27 沢山の楽しい思い出を貴方に

その日も学校で『部活』。科学部だけどね。
部室に行ってみるとまだ片山は着てないようだ。目に入ったのは先生達が座る教卓に紙が一枚置いてある事だった。こんな夏休みで教卓に紙が置いてあるって、なんか授業でもやったのだろうか?それ以外は別に変なところはないんだけれど。
気になったのでその紙を見てみた。裏返しになってたので、文字が出てるほうに返してみると、なんか俺の名前が目に入った。
『小日向まひるさんへ。11時に視聴覚室へ来る事。校長』
なんだ?てかなんで紙裏返し?
真っ先に思い浮かんだのは『不純異性交遊』だとか『飲酒』の事だった。そりゃまぁ学生であるまじき行為だとは思うけど、この学校じゃあそれぐらいは他の人だってやってるでしょ?いやまてよ…居酒屋に行ったとかはさすがにマズイか…。ヤバイ、バレてた?
もう後15分ぐらいで11時だ。片山はまだ来ないから、今の不安になってる状況を誰かに話したくても話せない。俺だけ呼ばれてるから、片山と一緒にホテルで酒呑んだ事じゃあないな。『不純異性交遊』は違うって事か。じゃあ一人で酒飲んでた事か。ヤバイ、心臓がドキドキしてきた。でも校長室に呼ばれてなくて視聴覚室?まさか保護者とかPTAとか色んな奴がいるんじゃないんだろうな?
とか考えるうちに、もう11時まで5分を切った。行くしかないか。逃げ出したら後で文句言われそうだし。胸騒ぎいっぱい、心臓ドキドキの状態で視聴覚室へ行き、ドアを開ける。
いる!いるし!先生勢揃いじゃねぇか!
なんか俺が会社の面接受けたときみたいに、椅子が一つだけぽつんと置いてあって、それをぐるりと囲むみたいに先生達のテーブルがあり、色んな先生が並んでる。
「失礼、しま…す」
小声でそういって、渋々その用意された椅子に座る。超お説教ムードなんだけど…もしかして退学処分とかじゃねーだろうな?いやまぁそれでも片山と会えるわけだからいいけど。ってか俺2回も勉強するのは嫌になってたところだし。
ん?でもなんか変だ。
先生達はずっと真正面を向いたまま。普通、俺が部屋に入ってきたんだから俺のほうを見るだろう?なんか気味悪いな。などと思っていたら、俺の真正面、つまりは校長が座っている後のパイプ椅子に保健室の人、つまり神様がいる事に気付いた。え?何?また何かちょっかい出しに来たって事か?そして、神様は俺と目が合って、立ち上がった。
この時ほど、この人が神様だって思う事はなかった。
保健室の人こと神様がパイプ椅子から立ち上がって俺の前まで歩いてくる時に、まるでそれに合わせる様に教師達は彼女が通り過ぎたところから目を瞑った。順々に目を瞑った。そして俺の前に神様が立った時には先生達は全員目を瞑ったのだ。
「どや、目的を果たした感想は?」
いつもの調子の関西弁で言う。
「目的…?ああ、片山の…いや、俺の童貞を奪う事?」
「そや、目的を忘れちゃアカンなぁ」
「そりゃまぁ…片山は幸せそうだったし。よかったかな」
「ほなら、任務完了っつぅことで、そろそろ天国へいかんとな」
「え?」
「え?ちゃうやろ…自分、『目的』を果たすために生き返らせられたってんの、忘れてんちゃう?うちもルールへし曲げてこうまでしてんねんで〜…。目的達成したんやから、後少しで天国へ戻るんや。ちゃんとお別れ言って戻るんやで」
次から次へと、関西弁でまくし立てるように言われるもんだから、それを頭で理解するまでに時間が掛かった。なんだって?天国へ戻る?そういわれりゃ、俺は死んでるんだからそれは理解できるけど、突然過ぎじゃないか?
「いや、突然過ぎ思われても、いきなり今日連れてくとは言うとらんで。8月30日や。夏休み終わる頃には連れてくで」
「ってか心読んでるの?」
「誰と思うとんの。神様やで」
「いやでも…」
「でも、なんや?ルールを捻じ曲げるのも限界あるで…」
確かにそうだ。これがいつまでも続くなんて異常な事だ。元30歳の童貞男が女子高生になってるんだ。これがずっと続くと俺の人生はまともとは言えない。ここで終わらせて天国とやらに戻って、それからどうするんだっけ?また別の人間として人生を送るのか。でも8月30日で片山と別れるって、どう説明したらいいんだ?天国に戻るから、って?誰がそんな馬鹿らしい話を信じるんだ…。いや、別れなんて言わないほうがいいのかも。
「判ったら、さ、部室に戻るんや。うち仕事が残っとんねん」
仕事?あぁ、神様としての仕事か。
なんか俺は頭がぼーっとしてきた。ショックだったのもあるし、突然色々と情報を言われて頭で整理がついてなくてショートしたような状態でもあるし、それから、今から片山と部室で会うけどなんて顔すればいいのかわかんないし。
そんな事を考えながら既に部室の前。中には片山が来てるみたいだ。ドアを開けて入って、それから何を話せばいいんだっけ…。なんかすごく嫌な気分になってきた。自分が何をすればいいのかわからないからだろうか。不安っていうか、緊張っていうか、悲しい気持ち?っていうか…。そんなのが織り交ざって複雑な心境で、ドアを押す手が止まってしまう。
でもドアを押した。そういう不安な気持ちの時は身体に力が入らない。それは男の時からそうだったし、女になっても同じだった。力が入らないから震えるような手でドアを開けて、少し顔を覗かせるといつものようにそこには片山が来ていて、パソコンでなにやらプログラムを作っているのだ。
「あ、おはよ。どこ行ってたの?」
「えと、ちょっと職員室に呼ばれてて」
「どうしたの?何かあったの?」
昔から作り笑顔も苦手だった。だからと言って露骨に嫌な顔はできないから、ずっとムスっとした顔だったのかもしれない。そんな俺が普段から笑顔でいたのは片山が居たからだ。だから片山は俺の表情の変化に敏感に気付いたのかもしれない。
「いや、別に…」
神様に8月30日に天国に連れて行くからって言われた。なんて言えるか…。まだ自分の頭の中の整理すらついていないのに。
「あ、そういえばさ、今日夕方、俺の家に来ない?」
「え?家でエッチするの?」
「今日は両親が旅行に行くんだよ」
「お〜。妹さんは?」
「妹は、友達の家に泊まりに行くって言ってた」
そういえばそうだった。高校生の夏でどっかで両親が泊まりにいく事があったっけ?俺は普段は自分の部屋でゲームしてるんだけど、その日は1階の大画面テレビでゲームしたよな。誰にも文句言われなくて爽快な日々を送らせてもらったよ。夏休みの唯一の思い出がそれだっていうのは寂しいもんだけどさ。ってか、俺は家にアニメ関係のポスターやらあったけど、彼女が家に来るのにそれは撤去したんだろうか?いや、俺のアニオタ認定されてるから問題ないと思ってんだろうな。
「そっか。じゃあ二人きりだね」
「うん」
片山は俺が少し元気がないのを感じ取ってるみたいだ。何があったのかは詮索しないってのがすごく大人っぽくて、男らしかった。そしてちょっと蒸し暑い部室だったけど、片山は俺の頭を手で抱き寄せて、それから抱き締めてくれた。
一瞬泣きそうになってしまった。
片山が家に誘ってくれるのが嬉しいって状態で泣きそうになるのはあまりにも場違いだから、その涙はこらえたよ。8月末に片山とお別れになるこんな状況じゃあ、少しの優しさで涙が出そうになる。
8月末まで後少し。カウントダウンは始まってる。俺はその間に片山に少しでもより多くの楽しい思い出を残したい。神様のあのオバサンが、直前じゃなくて今、それを言ったのは俺と片山の思い出つくりをしろって意味だと思った。
さぁ、今日も頑張ろう。