中国による情報操作で幾度と無く混乱した経緯もある。その経験から今でも日本のマスコミを監視してるのだよ」
「でもいくら叩いたところで8割ぐらいは左翼だよね」
「そうだな。だからこうやって、敵が尻尾をだした時に、その尻尾をひっぱりあげて『トカゲのしっぽ切り』で終わらせないぐらいのダメージを与える。これが彼らのやり方だ」
そう言ってクリさんはデータディスクを数枚、台湾のマスコミの方に手渡した。
「クリさん。僕はまた街中で銃をぶっぱなすのは嫌だからね」
「そんなものは必要ない。情報は武器より強しということわざを知らないのか?」
そう言ってニヤリと笑うんだ、クリさんは。
「なるほど。そういう事か」
さっきまで怒り狂ってた網本は落ち着きを取り戻して、いつのまにかクリさんの話を聞いていた。そして突然難しい問題が自分の力で解けたような顔をしてそう言ったんだ。
「どういう事?」
僕もぶーちゃんも、それから数日間はこの答えはわかんなかった。

数日してからネットを騒がせていたのは台湾の番組だった。
日本のマスコミの腐敗と題して、例の網本が出演していた右翼をテーマに取り上げてた番組の裏舞台を全部見せたんだ。
網本の視界や、超小型のカメラドロイドの捕らえた映像にはインタビューを受ける役者とスタッフの打ち合わせ左翼のオバサンとの打ち合わせや、その役者さんが店に石を投げ込んでいるボカシ無しの映像、皇居で撮影する際に警備員ともめている(皇居の撮影には許可が必要)様子だとか、無許可で撮影してる様子、その責任を局ではなく、網本の右翼団体に擦り付ける様子、台湾の暴動計画がある旨の情報を流している様子…。絶対にテレビでは公開できない裏舞台がそこにあった。
世界中に放送されたけど、日本のマスコミはだけはそれらに一切触れなかった。日本人がその事実を知ったのはネットからの情報だけだった。
そして、ネットに情報が流れ始めてから1時間後、ある瞬間を境目にぷっつりと政府放送以外のテレビ局のチャンネルは映らなくなった。
「クリさん!テレビが映んなくなった!」
僕がクリさんの部屋に飛び込んだときは既に網本もぶーちゃんも小酒井さんも来てた。
報道規制が始まったな。さてここからが『しっぽよりも上がどこまで切れるか』だな」
クリさんは政府放送チャンネルを見ながらネットで国会の動きを見守っていた。国会というのは24時間運営されてて、ネットに接続している純粋な日本人だけが参加可能な会議で、ここで議決された意見が秒単位で施行される。日本の民主主義の中枢を担うところだよ。
まず最初に海外へ抜けるルートである空港が全て運転中止。30分経過して最初にあの役者さんが警察に逮捕された。それから製作に関係したスタッフが捕まって、空港で国外へ脱出しようとしてた局の幹部が逮捕。社長は既にアメリカにいたけど現地警察に逮捕されちゃった。この間わずか1時間。深夜2時〜3時の間の出来事でした。
「どうだ?情報は武器より強しだっただろう?」
さすがは世界でのトップ3位におさまる民主主義システムを構築してる国家だよ。クリさんが言うとおり改めて情報の強さっていうか、スピード感というものを味わった気がした。もしこれがどこかの組織のなかで行われていたとしたら、情報が組織の上層部に行ってからミーティングして、方針が決定してから下層部に命令が行き渡るまでには相当なレスポンスが要されると思うよ。たぶん、国会に参加した人すら議決されて施行されるまでの早さに唸るほどの爽快感を覚えているんじゃないかな。
「今回はしっぽだけじゃなく胴体の辺りまで食いちぎったな」
「クリさん、これって」
「うむ。コマーシャルで番組予告をした時点で、既に政府から調査機関に依頼があったようだな」
あまり政治には興味ないから見てはいなかったけど、国会議事録にはマスコミ調査機関へ調査依頼示がされてた。そうか、既に番組の予告が流れた時から一部の人が怪しいと思って探りを入れてたんだね。一方で左翼の一部の国民がその探りに対して猛反発してる。バカだな…もう反発したら怪しいと思うのが人なのに。
「証拠が無ければ立件は難しいが、今回のは『これでもか』というほどに証拠を用意したからな。もう『ごめんなさい』での減刑すら難しい。国家反逆罪確定だ」
つまりクリさんは、コマーシャルが流れて国会でこの話題が議論される事を想定してて、その際の警察が動きやすいような情報を事前に準備してたというわけなんだね。これがなければ、関係者…つまりこの騒ぎを起こした張本人である日本のマスコミさん達はいいタイミングで国外逃亡してほとぼりが冷めてから帰国するっていう選択肢が得られてたんだ。
クリさんの話を聞いて網本が立ち上がった。
「どうしたの?」
「いや、謝ってくるわ」
「どこに?」
「李さんのとこに」
「え?網本がやったんじゃないって証明されたじゃん」
「ちげーよ」
「?」
「巻き込んじまった事を謝ってくるのさ」
「ああ…そっか」