21 愛のエプロン料理王決定戦 7

用意されたキッチンに立つ。
刺身とステーキか。ステーキは単純に焼くだけでいいや。刺身が難関だなぁ。僕はスーパーで売ってる刺身でも切った奴をそのまま食べてるし、そもそも刺身が魚の身体の一部だなんて思ってない人だからさ、海の中をあの切り身の状態で泳いでるってつい先日まで思ってたぐらいに知らないからさ、まさかと思うけど水槽から魚を取って切り刻んだりはしないよ…ね?って、取ってる、取ってる、他の人、網とか使って魚取ってるし。くそぉ…。難関だ。
まず難しいものから挑戦するか。
「お、ナオちゃんはまずお刺身から調理に取り掛かるのですかね」
カメラが僕を写している。
「ナオちゃーん!」と席の方から応援が…なんですか、あのちょっと昔のアイドル追っかけっていう化石化した人種な人たちは。
くそぉ。無視無視。
網を持って水槽の前に行く。
「どれにしようかな?」
「調理しやすい魚がいいでしょうねぇ」と司会者さん。
「それじゃあ、このアジで」
逃げ惑うアジを網で追っかける。くそぉ。くそぉ…フィギュアぁぁ。もー!金魚すくいに来たんじゃないんだけどさー。あと少し…「よし、とれた」と僕が言った瞬間、そのアジが勢い良く飛び跳ねて、どこへ行ったかというと。
あれ?どこへ行ったんだろ?
次の瞬間、なんか冷たい感触が僕の肩の辺りからするりと胸に向かって入ってきて「ひゃぁぁぁぁ!」と情けなくもテレビの前で悲鳴を上げる僕。観客席からは「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」という声援?が聞こえる。あ、クソッ!マジですか!魚が服の中に入った。
「ひぃぃぃぃ!!!」
「おぉぉーっ!これは、大丈夫でしょうか、ナオさん、魚が服の中に侵入していきます。まるでエロゲームの1シーンのように、漫画のような展開です。これは狙ったファンサービスでしょうか?!」の司会者の声の後、「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」という声援。
「ひぃぃぃぃ!!!」
僕は叫びながらいつの間にか下着だけになっていた。
「これは凄まじい!今までこのような光景はありません!下着一枚です!テレビで放送出来るのでしょうか?出来ていますね、まだ辛うじて出来ています!これも一重にナオファンクラブのずっしりとした念の力でしょうか」
邪念だ!
下着一枚で髪はぐしゃぐしゃ。その状態で既に呼吸困難で動けなくなっている魚を2匹拾い上げると、それを予定していた皿の上にゆっくりと置いた。
「ナオさん、今の気持ちは…?」
「気持ち悪いです」
「…では、審査員に評価していただきましょう!えっと…一番左の…太った審査員の方」
名前知らされてないのかよーっ!!
名前で呼んでもらえなかったぶーちゃんがおどおどとしながらマイクに向かってコメントする。
「え、永久保存版、か、かなぁ…」と言った後に「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」と声援。なんだろ、その声援は。
「永久保存版が出ました!永久保存版です!これはポイントが高い!それでは、次の審査員の…えっと、メガネの方」
網本も名前で呼ばれてないよ。クリさん、名前ぐらい偽名でもいいから設定しておけばいいのに。
「相変わらずバカやってるな、このメスは」
「おーっと!相変わらずバカやってるなが来ました!バカ認定されています!これは低評価か?」
あぁ、これは罵声の嵐になりそうだ。僕のファンクラブからのね。
「なんだとバカはてめぇだろうが!」「ひっこめ人間のクズ!」「メガネがキモいんだよ!」「家からでるな!オタク野郎!」「右翼が!」
なんで右翼って知ってるの…。
「んだとコラァ!今右翼って行った奴出て来いやァ!」
引っかかるのそこなのかよーっ。網本がテーブルの上に乗り上げて今にも跳びかかりそうになるのをスタッフ数名が制止する。それでも暴れる網本。なんか「てめぇコラ!左翼だろうが!出て来いやコラァ!」とか言ってる。
「さて、次の審査員の料理評論家、武田一斉さんに聞いてみましょう」
それきくんだ…料理評論家にきくんだ…。はぁ…。
「えー。ノーコメントです」
ですよね。
「ノーコメントですか。では隣の、最近人気が上昇し始めた自称アイドルの北川ゆりえさん!」
自称かよ。
「えっとぉ…絶対ウケ狙いだよね?」
ムカッ…。
僕は手に持っていたアジを投げた。
その後どうなったかはわからないけど、アジがそのまま北川なんとかっていう自称アイドルの胸にすぽっと入った気がしたけど、カメラはそこは写さなかった。なんかカメラに嫌われてるみたいだ。向こうできゃあきゃあ言いながら服を脱いで魚を出そうとしてたけどね。なんか寂しいアイドルだなぁ。