21 愛のエプロン料理王決定戦 24

武田さんはカメラでもなく、司会者でもなく、観客にでもなく、クリさんに向かって話し始めた。司会者の「報われない」という言葉に対する意味を含めてなんだろうと思う。
「私が料理評論家なんて仕事をするよりもずっと前。貧乏だった私にとっての唯一の楽しみは地元の映画館の早朝上映を見てから、映画館の食堂街にある小さな定食屋で昼ごはんを食べることだった。スズキ屋と言ったかな。70ぐらいのご老人が一人で切り盛りする小さな店だ。ラーメンや焼肉定食、焼き飯に餃子、焼き鳥定食…どこにでもある定食屋だった。私は焼き鳥定食が好きでね。鳥のモモ肉を醤油ベースのタレでグツグツと煮込んで客に出すんだ。ちょうど君が作ったこの料理のように」
そう言って料理評論家の武田さんは食べカスすら残っていない皿を見つめて話を続けた。
「貧乏だったが幸せな日々だった。だが…それも長くは続かなかった。ある日、私がいつものように映画を見終わってからスズキ屋に行き、注文すると店の奥で物音が聞こえた。心配になった私が見に行くと、店の主人が倒れていた。脳梗塞だった。そのまま帰らぬ人となってしまった。こうして私の前からスズキ屋は姿を消した。それだけじゃあない。もう今では過疎が進んで映画館も商店街も残っていないよ…私にとってスズキ屋も映画館も、あの街も、青春の一部だった。それから私は無謀な事をした」
まだ残っていた味噌汁の汁を少し飲んでから、
「日本中、いや、世界中を旅してスズキ屋を探したんだ。馬鹿な話だ。もうなくなってしまったのに、どこかにそれがあるんだと信じて…いつしか私は料理評論家と呼ばれるようになった。だが今も昔も変わっていない。私はただ、思い出の料理を食べたかっただけだ」
司会者が聞く。
「では、栗原さんは『思い出のスズキ屋の料理』を再現したという事なのでしょうか?」
あくまで武田さんはクリさんに向かって話していた。
「どこからその情報を仕入れてきたのかは聞かない。だが、美味しかった。ありがとう」
それから、今度は会場や他の選手に向かって言った。
「この世の中には沢山の美味しい料理がある。だが、どれが一番美味しいのかは誰にも決められない。沢山の料理があるが、それを食べる人間も沢山いるからだ。それぞれが同じ感覚で料理を楽しむわけじゃあない。一人一人、料理に対する感じ方は違う。だから、他の選手の方々も、この番組を見ている方々も、どうか自分の料理がダメだと思わないで欲しい。その料理を楽しみにしてくれる人はいる。料理が与えるのは味という感動だけじゃあないんだ。思い出も一緒に与えてくれるんだから」