7 突然ですが雪山に行きます 4

白い雪の上に横たわる日和をよそに、俺はスキーの練習に励んだ。
ハの字ね。なるほど、ブレーキを覚えてスピードを緩めることが出来始めると、俺のスキーに対する恐怖心が次第に揺らいでくるのがわかった。初心者が上級者を真似てかっこよく滑ってやろうかという域に達してくる。なかなか面白いじゃないか。でもスキーは楽しいけど、スキー場に来て色々と準備をするまでが大変だよね。
さてと、久しぶりに日和のほうを見てみると、彼はハードコースの天辺で(まだスノボ初心者だというのに)時々立ってはまじめな顔をして滑ろうとするが、それから5メートルいかないうちにコケて雪の上に顔を突っ込んでいる。もしかして日和って俺よりも運動音痴?
「おーい…全然滑れてないじゃん」
「ん?ん〜」
日和は雪の中に頭を突っ込んだまま答える。
「もしかしてスノボ初めてなの?」
「うん。初めて」
「…」
「いや、スキーはやってるさ」
「ふーん」
日和は立ち上がり、身体についた雪を振り落とした。
そして、改まって言うのだ。
「妹よ」
「ん?」
「俺とペアで滑ってみないか?」
「どういう目的で?」
「支えが欲しい。男を影でそっと支えてくれる女の存在が欲しい」
「言い方はしっくりくるけど、意味は読んで字のごとく『支え』だよね?すごく物理的なものだよね?松葉杖みたいな役割だよね?」
「最初っからなんでも出来るというのが間違ってる」
「そりゃそうだけど…それは君が言ったらダメじゃん…」
「いいからちょっと支えてくれよ!」
と、叫びながら突然にして日和が抱きついてくる。『支え』ってまるで最初から抱きつくことが目的…いや、そうに違いない。ったくどうなってんだよコイツの思考回路は。
それから「放せ変態!」「頼む!」「触るな、通報するぞ!」「俺が法だ!」「こら…どこ触ってるんだよっ…」「はぁはぁ」というやり取りを繰り返しながら義理の兄弟がスキー場のハードコースの天辺あたりで暴れる。
そして何かの拍子に、俺と日和はそのハードコースの急な下り坂をほんの僅かにも進んでしまい、後は重力に任せて下へ下へと降下し始めていた。
「え、ちょっと!」
「おおおお!おおお!」
やばい。俺の脳裏にはバランスを崩して転がり始め、途中から雪だるまになってどんどん大きくなった俺達が街を潰していく想像が浮かんでは消えていた。それならちょっと笑いがとれていいんだろうけど現実はシビアだ。ハの字とか馬鹿馬鹿しくなるぐらい、まるでオリンピックでスキージャンプする時ぐらいのありえない速度で日和と俺という二つの塊が坂を急降下していく。
しかもこっち、コースじゃねーし!
雪だるまの妄想から一転して、今度は木々に衝突してディズニーのアニメよろしくぺっちゃんこになる想像が浮かんでは消えていく。その合間に今までの楽しかった事や辛かった事が走馬灯のように頭をよぎった。
幸いにも俺達は木々の間を奇跡的にすり抜けていき、「おおおおおおおお!」とかいう叫び声を上げながら谷間らしきところに一気に落ちた。本当に落ちた。重力を感じた。なんだかおなかの辺りが「はぁぁぁん」って感じになった。地面に落下してこれまたディズニーのアニメよろしく人の形をした跡がくっきりと残るのを想像したが、
なんとか、助かった。
木々の枝の中に落ちてそれがクッションになったのだ。