11 忍び寄る者 2

その週の土曜日、休みが重なったので俺達は一之瀬村で探索を行った時にみのりが撮っていたビデオを見ることにしたのだ。
集まったのは春日の家。何か特別な理由があるというわけじゃない。春日の家には大きな液晶テレビがあるからというのが理由だ。
リビングにはあの日一ノ瀬村に行った4人に守山を含めて5人だ。
ビデオが始まる。
最初は守山がポテトチップスを食べる音がうるさくてしょうがなかった。あいつはこの集まりをお菓子を食べる会みたく考えてるんじゃないのかと疑いたくなる。ただ、そのポリポリという音が俺や皆の恐怖心を消していたのだと思える。途中からその音が恋しくなってくるのだ。守山も菓子を食べる手を止めて画面に見入ってしまったからだ。
俺達は学生時代に心霊スポットをめぐってはビデオを撮り、帰ってから大学のサークル部屋で鑑賞するというのを繰り返していた。部屋の明かりは全部消す。そして今日のようにお菓子を持ち寄ってぽりぽりと食べながら、談笑しながら、時々恐怖しながらも観るのだ。
今日もそのようにしていた。
心霊ビデオを観るときのコツというのがあって、みんないつの間にかそういうコツを掴んで「ちょっと違う見方」でビデオを鑑賞していた。
普通にテレビの番組などを観るとき、たいてい人は主体となる人物や物に目を向ける。液晶テレビとなって映像もよくなり画面も広くなった今のご時世であっても、人がテレビで見ているものは大きな画面ではなく、そのなかの主となる物だけ。
そういう部分を見ていては幽霊などは映っていない。
たいてい幽霊が映っているのは画面の隅や暗闇、鏡のなか、そして時折起きるノイズの中。つまり、心霊ビデオを観るときのコツはこういった普通誰も見ないような箇所に目を凝らし、そこに映った「何か」がとりあえず人の顔のように見えないか考えるのだ。こうやって考えてみるとずいぶんとひねくれたような見方をするものだと思う。そして3つの点でもあろうものなら人の顔が見えただの大騒ぎをするのだ。
序盤、俺達が一ノ瀬村に到着する間は、結局その方法で目を凝らしてみても何も映っていなかった。
みんな安心していた。
…大学時代は、何か映っていたほうがいいという期待を持って見ていたのに、今は何も映って欲しくないと、そう必死に願っている自分がいる。
本当の自分勝手な連中だと思った。俺も含めて。