11 忍び寄る者 9

「もういいでしょ!止めてよ!」
春日が叫ぶ。
「春日、お前なんでこのビデオみようとしてるのか解ってるのか?」
あいも変わらずいつもの調子で怖がっている春日に俺は言った。これじゃあ学生の時となんら変わりないじゃないか。俺達は心霊スポットに行って適当にビデオ回して、帰ってからそのビデオをみんなで笑いながら見ていたんだ。それと今回のを同じにしてもらったら困るんだ。
「そんなこと言ったって…頭がおかしくなりそうだよ」
「怖いのは分かる。俺も怖いさ。でも今回のは怖いのを楽しむもんじゃねーんだよ。宮元がなんで死んだのかを調べてるんだろうが。ただの心霊スポット巡りな気分でこのビデオを見るな…。ってか、お前が言い出したんだぞ」
「…」
春日は押し黙るとしぶしぶビデオに目を向けた。ただ、両耳は相変わらず手で塞いでいた。
「じゃあ、続きを見るよ」
小林がリモコンを操作する。
相変わらずワケのわからない唸り声は聞こえてくる。ずっと。ずっと聞こえてくる。このビデオを再びリモコンで停止させても、この部屋からでたとしても、そして俺達が各自家に帰ってからもその唸り声が頭の中をぐるぐると回ってしまうんじゃないかっていうぐらいに、思考を支配していく。
「…この唸り声って」
みのりが言う。
「ん?」
「私、この声を聞いた気がする。ほら、村から出ようって話をする時にさ」
「あぁ…そういや唸り声がどうとか言ってたな」
「うん…ちょうどこんな感じ…え?なんかさっきよりも大きくなってきてない?音量上げた?」
みのりが小林に聞く。
「いや…。唸り声がどんどん大きくなってきてるみたいだな。音小さくしようか」
「うん」
小林はリモコンで音量を下げるよう操作した。
「…マジかよ」
小林が言った。俺は声が出なかった。みのりも耳を塞いでいる。春日はどこから持ってきたのかクッションを持ってきて、それを頭にかぶせている。守山は口をぽかりと開けて、もうお菓子を食べる気力すらないみたいにして、画面をぼーっと見つめている。
小林は音量を下げたのだ。確実に俺達の声や足音などは小さくなっていった。しかし、唸り声だけは小さくならない。いや、むしろ大きくなっているような気すらする。パソコンで各ソフト毎に音量設定が出来るのだが、あれに似たような状態だ。俺達は俺達の声や足音だけボリュームを下げたような状態になったのだ。
「音量あげよう」
「あ、ああ」
俺に言われて、元の音量に戻す小林。
「どういう仕組みになってんだ…これ」
唸り声はどんどん大きくなる。
俺達の声はかき消された。
辛うじて聞こえたのは、
「『え、いや…なんだろ、唸り声?』」
「『どっちから聞こえるんだ?』」
「(唸り声)」
(早くその建物から出ろ!)
俺は心の中で必死に叫んでいた。
映画を観る時、主人公達と気持ちが重ね合わされるアレに似ている。だが違う。この物語の結末は知っている。俺達は暫くしてからこの建物から出て行き、そして帰宅するのだ。無事に。だが、それが分かっていたもなぜか俺は必死に心の中で建物を出ろと叫んでいた。そうせずにいられない。
どんどん大きくなる唸り声。
その時だった。
「『出ようよ、何かヤバイって』」
みのりだった。
やはりみのりには霊感があるのだろうか。あの時俺達はただ薄暗い建物の中で血らしきものが床に広がっていたのを気持ち悪そうに見ていたのだが、みのりだけは随分と前から、言うなら一之瀬村でビデオを回し始めた瞬間から呻き声を感じ取っていたのかもしれない。ビデオの中のみのりの手を思わしきものが俺の袖を引っ張っている。
ようやく俺達はしぶしぶとその建物をできというシーンとなったのだ。遅すぎる。もう周囲は唸り声だらけでその中で平然としている俺達の滑稽な姿がみのりの撮影するビデオの中に収まっていた。
声が小さくなった…。
やはり建物の中から聞こえてきたのか?
いや…違うな。
そう、俺は建物の中だけに声の主がいたのではないことを悟ったのだ。
「『来た!来た!来た!何か来た!』」
ビデオの中の春日が叫ぶ。
「や!ちょっと何よこれ!いやーーーーーーッ!!!」
部屋の中の春日も叫んだ。俺も小林もさっきまで声すらあげなかったのに、「おおおおぉぉぉ!!」と叫んだ。みのりは泣いている。
「『おぉぉおおおぉぉおぉぉおぉぉぉおおおおおおおぉおぉぉおおおぉぉおぉぉおぉぉぉおおおおおぉぉおおおぉぉおぉぉおぉぉぉおおおおおおおぉおおおぉぉおおおぉぉおぉぉおぉぉぉおおおおおおおぉおぉおぉぉおおおぉぉおぉぉおぉぉぉおおおおおおおぉ!!』」
それは様々な声だった。男もいれば女もいる。老人や子供も。その様々な声が混ざり合ってとんでもない音量と恐怖を音に変えて周囲に響かせながら近づいてくる!
みのりのカメラが音のする方向に無条件に向いた。
カメラが捉えたもの。それは、村の道を、先程の死体の塊…つまり手や足や顔などが集合した肉塊が不器用に不気味にその手足を動かしながらも凄まじいスピードで俺達に近づいてくる様子だった。それはカメラのすぐ横を通りすぎる。振動が伝わってカメラが揺れているようにすら思える。だがこれはあの時みのりが震えてカメラを持っていたのが理由だったことにすぐに気づいた。だが、そんなのはどうでもいい。あれはなんだ?
そこでカメラが止まった。
俺達は暫く、真っ暗になった画面をみて固まっていた。