20 ゾロ目の宿命を背負う男 8

それから映画館に行ったんだ。
もう11時11分11秒は過ぎてるから、次のゾロ目は12時22分22秒かな。0時0分00秒というみかたもある。とにかく、その時間はさすがに映画を見ている最中だろうから佐藤さんが時計を見ることなんてないだろうと思うよ。
どんな映画を見るかっていうのはじゃんけんで僕とクリさんで争った挙句にクリさんが勝ち、戦争モノを見ることになった。そういえばクリさんは戦争系の話だとか陰謀系の話が好きなんだよなぁ。確かにそんなイメージだ。っていうか実際に戦争に参加してるし、それに諜報員としても活躍してたから、そういう映画がすきなのはわからないでもないな。ちなみにもし僕が勝っていたら何を見たかって言うとね「ドロイドバスター・キミカ」だよ、これっきゃないね。でも佐藤さんは露骨に嫌な顔をしてたけど。
さて、そういうわけで映画を見た。
とにかく戦争で仲間が次から次へと死んで死んで死にまくる映画だよ。ロマンスの欠片もなければ萌え要素も皆無。あるのは血と肉片と叫びと怒号。ストーリーは字幕でよくわかんないけど、クリさんの様子を見る限り「ふん…なかなかやるじゃないか」「こいつは死ぬな」「この銃安全装置を外していないじゃないか」とか随分とお楽しみの様子だったよ。僕はずっとキャラメルポップコーンを食べてて、無くなったらまた買いに売店まで行き来してたね。
と、そろそろ時計を見ておこう。
時間は既に13時を過ぎていた。ということは13時33分33秒に気をつけないといけないかな。それとも1時11分11秒?
僕は席について隣に座っている佐藤さんの様子を見てみた。映画を見てる最中の人が時計を気にするわけないか。じっとスクリーンを見つめている。ああ、そうか、もうクライマックスなんだ。
「ふぅ。実にすばらしい映画だった」
とクリさんは立って拍手。やめてよ恥ずかしい。誰も立ってないよ、目立ってるよクリさん…。隣に座っている佐藤さんも恥ずかしそうだ。
「クリさん、誰も拍手なんてしてないよ」
「主役のジミー・チェンの死にっぷりがよかったな。戦車のキャタピラに引かれてミンチになる奴だ」
「それ脇役でしょ…っていうか主役は死なないし」
エンドロールが終わるまでクリさんも佐藤さんも立ち上がらず、僕はわけのわからないアルファベットがたらたらと流れていく様を飽きるまで見る羽目になった後、ようやく二人は立ち上がって映画館を出る準備をしている。
「よっこらしょっと」
と僕もそれにあわせて…。
ビリビリビリ。
ん?
僕は一瞬何が起きたのかわからなかった。ただ、僕の周囲に座っていた男性が全員僕のほうを見て、「おぉぉぅ!」と驚き、その殆どは身体を前に逸らすような奇妙な姿勢になったんだよ。その海老みたいな姿を見たときに自分の身に何が起きたのか悟った。というか、妙に身体が涼しくなってたからそこで気付くべきなんだけど、まさか…ねぇ。
「なんで服が全部脱げるんだよ!!!」
僕は辛うじて引っ掛かってるパンツを落ちないように手で掴んで、もう片方の手でおっぱいを隠した。
「すっげぇ…」「おぉ…」
とかいう小さな声が静まり返っていた周囲に響く。
佐藤さんが無言で僕に彼が着ていたスーツを脱いで着せる。
まるでレイプされた少女がお父さんに連れられて家に帰るみたいな雰囲気で、僕は泣きたくてもやっぱりそこは男の子なので泣けないと思いながら背中を丸めて映画館を後にした。
「ふむ。興味深いな」とクリさん。
「何がだよ!」
「服が全部一気に脱げるという確率はどれぐらいか?」
「知らないよ!」
「さっきの下着店でブラのホックはちゃんと確認したな?」
「う、うん。それがなに?」
「買ったばかりのブラのホックも外れてるぞ」
「そりゃ…そうだね、全裸になったんだもん」
「これの確率は?」
もう。確率確率って、なんなんだよ。
「滅多に起きないんじゃないのかな。少なくとも買ったばかりのブラのホックが外れているタイミングでブラウスからスカートのホックに至るまで全部が同時に脱げる確率なんて、コメディドラマの世界の話だよ」
「そうだ。宝くじを当てるよりも低いかも知れないな」
あ…パンツだけはどうやら無事だったみたいだ。
よかった。