22 2xxx年宇宙の旅 27

停止していた軌道エレベータが動き始めた。っていうのがなぜわかるかっていうと、僅かな電子音が響き始めたからなんだ。重力が制御されているので上昇しているっていうGは感じ取れない。
さっき網本が大量にばらまいたうんちはどうなったかって?もちろん、そこら中に散らばってるさ。でもフロアのサイズはうんちに比べて格段に広いから外国から来た人が涙を流しながらうんちをハンカチで取っている以外はみんな落ち着いたものだったよ。うんちが頭に降ってきたなんて日本語で言わなきゃわかんないし…。
色々とあったけど、これでようやく旅も目的地に到着して終わろうとしてる。
西遊記じゃないけど色々と苦難を乗り越えて到着したこの場所は随分と高尚に見えるなぁ。観光客向けに改造された宇宙ステーションの大窓フロアから見える地球はとても綺麗だ。青く輝いていているその天体は僕達が遥か空の彼方からまるで神の如く見下ろしているにも関わらず、その存在を示して僕達の存在をちっぽけなものなんだと再認識させてる。
とても素敵だ。言葉でうまく言い表せないよ。
「どうだ?来てよかっただろ?」
シャワー室で着替えてさっぱりしてきた網本が言う。
「うん、まぁ、ね」
「俺はこれが見せたかったんだよ」
「地球の姿?」
「まぁ、そうなんだけど、あれだ。お前らは嫌っていうほどテレビやら映画とかでこんな映像を見てたかもしれんけど、自分の目で見て感じ取って欲しかったんだよ。俺もそうしたかったし、そうしたらまた何か別の考え方が見つかるかもしれんと思ってな」
別の考え方かぁ。網本の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったよ。この人、右翼団体に所属していて、自分と異なる考え方の人達を排除する思考なはずなのにね。
そしてお菓子食べながらアニメばっかり見ていたぶーちゃんも強化ガラスごしに顔をぺったりとくっつけて地球を見下ろしていたんだ。
「あたしたちの住んでるところ見えそう?」
「ん、ん〜。わかんないな。でも、こ、こうみると、ま、まるで自分達があそこに住んでるって思えなくなるよね。な、なんだかね」
「あー。うん、それはあるかも」
僕達が住んでるところはお世辞にも緑に囲まれた環境でもないし、都会のど真ん中でもないし、色々と中途半端、しかも木造のボロアパートで、中にはアニメグッズとコンピュータばっかり、そんな意味不明な空間がこの綺麗な地球の日本ってところにあるわけなんだよ。ここから見下ろしたら1ドットの中に入ってるかどうかもわかんない。
でも確かにそこに僕達の世界があって、そこで暮らしているから、確かに僕達は地球に住んでるんだけど、こんな高いところから見下ろしてこんな綺麗な景色を見せられたら、まさかこの中にオタク空間が広がっているなんてね、わかんないだろうしね。
クリさんもぶーちゃんを真似て強化ガラスに顔をくっつけて見てる。なんだろう。こんなクリさんを見るのはじめてだなぁ。僕が話しかけようとした時、クリさんのほうから話し掛けてきたんだ。
「我々はどうしてここにいるんだろうな?」
「どうしてって…そりゃ旅行に来てるからじゃん」
変な質問をするなぁ。
「いや、どうして旅行に来てるのかと思ってな」
「興味があるからじゃない?」
「そうだな…興味か。今ふと、なぜ人間が…いや、生物が生きているのか考えていた。私には今は、『この地球の姿を見たかったから』生きていたんだと思えてならない」
「そうなの?種の保存とかじゃなくて?」
「種の保存か…ただそれだけの為とは思いたくないな。それなら想像力も娯楽も探究心もいらないはずだ。ただ生きていけばいい。でも人は、この宇宙に出てきて地球の姿を確認しようとした。きっとそれが我々生物のとりあえず今の目的なのだ。宇宙ステーションを作ったりして、いずれは火星にも金星にも行くだろう。そこに様々な植物や動物を連れてきて、人を中心とした生活空間を作っていく。そしてまた宇宙へと旅立って…。真理を得ようとするのだろう」
「真理…」
「私は自分が今までやってきたことが正しいのか間違っているのかを考えたことがなかった。もし考えてしまって間違っていると思ったのなら、そこで何もかもが終わってしまう気がしたからだ。きっとそこで誰かと結婚をして子供をもうけて、種の保存をしようと考えるだろう。一人の人間として。だが、私は今、自分がやってきたことが間違っていないと言える。宇宙から見下ろした地球を見たときに、人々は英知を得てそれを利用し、そしてまた英知を得ようとするものだと思う。私もまたそうだ」
僕はクリさんの事を最初は、最初あったときは、変な人だと思っていた。けれども、別に変じゃないんだ。それも人の中の一つなんだ。
何かを知ろうとすることも。